水の底に沈み込みながらも、息苦しさは感じない。
映画のスクリーンで水中でも見るかのような感じだった。
「...っ、マジで飛び込みやがった」
歯噛みするが、タツマはヤナシの視界をただ見ることしかできない。
いや、結局のところヤナシは水死するのだから、最終的に水に飛び込むのは分かるが。
「その理由が、娘に見られたからだと? ふざけやがって...」
いくら切羽詰ってるからとはいえ、羞恥で自殺するなどあっていいはずが無い。
感受するしかないヤナシの見る世界がどんどんとプールの底へと沈んでいく。その画像がどんどんと揺らぐ、頭に酸素が回らないのか視界がつぶれていく。
「君、メイ! 聞いてるんだろ! 答えろ!!」
「...聞こえています」
どこからとも無く、メイの声が聞こえてくる。
見当をつけて振り向こうとして、視界が動かないことにようやく気づいく。
舌打ちして、それでも気持ちだけはメイの方を振り向いたつもりで叫ぶ。
「君はこんなものをナガノに見せたかったとでも言うのか! 自分のせいで自殺した父親の姿を見せたかったって言うのか!!」
年甲斐もなく怒鳴る。
たしかにこの自殺は、このナガノのためを思ってした自殺で、だから、もとより「ナガノがヤナシを死に追いやった」
と言う事実は変わらないのかもしれないにしても、これでは、
「こんなことを伝えることを、ヤナシが望んだとでも言うのか!!」
そんなことが、あってたまるか。
「ええ、もちろん違いますよ」
帰って来たのは、平然とした声だった。
「は?」
「...あのですね、タツマさん」
メイは、怒ってるようなそれでもどこか申し訳なさそうな口調で、
「確かにわたしは“隠者の森”なんて辺鄙で人気も無いようなところで、独りわびしく暮らしていますよ。
でも、だからと言って常識や道徳観が無いと言うわけでは...ありませんよ?」
一応と、疑問系で自信もなさそうに答えた。多分小首を傾げていっていることだろう。
「信じます?」
「いや、君の道徳観を信じるなんてのはどだい無理だが」
タツマは正直だった。
「あ〜まあ。そうだな、君の器量は信じよう。上手くやれ」
しばらく沈黙が続いたが...
「はい」
くすり、と少しだけ微笑んだように呼吸の音がした。
BackstageDrifters.