サナエ・バンプ(30歳)がどういう女性かというと、これは『武器開発マニア』と安易に答えるのが便利でよい。それ以外だといろいろめんどくさいからだ。
科学特捜課。文字通りの最先端科学による捜査をする部署だが、同時に暴徒鎮圧武器の研究所でもある。と言っても後者はたった一人のために用意されたラボラトリィがあるだけだが。
研究室の壁は壁紙もなくコンクリートが剥きだしでどこか居心地が悪い。ホワイトボードやらビーカーやら、理科室にいるような気分にさせてくれる。
「充電は終わったが……」ナエさんは白衣に腰まで伸びたポニーテールを揺らした。白と黒のコントラストがあつらえた様に似合っている。「お前さん、また『フリッカー』を使ったな」こちらを見もせずに書類に鋭い視線を落としたまま手を動かす。「言った筈だ、“あれは後遺症が分からんから使用するな”と」
「それは十分に聞きましたが、免許持ち相手にそれは無理ってもんですよ」憮然とビーカーに注がれたコーヒーを飲み干す。思わず舌を出して嫌気をこらえてしまう。
「コーヒーは嫌いか?」きゅっとペンの結びの音、書類の書き込みを終えたらしい。
「いや、嫌い以前の問題のような……今日は二杯目ですしね」
八歳年上なのだから敬語なのは当然なのだが、どうも必要以上にかしこまってしまう。威圧されているのだろう。彼女に相対する大抵の人間がそうなる。タツマの知る限りそうならなかったのは、ルイスとメイぐらいか。
「ふむ」サナエは椅子を回転させてこちらを向いた。
相変わらず人をぞっとさせるような細身の美人だ。染み一つない白衣が電灯に明るく照らされている。彼女は同じ白衣を10着持っているらしい。
「いいか、あの『フリッカー』の症状は“光過敏性てんかん”に近い。だが、今わかっている範囲ではそれよりもかなり後遺症がきつい。おそらくあの灯剣の放つ電磁場に関係あるのだろうが……問題はそこだ」
とつとつと、ありふれた事実のみを語る。まあ、それが無茶苦茶怖いのだが。
「電磁場に原因があるのなら可視光と違いいくら目を塞ごうが、その波は視神経へと伝わり混迷作用を引き起こさせるほどの効果を期待できる。だが、それはお前さんにも同じことだ。
一応指向性を持たせてあるから直視することはないだろうが、それでもお前が戦うたびにその電磁場を喰らっている事には違いない」
睨む。十分に恐がっていない様子に顔をしかめ、いいかと仕切りなおすサナエ。
「敵はまだいい。一回喰らうだけだからな。だが毎度毎度フリッカーを喰らうお前さんは、ともすれば敵以上の電磁場をこれから浴び続けなければならない。当然だが体の保証はできん」
「そんなにヤバイのですか?」なんとなく、嫌な予感がして聞き返す。
「さあな、前例がない。だがお前さんをモルモットにさせるつもりはさらさらない。いずれ私のプライドにかけて別の武器を作ってやる。それまではあまり使うな。戦闘後かなり気持ち悪くなっているはずだぞ」
事実だった。フリッカーを使用した戦闘後、いつも吐き気やめまいに襲わる。
「別にこれでも十分便利だと思うんですけど」ただ光を放つだけの灯剣。この単純さがタツマは気に入っていた。
「便利なのはお前さんが使うからだ。わたしはあの剣を見るたびに機能なんてのは人間の多様性に遠く及ばないと実感してしまうよ」
コーヒーを煽って大きく息を吐く。手を振ってデスクへとイスの向きを戻した。帰れと言う事だろう。
「剣は助手から受け取っておいてくれ。今度飯奢れよ、タツ」
BackstageDrifters.