「...どういうことだ?」

 訝るタツマ。

 飛び込んだのはヤナシだった。まちがいない。

 もやしの様な頼りなさの中に、なにか間違った決意をした悲壮な顔。髭も揉み上げも眉毛もうっすらと伸びていてまるで長雨にさらされた浮浪者のようで、
 そのヤナシが命からがらプールサイドに這い上がり、タツマの目の前でぜえぜえと細い息遣いを続けている。

 そう、目の前で生きている。

 つまり、死んでいない。

 死ねていない。

「自殺じゃ...」

「自殺ではないと言ったはずです」

 落ち着き払った声。

「てことは...計画はしたが、死ねなかった?」

「ええ、そもそも、仮にも水泳のインストラクターが酔っ払った程度で溺れると言う方がおかしいのです。水浴死でもありませんでしたし」

 水浴死とはいわゆる低温の急激な温度差による心臓麻痺のことだ。

「殺されたって言うのか? いったい誰に」

「さて...」

 顔面を蒼白にしたヤナシがタツマには気づかず、更に奥――プールを囲む柵の入り口の方へと向く。遠くを見つめたヤナシと目が合い、図らずタツマの視線はその瞳へと釘付けになっていた。

 そして、

 いつのまにか、タツマの視界がヤナシの見る風景へと切り替わっていた。


BackstageDrifters.