山の夜は、早く長い。
 太陽がするすると落ちると、すぐに寒さが増してきた。
 闇の訪れと同時、夜空一面に星が星座の見分けもつかないくらいに沢山、瞬き始める。
 星粒の砂漠を見下ろすような浮遊感に包まれ、シャアラは山肌から街を望む。
そこもまた、星にも負けぬ光の粒がばら撒かれていた。
 あの光よりも多くの人間が住んでいるのだと言うことを、シャアラは未だに信じられないでいた。信じたくもなかった。
「...あいつらは?」
「む、向こうでキャンプ張ってた...さ」
 ジェイクは焚き火の前で体を震わせ、組み木に吊るしたポットのお湯が沸くのを待っていた。
 唇を紫色にして、白い息を吐いて一生懸命手をすり合わせている。
「大げさだなぁ、これぐらいの寒さで」
「だだだったったら、その服、かかか貸してくれよ!」
「やだよ、寒いじゃないか。だいたい、まともな防寒具買ってなかったあんたが悪いんだ」
 もともと寒がりなのもあるのだろうが。 
 ジェイクがザックから何かを取り出した。
 ペーパードリップのコーヒーだった。コーヒーはシャアラも良く飲むので割りと高い部類のコーヒーであることが判る。
 ジェイクは震える手でアルミのコップの上にペーパーを乗せた。乗せる途中でコーヒーの大半が地面に飛び散った。
「...寒いんなら、コーヒーなんて造ってないで白湯でも飲めよ」
「おおおお俺はちちち違いのわかる男なんでな」
「なんだそれ」
「たったた楽しみにしてたんだ。山に登ったらコーヒィーげほ」
 「ヒー」 のところで灰を吸い込んだらしく咽るジェイク。
「...まあ、いいけどね」
 そうこうする内に、お湯はぐつぐつと沸立つ。
 ジェイクはしっかり10秒待ってから震える手でポットを掴み、案の定お湯を撒き散らして絶叫を上げた。

【寒がり】・・・東の大陸の方が緯度が低く、暖かい。
【コーヒー】・・・南の大陸との貿易品。
         ジェイクの大陸では稀少品だが、シャアラの大陸では割とお手頃な値段。
         彼はコーヒーを交易用に大量に仕入れた。



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