「まずいな」

 我が上司にして同期のサクラ、ルイス・ヴァイン警部(22歳)が陰鬱な顔してコーヒーカップを傾けている。自ら引いた高級豆だというのに随分と苦々しげな顔だった。

 コーヒーは非貿易国の原産品でかなり貴重な嗜好品、本来は一介のサラリーマンが飲めるような代物ではないのだが、警察にはとある独自の輸入ルートがあり、その貨物余分を使って一定量のコーヒー豆を毎年輸入しているのだ。

 そんなわけで警察では割と好んでコーヒーが飲まれるし、ファンも多い。もちろん上層部にもファンが多く、質の高い豆は必然的に彼らが持っていってしまうわけで、それで部下のひんしゅくを買っていたりもする。高いコーヒーを飲むことは警察官としてのステータスとも言え、所内の誰もが警察の部長室で一度は薫り高いコーヒーを飲んでみたい。と思っているらしい。

 ちなみにタツマはあまり美味しいと思ったことがない。苦いのは好きだが同じ苦味なら緑茶の方が好きだった。

「まずいなら飲まなきゃいいじゃないか」一気に飲み干してから言う。

「だれがコーヒーのことを言っている」と、あきれた様子で一口飲んで、ソーサーにゆっくりと置く。

 どういうことかというと、この前の麻薬事件のことだ。

 あの事件から一週間たっていたが、その間に三大勢力と言われた暴力組織の一つが潰れていた。輸入先と客の信頼を失った結果、組織の収入源の二割を失ったのが原因だった。二割と言うと大した事なさそうだが、実際はにっちもさっちもいかないレベルの損失である。

 一週間という一瞬で潰れたのはまあ裏組織ゆえの事情で、警察が自主的にやったわけではなかった。

「おかげで今、どの部署も釣鐘をひっくり返したような大騒ぎだ」とても同年代とは思えない渋みのある声でルイスはうめいた。「まさかこんなに威力があるとはな……」


 不用意に蜂の巣をつついては、たとえ巣を落とせたとしても起こる被害は甚大である。

 三大勢力の一つが消えた事で、三つ巴の睨みが利いていた裏社会は一瞬即発の緊張状態に陥った。警察も本格的な抗争だけは避けさせねばと気が気でない。

 もし抗争が始まれば、今回の事件が争いの火種を生んだも同然である。

 タツマは呆れて溜息をついた。

「言っとくが、俺はあまり進めなかったぞ。お前は間近で見てなかっただろうから安易に考えたのかもしれないが……」

 メイにネクロマンシーの依頼をしたのはルイスだ。強犯課なので依頼の内容は事故死の追及だったのだが、ついでに麻薬捜査も手伝ってやろうと言う取り計らいだったらしい。

「ああ……反省している」眼精疲労のためか目頭を強く抑えて揉むルイス。彼もいろいろと忙しいらしい。


BackstageDrifters.