「万物ノ理ヲ体現スル、我ハ世界ノ杖也」

 技師なら誰でも唱える前口上を墓石の前でのたまうと、彼女の周囲に淡く青い燐光が発生した。
 オークノート名物、巨大共同墓地。春の日差しがどことなく湿った空気の墓地に優しく射して、心地好い。
 そんな中――何が悲しいのか墓石の前で少女がごそごそとして、それを見守る警察官。

「<踏査(エクスプロレーション)>」

 宣言し、杖をかざす。しばらくしてから、メイは目線を前に向けたまま訊ねてきた。

「ところで今回の依頼はどういう内容なのですか?」

「ああ……被害者は簡単に言えばある裏組織の構成員だ。大量の麻薬取引に関わっていたわけだが――取引で大チョンボして組織にいられなくなった。と言っても、いままで不正をどっぷりしてきた奴を組織が野放しにするわけがない。結局、組織に口封じとして殺されてしまったというわけだ」

 被害者は酔った末の馬車の衝突による交通事故として処理されていた。もっともそいつは酒にめっぽう強かったらしいのだが。

「はあ、口封じですか」

 そんなことで人を殺しちゃうんですね、とメイは感慨もなく頷く。

(しかし、まあ……)

 こうして封じたはずの口を開いて事情聴取をしてしまおうと言うのだから、ネクロマンシーとは恐ろしい。物語のお約束の全てを根底の常識からぶち壊す感はある。これが映画なら観客はふざけるなとポップコーンを投げつけるであろう。

「解析終了。構築開始」

 そうメイが杖を振るった瞬間、どう言えばいいだろう……率直に言えば、目の前に幽霊が現れた。

 目を閉じてふらふらと漂うそいつは、墓の中にいるはずの死体だった。

 青白い、典型的なネズミ顔の青年。

「な、なんだこの幽霊みたいなのは?」

「精神体です。墓を掘る余裕や必要が無い時、または死体の損耗が著しく激しい時などは肉体を再生しないで、精神を映す幻影のみを造るのです」

「へえ……」

 目をつぶって寝ているようにも見えるその青年は、世の中の隙間をせせこましく生きていそうな、資料の顔写真通りの印象だった。まあ、プロフを呼んだ後だからそう思うのであるが。

「セーフ・モードで起動」

 ピク、と一度だけ男の顔が動いた。


BackstageDrifters.