形成互角、だが相手には必殺技がある分少し有利か。
そう、警戒はしていた。向こうは前口上も既に唱え終えていて待機状態だったのだから。
警戒はしていたのだが……
ガキュ――
「しまっ……!」
ナイフと灯剣が打ち合った瞬間、じりっ、と一瞬だけ熱を感じた。ナイフが溶けて剣がどんどんと食い込み、急冷されて瞬時に融着してしまう。
(くっ、離れない! 熱を操れるのか? 『杖』はどこだ?)
考える暇も無く、剣が振り下ろされる。即座にグリップを手放してバックステップ。
機を逃さずに追撃してくるマキシム。その水平斬りを尻餅をつくようにしゃがんで躱し、二枚蹴りの要領で足の外側を蹴る。蒼い燐光に身体を包んでいたそいつは、蹴った足の方向になすすべもなく倒れた。
そこにマウントするように掴みかかる。
腹の間に足を差し入れようともがかれる。それを阻止するように体重をかけながら、顔を二度三度と殴る。だが殴打はヒットこそするが、上手くいなされている。
マキシムは作戦を変えて、灯剣のくっついたナイフで首筋を狙ってきた。
すんでの所で剣を刃もろとも握りこみ、それを受け止める。掴んだだけじゃこのナマクラは切れやしないが、刃筋を通して引かれる前にグリップを掴みなおす。
(ここが逆にチャンスだ……気乗りはしないが……)
「<発動> ……喰らえ!」
マキシムが、目をつぶるのを確かに見た。こちらの目潰しを見ていたのだろう。
だが、
「く、うう……う……」
残りのエネルギー全てを使いきった光の放出は、しかし目を眩ませるほどの光量ではなく、パパパパ――と連続で明滅するストロボ光だった。
目を閉じ腕で目隠ししている自分にも、微かに明滅する光の感覚が腕とまぶたの隙間を通して感じとれた。
「がぁ!」苦しさを紛らわすかのようにマキシムはついに足を腹の間に差し入れて、タツマを蹴り上げてくる。
――地面を転げ、身体を打ちつけて天地を見失う。すぐさま立ち上がろうと努力するが、足がふらついてなかなか上手くいかない。
だが、それは向こうも同じだった。
マキシムは眩暈を抑えるように立ち上がり、剣を持とうとして取り落とし、片膝をつく。
「な、何をした……? こんな技、聞いた事が無い」
「……魔術とは所詮人間の起こす物理現象。どれだけ免許と素養があろうと、科学を知らなきゃ意味がない。そういう意味じゃ、魔術は切り札にはならないかもな」
直接は答えず、そうコメントして立ち上がる。大分しっかりしてきた。
ある種の連続した光を継続して放射されると、吐き気や意識の混乱を起こすことがある。劇場でストロボを見続けて気持ち悪くって倒れた症例もある。
タツマはこのおもちゃを貰ったときに、何とはなしにストロボ効果を試してみたくなったことがあった。あれこれやる内に断続的に光を放つ関係式を編み出してそれをセットし……突然発生したストロボ光の直撃を喰らい、激しい眩暈に見舞われた。しかもそれは、通常のストロボ光などよりも遥かに超えた、脳を揺さぶるような苦痛だった。
科特の知人に訊ねると脳の生理学的機能がどうたらと言っていた。どういう訳かこの剣、普段放つ光の他に、ある特殊な電磁波を発生させる事もできるのだそうだ。それが脳の電気信号と同調して脳機能を阻害し、一時的に対象を無力化させることができるらしい。剣に挿入する関係式のストロボパターンが脳波のパターンと偶然似ていた事も要因だとか言っていたか。
知人は非殺傷兵器の可能性を示唆しつつも「症状の後遺症がよく分からんから、めったに使うな」とも釘を刺した。
タツマも一二も無く頷いてそれに賛同した。
(まあ、免許持ちだし構わないよな?)
一人ごち、埃を払う。免許持ち――いわゆる魔術の技能資格者――は時に一人で機動隊の一部隊をも壊滅させてけろっとしていると聞く。どうやらマキシムには大した力は無かった様だが――
「!」気配を感じて横に跳ぶ。
ブオン――と、影を残して通り過ぎた何かを確認する間もなく、カジュアル服のアクセサリー男が三叉のアイスピックのような武器を右手に持って挑んでくる。
異国――マイアの青年であった。今日あった誰よりも鍛え上げられた体躯。黒褐色の肌がはちきれそうなほどの筋肉の束が、見て取れる。体は大きすぎず小さすぎず、格闘家というよりはキックボクサーのような作りこみ。見れば見るほど、四足獣のしなやかな動きを予想させる。
(こりゃあ無茶苦茶強敵だな……)
もう一方のマイア人は老人だったか、要するに彼はボディーガードらしい。
蹴り、竹刀で打ち込んだかのように的確でそして伸びのある蹴りだった。とうてい避けれる速度ではない。右肘と右膝を上げて、内臓をかばうように縮こまるのが精一杯だった。
――骨がきしむ。
折れたと思った。腕の骨を通して体全体を殴られたかのような衝撃が疾り、もんどりを切って地面に倒れる。
「――がっ……は」
今度こそ、立てないほどのダメージを受けて地べたを這いずる。
尋常ならざる筋力――思わぬ伏兵だった。流石に麻薬大国にしてマフィア大国。ボディーガードの質がよすぎる……
青年が左手首を返すと紐に括られたもう一つの三叉アイスピック――確か『サイ』という武器だ――が手首へと帰ってきた。先ほどタツマが躱したのはこれらしい。今にして思えば、あれを躱せたのも奇跡的だ。
こちらがダウンするのを確認したあと、男がサイを手にマキシムへと近寄って行った。
揺れる脳を押さえて黒服の男は顔を上げ、苦痛にゆがむ表情を和らげる。
「た、助かっ――」そこで言葉が止んだ。青年のサイが喉を突き刺したからだ。
(口封じの末路が口封じか……)
タツマは感情を殺してそう毒づく。おそらくこの青年は速やかにここにいる全員を殺した後、老人を安全な場所にまで運ぶのだろう。さて、自分が死ぬのと、応援が間に合うのと、どちらが先であろうか。この異国人達が逃げるまでには来て欲しいものだが。
マキシムが苦痛に声すらも上げられないまま、サイを持つ手に両手を添える。
青年はたいして気に止める様子も無く、もう一方のサイを心臓に突き刺そうと振りかぶり――
――空振りした。
「!!!???」
一瞬の出来事、遠くにいたタツマと老人にのみ見えただろう。マキシムの体が、まるで見えないワイヤーに引っ張られるかのように後方へと飛んでいった。
「残念ですが――」
声が、倉庫の周囲を囲む壁の上から聞こえる。突然現れた青い服の第三者は、身体を蒼い燐光にぼんやりと輝かせながら、涼やかな声でこういった。
「その人に死なれては困ります」
蒼眼を細め、杖を携えて。
隠者の森の屍骸術師は、伏目がちの瞳で僅かに首を傾げた。
BackstageDrifters.