「<踏査>」
広く一般に魔術と呼ばれるものは、与えられたプログラムを実行するしか能のない『機械』とは違い、自前の演算器兼出力装置――『杖』――を用いて、様々な現象を起こすことができる。つまり技師にとっての戦術量は純粋に知識の総量となる。
ありていに言えば、バカほど戦いに弱いのが技師であり免許持ち――戦前の人間の言い方だと魔術師――というわけだ。
先ほどの語学に様々な分野の学術知識。そして……ネクロマンシー。推測材料としてはおこがましいが、メイの知識レベルは未だに計り知れない。
屍骸術師――メイ・ネイザーリア。
明らかに危険に瀕しているというのに、何故かタツマはメイに逃げろと注意するのを躊躇った。期待、あるいは未知への恐怖かも知れない。
だが、そんなこちらの煩悶とは無関係にメイはいつもどおりのどこかきょとんとした表情で、
「なるほど、戦闘用麻薬ですか。流石は薬草の国ですね」
そう断じる。
独り言か自分に言ったのか。とにかく、彼女はそう呟いたあとに杖に掛かりっきりになる。
魔術の危険性を他国のものが理解するのは、なかなかに難しい。なぜなら魔術師の使える力というのは、しょせん煙草の箱を数センチ移動させる程度でしかないからだ。
そんなただのちっぽけな念導力が山を消し去るほどの爆発を巻き起こしたり、鉄を融解させるほどの熱を発生させたり、人を蘇生したりできると言うのだ。どうやってそんなことを信じろと言うのであろうか。
ともあれ、その青年はあっさりとメイを無視して先にマキシムを殺そうとして――
(? ……なんだ?)
――サイを持つ男が弾けた様にバックステップして、メイを見上げた。何かを騒ぎ立てるように喚いて、やがて左手のサイを構える。
(くっ! 惚けてる場合じゃなかった)
激しい後悔を槍玉に挙げて無理から立ち上がる、体中のあちこちがきしみ、悲鳴を上げたが無視した。
そして、せめて掴みかかろうと突進した矢先、ひも付きのサイが放たれる。
尋常ならざる勢い。まるで強弓の矢の様な勢いだ。
メイは落ち着き払っていた。勢いに併せて少し身体を倒しながら、杖を突き出す。
杖とサイが交錯し、サイの三叉に挟まるように杖が絡まる。投擲の勢いに負けずにすんだのは絶妙な受け流しによるものだった。
マイアの男が無表情のままに左手首に巻きついたひもを引っ張る。片手の無造作な動きだが、爆発的な筋肉の膨張が、微かに伺えた。つまりそれが見えるぐらいに近づいていたのだ。
メイが杖を手放さず引っ張られるままに空中を飛び、自分はというと男の首を絞めようと後ろに回りこむ。
カジュアル服の男はこちらとメイの両方に気を取られて、一瞬だけ硬直する。
招いた結果は、両方のアクションを許すことだった。
首にすがりつき、体躯の割に膨張している首に三角締めをかける。ゴムマリのような肩筋肉が邪魔をするが何とかかっちりと極める。
男は慌てず、万力のような握力でこちらの手を握り引き剥がしに掛かる。だが、
「<実行(ラン)>」
コン――と、杖が男の頭を叩いた。
ひねりを効かせて綺麗に着地するメイ。
タツマの絞めていた首に異変が起こった。はちきれそうにたわみ、締め付けを拒んでいた首の筋肉が急速に萎んでいく。それに伴いどんどんと食い込んで行く腕。
筋肉の収縮具合は異常なほどだった。慌てて首の骨を折らないように力加減を調整する。
頚動脈を圧迫された異国人の男は、白目を剥いて綺麗に失神した。
BackstageDrifters.