「あらかじめ言っておきますが、人払いをしたのはナガノさんのプライバシーに配慮をした結果です。よってこれから起こることを第三者に漏洩しようと、こちらとしては何の問題もありませんし、不利益もありません。
 ただし、それによって生じた結果...人から奇異の目で見られたり、あらぬ噂を立てられたり、人格に不本意なレッテルを貼られたりすることに対して、こちらとしては一切の責任は持ちません」

「...ようするに、誰かに話したところで変人扱いされるだけだから黙っといた方がいいぞと言いたいらしい」

 パイポゆらせて、タツマは要約する。
 事務的で要点を絞った言い方には違いないのだが、どこか棒読みめいた言い方で、それが幼い容姿とあいまって、非常に分かりづらい。

 本人でさえ、分かってるのだかどうだか。

「...あの、何をするのでしょうか」 おどおどとナガノ。

「このプールの空間を対象に、屍骸甦生ネクロマンシーを行います」

 どう言う反応だろうか。

「ネクロ...マンシー?」
「ネクロマンサー...それって、あの。ええっ??」

 ふたりは驚いたような、幻惑にでも遭遇したような顔をしている。

 無知と言うわけではない。
 噂か、あるいはその手のオカルトが登場する三文小説でも読んだことがあるのだろう。

 そして知っているからこそ、訳がわからない。
なぜそれが、今の事態に関係があるのか。

 だが、その表情がやがて、信じたくなくても信じざるを得ないことを徐々に悟りはじめる。

 メイの持つ杖が、魔力の灯火をたたえる。

 魔術技能者――魔術士。

 それは、常識も年齢の束縛さえも追いつかない。
 幼い容姿さえ油断の対象に成り得ない。
 それは、この世界に住まう人間なら幼児でも解る道理。

 少なくとも、メイは魔術士であるのだと理解して、二人は息をのむ。
それならば、何が起ころうと不思議ではないのだから。

「あなたがたが想像し得る存在とはかけ離れているとは存じていますが、確かにわたしはネクロマンサーです。そして、あなた方の予想通りに、わたしは死者を不完全ながらも甦らせる力を有しています」

 事実のみを淡々と。

 信じる必要は無い、起こったことを直視すればよい。
 言外にそう結んで、彼女は杖を振るう。

――ヤナシの飛び込んだ水面へと向けて、

「死者を黄泉返らせる? そんな...それじゃあ」
「もしかして...」

「ええ。今この場に、ヤナシさんを呼び出します」
 そして、彼女はとんでもないことを言った。
「そしてヤナシさんが自殺する瞬間を見ていただきます」

 二人が、ついに絶句する中で、タツマはただボンヤリと状況を見据えている。

(...話の流れから察するに、自分も巻き込まれるんだろうな)
 なかなかめんどくさそうな話ではある。

「死体がないこの空間ですから、もちろん質量は誤魔化すしかないでしょう。
そして一番簡単な誤魔化し方は、私たち自身を対象に誤魔化すこと。
 故に、今から見るものは脳に直接生ずる仮の映像です。くれぐれも現実と誤認することのなきようお願いいたします」

 自然と二人の視線が、すがるようにタツマに集まる。
 この中で唯一の大人は自分だけだった。
 タツマは二人、特にイタラの方に向かって、

「...なんにせよ、今から俺達はヤナシ・ウェルストンの死に立ち会うことになる。厳密には違うらしいんだが、そう思っても何の問題もない。
 イタラさんだったかな。君にその覚悟はあるか?」

 あるいはその権利はあるのか。
 なら、自分には、その権利はあるのだろうか。これは、職務とはかけ離れすぎている。警察として立ち合うと言うのは筋が通らないだろう。

 人の死を看とるのは、結局のところ示し合わせでしかないとしても。

 イタラ嬢はひるんだ様子で、ナガノの顔をおずおずと窺う。その顔がはっとなり下を向く。

 イタラの手をナガノが握り締めていた。

「構いません」

 ナガノは再び、その言葉を言った。

「わかりました。作業はあらかた片付いています。あとは仮想再現領域に所定のセーブデータを展開するだけ...ただただ時間とのつきあいとなります」

 メイが一息をつくように、登山杖を立てかける。
 彼女の後ろでは、プールサイドに描かれたチョークが淡い光を帯びて幾重もの文様を創り上げていた。魔法陣、数式を用いた回路が、複雑に絡まり干渉し合い、一つの駆動式へと組み上げられている。

 魔術に少々明るいタツマも見たことがない様式だった。基本、魔術は頭と杖だけで事足りるはずなのだが...

 呆気にとられていると、メイが気恥ずかしそうに杖を回した。

「少しみっともないですが、術を肩代わりしてもらいました。これで術中も会話をしたり他の術を使えたりできます」

「よくわからないが、それは物凄いことじゃないのか?」

「そうでもありませんよ。術者たるものこの身こそが杖。己が力のみで万物の理を体現せねばなりません」

 えへんと、そう言う。

「...それも、お婆ちゃんから教わったのか」

「ええ」 と得意げに言ってから、メイはナガノへと向き直った。

「さて、時間ができました。少しの間ではありますが、
――お話をしましょうか」


BackstageDrifters.