「行き過ぎてしまったことは謝るっ...ります。だけど、金は払わない!」
「...なんだと」
 蹴りがやんだ。
 その瞬間を見計らい、シャアラは力を振り絞って駆け出す。
 逃がすまいと、狩人が腕を伸ばす。
 腕をつかまれたが握り方が甘かったのですり抜けた。
――逃げるって、どこへ?
 外は閉じている、奥。
 仲間二人が自分を見て椅子から立ち上がる。逃げ場所がない。
 探せ、どこか、どこか。
 ...あった!
 テーブルに飛び乗り、天井の大きな扇風機に飛び移る。
 足の下を男二人の手が通り過ぎて交差した。
 空中にぶら下がる足、トーナーが足につかみかかるが、今度は足が横に逃げてすり抜ける。シャアラがぶら下がった部分が、よりにもよって羽根の端の方であったため、回転に伴って移動したのだ。狙ってやったわけではなかった。
「おわ...ま、回る」
 慌てて天井扇シーリングファンの支柱に手をかけて、羽根の上へと登る。
「猿かてめえ!」
 トーナーが下から喚く。さすがに手が届かないらしい。
「あの扇風機、意外と丈夫だな」
「いやあ、あの坊主が軽いだけじゃねえか」
「てめえらは黙ってろ! 降りてこいガキ! まさかそれでどうにかなると思ってるのか!!」
 思ってないが、どうにかしなければならない。
 荷物だ、とにかく旅用の荷物を取り返さねば村に帰ることすらもできない。
 部屋はここから見える階段を登った奥の部屋、窓が裏通りに面している。
 窓か、あそこからなら上手くすれば...
「てめえも場数踏んでるみたいだが...俺ら狩人の強さがわからないわけじゃないだろ! いいから、とっとと降りてこいやオラ」
「っ! それほどの強さがあるなら、何故助けてくれないんだ!!
少し賞金が安かろうと生活ぐらいできるだろ!!」
「わかんねえガキだな。どの道あの額じゃ誰も引き受けないって言ってんだ」
「わかってないのはお前らだ!」 
 ファンにしがみついたまま罵る。
 安全な場所にいるせいか、腹の中からどんどんとムカムカが溢れてくる。
「そんなに金が大事かよ!!
 どれだけ金があっても、人の命は買えないんだぞ!
 税金まで取っておいて、何のための狩人だよ!!」
 大声で叫んだからか、拍子抜けしたのだろうか。トーナーから怒りの表情が消える。
「...やっぱりわかってねえのはてめえだよ」
 首が疲れたのか二三度振ってから、テーブルに腰をかけた。
 テーブルの箱からタバコとマッチを一本ずつ取り出す。
 タバコをくわえ、マッチをテーブルに擦りつけ火をつける。
「金で人の命が買えないんだったら、ギルドに払う金が無いと酒場まで直談判しに来たてめえは何だ」
 諭すような口調。煙がこっちに昇ってくる。
「うるさい、それはそれだ。いきなり常識人ぶるな!」
「開きなおんな! ...だいたい、基準額デフォルトのはした金程度で俺みたいなのが動いたら、狩人をやめさせられちまうんだよ」
「やめさせられるって、なんでだよ!」
「暗黙の了解でそうなってんだよ。
 雑魚は追加報酬が付くまで手をつけねえ。ある一定の額があらかじめ決まってて、それ以上にならないと手を出しちゃいけねえってな。
 狩人の安売り競争なんてしてたら、賞金額が際限なく安くなって同業者同士の潰しあいになりかねないからな。破ったら仕事が回ってこねえ」
「ただの談合じゃないか!
 そんなのを聞いて一般人が納得できるとども思っているのか!」
「思っちゃいないが、まあお前にはどうでもいいことだ」
 煙を吐く。
 もうもうと立ち上がる煙に燻され、咽る。
「どうせ、てめえは村になんて帰れねえよ。帰るための荷物すらねえんだからな」
 トーナーの言葉を聞いたとたん、シャアラはぞっとして二階へ続く階段を見上げた。

【はした金】・・・一般市民の給料三ヶ月分ぐらい。
【税金】・・・強敵に対する懸賞金と、宿や装備の割引やギルドの維持費に使われる。
       ちなみに市民税なので、市民でないシャアラは払っていない。



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