「化け熊ねぇ...魔物ならともかく熊ぐらい村の狩人でも何とかなりそうな気がするけどな」
 街の朝は遅い。
 鳥はもう起きたというのに、人々は寝静まったままだ。
 朝もやのかすむ街並みを、何故かついてくるあごひげの男と歩く。
「悪かったな。ウチが村の狩人だよ」
「だろうな」
 どういう意味だ。
「ん、いや。昨日の逃げ方といい、よく訓練されている。とても野良仕事をしている人間の動きじゃないな」
「まあ、ウチは牛飼いだからな」 はぐらかす。
「それと人間相手の訓練も積んでいる。おおかた盗賊相手のゲリラ戦闘術ってところか」
「...そう言う割には、お兄さんウチに追いついて来たじゃないか」
 逃げ足には自信があったのだが、こんなちゃらい奴にさえ見つかるなんて。
 狩人に見つからなかったのは、相手に追う意思がなかったからだろう。こうして私が五体満足なのは、単に運がよかっただけ。もっとも、次に出会えばどうなるかわかったものではないだろうが。
「ああ、あれは追跡じゃなくて推理と気まぐれだ」
「推理?」
 男は、ひとつ頷き、嫌みったらしく笑う。
「まあ、こんな時間に田舎もんがゲロまみれの体を洗える場所なんて、知れてるからな」
「な、なんだとぉ!」
「ムキになんなって。俺も田舎もんだ」
 苦笑して両手を広げる。
 確かに男は、帯剣こそしているが、みすぼらしく野暮ったい。
 野暮ったいのはたいてい若いくせに無闇に生やしたあごひげの責任だが。
「...どこの生まれなんだ? この国じゃないみたいだが」
いい機会だと思ったので、聞いてみた。
 男は、何をためらうでもなくすんなりと答えた。
「東の方だな。国の名前は東京王国。あと、あんまり近づくな。臭い」
「悪かったな...」 聴いたことのない国だ。東と言うと海、大陸の外から来たのだろうか。その割には大して人種の特徴差が無いのだが...
「で、気まぐれは?」
「なに、月が綺麗だったから、公園で月見でもして酔いを醒まそうかと思ってな」
「...お前、推理の方、あとで適当にこじつけただろ」
 何のことはない、ただの偶然だった。
 男は、苦笑してしばらく歩き続けた。
「で、ゲロボーイ。お前は」
「まて、いまのウチの名前か名前なのか?」
「気に入ったのなら、ニックネームにしてもいいぞ」
「いるか! んなひねりもないガキが考えてみたいな安直なあだ名!」
「じゃ、ゲロ温泉」
「ひねればいいってもんじゃない!!」
「ゲロが温泉のように噴出す様を、暗に示しているわけだが」
「どこが暗!? この上もなく真っ向直喩で存在感を見せ付けてるだろーが!!」
 カラスが飛んでいく音がして、ようやく大声を出していたことに気づく。
 恥ずかしさから、早歩きになった。
 何故か男も少しだけ大股でついてくる。少しだけと言うのがまた腹ただしい。
 身長の差が顔の半分以上あるのだから仕方ないのだが、それでもだ。
「だって、俺お前の名前しらねーし」
 男が、つまらなそうに口を尖らせてぼやいた。
...そう言えばそうだった。

【熊】・・・クマ
【魔物】・・・一般に魔の影響を受けて突然変異した動物のこと。
       凶暴で、並はずれた回復力を持つ。
【東京王国】・・・東の海を隔てた大陸に存在する国の一つ。この世界では珍しい神道国家。

【人種の特徴】・・・シャアラと旅人では日本人とインド人ぐらい差がある。(どっちがどうとは言わないが)
             ファンタジーの世界では、人種差に対する境界が総じておおらかになる。

【帯剣】・・・免許(旅人は申請)がいるため、所持者は十中八九心得がある。
       持ってるだけでそれなりの威圧感がある。


BackstageDrifters.