「ン、起きたか」
 頭が重い。おでこがひんやりと気持ちいい。
「ここは...?」
「いや、いかんせんまだ同じ公園なワケだが」
 起きる。びちゃ、と膝に何か落ちた。濡れタオルだった。
しかも自分のポシェットに入っていたものだ。
 くしゃみがでた。
「まあ、早く起きてよかった。体は、一応拭いたが服からの上じゃあな...」
 脱がすわけにもいかんし、と言う若い声の割りにフケた面の兄ちゃんの言葉を聴いて、私は顔を赤くした。
「馬鹿野郎! ウチは男だ!!」
「げ、まじ? だってお前...」
「髪が長いのは村の風習で、女顔なのは生まれつきだ! 悪かったな!!」
 だから都会は嫌なのだ。
 普通に歩いてるだけでナンパされるし。変な勧誘はされるし、男だと言っても、それそれでとか言われるし。ワケがわからない。
「そうか...すげえなお前。なんか目覚めそうだわ、俺。」
「な、何ぉう?」
 危機感を感じて、思わず寝転がっていたベンチから飛びのく。
 隣に座っていた、自分より四五ほど年上の男を警戒しつつ下がろうとして。
「あ...」 めまいがした。
「二日酔いか。安い酒使ってたからなあ、あそこ」
「...よ、よく行くのか?」
「いや、今日が初めてだったけどな。臭いでわかる」
「なんだそれ」
 再度くしゃみが出た。ズキッと頭に響く。
 周囲を見回す。確かに公園だった。噴水はここから30歩先ぐらいにある。
 あそこで寝てしまったのだ。嫌な記憶が蘇る。
「いまいち覚えてないけど、介抱してくれたんだな...いや、ですね。礼を言います」
「おぉ」
 今更気づいたが、裸足だった。
 靴はベンチの下にポシェットと共に置いてある。履くと、中はまだ水浸しのずぐずぐだった。ポシェットに手を伸ばす、袖を動かすたびに、濡れたシャツが張り付いたり離れたりで気持ち悪い。
「それでは...また」
 まあ、会うことはないのだろうが。
 若い不精髭の男は頷いて、
「...ひとつ聞きたいんだが」
「はい、何か?」
「礼はいつ言うんだ?」 
 間。
「――えぇっと。礼を言うって言うのはそう言う意味ではなくて。それ自体がありがとうと言う意味としての機能を持っていて」
「なんだそれ。ややっこしいな...いや、待てよ。つまりはこういうことか」
 男は、難しそうな顔をして、
「調和の取れた間取りは、それ自体がインテリアとしての機能を兼ね備えていると」
「ぜんぜんつまれてませんが」
「誰かを助けてあげたいと言う気持ち、それ自体がもうボランティアだと」
「んな目の前で人が困ってんのに結局めんどくさがって何もしない無気力男の屁理屈みたいなこと言われましても」
「人として生まれたことのそれ自体が罪だと」
「あんた、ただ単に“それ自体が”を使いたいだけだろ」
 思わずくだけた口調に戻ってしまう。変なヤツだ、あまりかかわりたくない。
「とにかく礼は言ったから、な?」
 そこここから、鳥の目覚める声が聞こえてきた。
 朝が近いらしい。
「むぅ」 なおも男は眉を寄せて、「礼を言うで礼を言ったことになるのなら、トイレに行くと言えば用を為しえたことになるのか? そんな馬鹿な」
「確かに馬鹿だ、あんたが」
 半眼で言い捨てると、頭痛がぶり返した。田舎ものの私より言葉に慣れてないと言うことは、やはりこの国の人間ではないのだろうか。

【村の風習】・・・山へ入る時に、女を装う風習のこと。
         何故女装をするのかは諸説紛々で、村人もよく知らない。

【飲酒】・・・この大陸では未成年の飲酒は禁止されていない。


BackstageDrifters.