「信じられますか!」と、口を尖らせて怒っているメイをよそに――

――タツマは大爆笑していた。

 いろいろと世間体を気にしなければならない彼女が依頼を受けるルートは以下の三点。


 自分を仲介して受ける警察の依頼。

 墓守協会長を仲介して受ける依頼。

 そして、ここの下宿の大家を仲介して受ける依頼。


 今回はその三つ目である。

 そして依頼の内容はと言うと、

「まったく! 活け造りの魚を死なせてしまったから蘇らせてくれだなんて! 侮辱もいいところですよ!」

「あははははははは!! はは…はぁ…そ、そりゃあ大変だったな……」

「笑い事じゃありません!」

 ぷりぷり怒るメイには悪いが、どう考えても笑い事である。

 自分と協会長と比べて大家のおっさんのネクロマンシーに対する理解度は、無きに等しい。簡単に言えば死んだ生き物を、ちょっとの間だけ息を吹き返させる術としか思っていないのだ。だから、“馴染みの料亭からの依頼”とかそういうお構いなしな依頼が多いのだ。

 まあ、メイ自体、おやっさんがそう思っている分には(主に少しの間というセンテンス)問題ないそうなので不問にしているらしいが。

 ネクロマンシーは基本的に術が終わると元の死体に戻るようにできている。できているというだけあって、元に戻さないようにする式を組むこともできるのだが、彼女、というよりネクロマンサーは決してそれを行わない。倫理問題に抵触するからだ。

 まあ、その点を突き詰めると、夜が明けるほどの長話になるので控えるとして、メイが言いたい事の要点は、「ネクロマンシーは決して蘇生ではなく」「屍骸の活動は術発動中に限られる」という事だ。

 今回、メイが怒っているのは、その両方だった。つまり、蘇生目的はダメだというのに蘇生目的だった事と、

「考えられますか? ふすまの向こうでお客さんが食べ終わるまでずーっと術を行わないといけないのですよ!」頬をふくらませてカンカンに怒るメイ。

 タツマはこみ上げる笑いをこらえながらも、

「で、結局やったのか? その仕事」

「やりましたよ、やりました! 卑怯です! 大家さん、お茶漬けを目の前にちらつかせたのですよ! わたしがどれだけ葛藤したかなんてきっとだ、誰もわからないのです。涙を…呑んで杖を振ったときの気持ちなんて……し、信じられません!」

「そ、そりゃあ災難だな……」

 ダメだ、腹筋が痙攣してきた。

 ありありと想像できたからだ。

 彼女の大好物の茶漬け(しかも料亭のだ)を引き合いに出されて不本意な契約を受けるかどうかに、人一倍プロ意識の高い彼女が悩んでいる姿が。

 しかも、結局茶漬けが勝っているのである。それではまるっきり――

「あー! いま子供だなって思ったでしょう! 思いました思ったはずです目がそう言っています! 不謹慎です浅墓です! そんなことでは、誰も骨を拾ってくれませんよ!」

「こんな時分から死後の覚悟なんぞしてられんよ」

「うわあ、うわあ、いけませんよ! 自らの死も受け入れる事が人生という名の大河をくんだる第一歩なのですよ! それをですねえ――」

 だんだんと、独特の死生観へと話が移行していく。

 タツマはそれをのらりくらりと聞き流す。

 まあ、さして珍しくもない日常の一景だった。


BackstageDrifters.