ネズミ顔の青年(享年18歳)は、その目を開くことなく薄く口を開いて呼吸をしている。

 精神体だと言うのに血が通いはじめたらしく、青白い顔がみるみる赤みを帯びて行く。

「では、どうぞ」

 ザックから取り出した三脚にちょこんと座って、メイはこちらを促した。

 そう、ここからは自分の仕事だ。

「――ユアタ・シーダンだな。少し聞きたいことがある」

「……なんですか?」

 目をつぶったまま、ぼんやりと答える青年。

 『セーフ・モード』と彼女は言っていたか。この状態は簡単に言うと半覚醒状態に近い。つまり寝ぼけているのだ。完全に覚醒させると後々が面倒なのだそうだ。
 当然だろう。一度蘇った人間を再度、葬らなければならないのだから。寝ぼけたままもう一度永遠の眠りについてもらうのが人道的ではある。もっとも、彼女はたまに謎の判断基準で全解除(全覚醒)モードを選択したりするし、依頼人が死者との対話をのぞむ場合は必ず全解除モードにするらしいが。

 そういうわけで大人しく聞いている画面越しのユアタに質問する。

「お前は昨夜、バーで酒を大量に飲み酔った末に馬車に轢かれた。間違いないか?」

 ちなみに昨夜とはユアタの命日(三日前)の一日前を指す。つまりは四日前のことだ。死者は死亡当時より時を刻むことは無い。

「ああ……間違いないよ」

 素直に答えるユアタ。半覚醒状態は表層の意識を取り除き深層の意識領域と直結している状態にある。催眠術に掛かった人間が大人しく質問に応じる感じに近い。

「誰と飲んだ?」

 質問を続ける。資料には一人で飲んでいたと書かれていた。

「ええと……」数人の名前を挙げるユアタ。どいつもこいつも組織の下っ端連中だ。

「そのあと、途中でマキ兄さんがやってきて」

 ユアタの言に、資料をなぞっていた指が反応する。

 マクシム・イエロースタンダード。幹部の一人でユアタの直属の上司に当たる人物。

(上司が直接引導を下したか……)

「そのあと、なんだかいつもより酒の回りが速くなって……」

「そこら辺もう少し覚えていないか?」

「……腕に、針で刺されたような痛みが」

 静脈に直接アルコールを注射されたか。それなら肝機能が強かろうと意味がない。どんな酒豪でもべろべろに酔ってしまう。

「わかった、協力感謝する。この調子でどんどん答えてもらうからな」

「はい。わかりました」

 素直に、まるで自白剤でも打ち込まれたかのように中空で頷く青年。

(死人に鞭打つとはこのことを言うのかもな……)

 と、少し後ろめたく思いながらメモ帳を取り出して、一字一句逃さぬつもりでユアタの言葉に集中する。

 隣でメイが眠たそうに欠伸をしていた。


BackstageDrifters.