手についた吐しゃ物を公園の噴水で洗い流す。
夜の公園には私を気にするものなど誰もいない。いるのは、野良犬とホームレス
...自分も似たようなものか。
水があって逃げられる場所。朝、まだ余裕のあったころの私が観光気分で見つけた公園。手入れの行き届いていない育ちっぱなしの草木が懐かしく思えて、
田舎ものの私が思い出せたのはここしかなかった。
噴水で溜まった水であらかた洗い落とすと、手がひりひりしてきた。軽いやけどを負っている。
こんなものが、私の胃の中に溜まっているのかと思うと、人体ってヤツは神秘に満ちている。そんなこと考える自分が無性に情けない。
においは...まったく取れなかった。鼻腔を焼くような刺激臭に思わず手を遠ざける。遠ざけた手が飛んで行きそうだったので慌てて引っ込める。臭い。また遠ざける。
面白かったのでケタケタと哂う。
あまりの強烈な臭いのせいか、わたしは正体を見失っていた。
そのまま、踊るように水に落ちる。
落ちる直前の夜空が私を笑うように瞬いていて、
そんでもって夜の公園の水は、途方もなく冷たかった。
「...なんで、あんなことしたんだろ」
公園の噴水でできた水溜り(なんていうんだろ)
に大の字になって浸かる。
顔を洗い、髪留めを解いて髪も洗う。排水は緩やかで吐しゃ物はまだその辺に浮いているわけだが、それは気にしないことにした。
濡れた服も靴も気にしない、いや何故か気にできない。
普段の几帳面な自分ならありえないことだった。
今日の私は何故かおかしい。
「だいたい、何で吐いたんだ?」
最悪だ、何もかも。狩人を村に連れて行くどころか、その狩人から逃げ切らなくてはいけない
それがわからない。そして、ありえない。
「あたまが、ぐるぐるする...くそぉ、ちくしょう...最悪だ」
水にひたっているせいか、熱に浮かされていた頭が急激に冷えていく。
冷えていくと同時に、どんどん悔恨と絶望が広がっていく。
もう、何もかもがだめだった。
このまま夜空にでも飛んで星になりたい。星になってこの地上に生きる愚か者たちをずっと延々と気ままに傍観する立場になってしまいたい。
噴水には、どういう逸話があるのかは知らないが猿の像があった。
その猿の像が、扇子を二つ持って、その扇子から噴水があふれている。
「ん?」
その猿の像の上に、そいつはいた。
「よう」
妙に若い声、双月のシルエットでもぼんやり見えるあごひげがミスマッチしていた。
「頭冷えたか酔っ払い」
「誰?」
そして男が口を開くよりも早く、
「え、酔っ払い? 誰?」
「俺は、冒険者。酔っ払いはお前」
顔がわからない。大陸は同じだろうが異国の人間に見える。
「酒...なんて飲んでない...」
「さっき、飲んでただろが」
「あれは...牛乳だ」
と、そこで大爆笑が起こった。
猿の上からだ。というか、目の前のたぶん男の。
「あの酒場で普通の牛乳なんて出てくるかよ。あそこで酒が入ってない液体なんて、水と小便ぐらいだぞ」
ずいぶん下品なヤツだ。
「酒が入ってたのか。なるほど」
なるほど。それならこの状態もうなづける。なるほど。
「正確には、牛乳酒をさらに砂糖と牛乳で割ったもんだけどな」
「...変な味だと思ったんだ」
「なんだ、酒は初めてか」
「祝い事で、飲んだことはある。親と友人と長老と村長から二度と飲むなと言われた」
「まあ、おかげで俺はいいもんが見れたけどな」
そうか、こいつはあの酒場にいたやつか。
もう少し早く気づけそうなものだが、いまさら気づいた。
やはり酔いが回っているのだろうか。
「...自分をあの狩人のところに連れて行くのか」
「ん?」
「好きにしろ。さすがに、もう動けない...」
さっきまで、動く気力があったはずだが。今はぴくりとも力が入らない。もはや起きあがるのでさえ、億劫だった。
「ぉいおい、風邪ひくぞ」
まいったなぁ、と男はのんきそうに、「あんた、飲んですぐ吐いたのにそれって...よっぽど弱いんじゃないか?」
「知らん。覚悟は...ついた。このままのたれ死んでやる」
「酔っ払いが覚悟なんてしてんじゃねえよ」
いきなり、真摯な小言を聞かされて、ふと沈みかけていた意識が浮き上がる。
「そうか、そうかもな...死ぬのは良くない」
「ああ」
「かもしれない」
「いや、じゃなくて...うぁ、寝てるし」
浮き上がって、それが最後の抵抗だったかのように後は沈み行くだけだった。
BackstageDrifters.