三章:「帰郷」

 狩人たちは一定の距離を保ち、シャアラたちの後を追っている。
 捲こうにも森の中では逃げようがない、どうやっても形跡が残る。
 さらに言えば、追いつこうと思えば追いつける距離だというのが不気味だ。
 まさか、後ろを歩くジェイクを恐れていると言うわけでもないだろうし...
「なんでついてくるんだ?」
「村がどこあるのか判らないからじゃないか」
 丸太で無理やり作った階段状の山道は鬱蒼とした木々に囲まれ、トンネルの様になっている。
 振り向くと、ジェイクは頭にかかる木の枝をうっとおしそうに掻き分けていた。
「さらにそうじゃなくて」
「さらに?」
「何故ウチの村に行きたいんだ――」
「そりゃ、化け熊を狩る気になったからだろ」
「最後まで聞けよ。何故ウチの村に行きたいんだ...って質問じゃない。ウチはそもそもあんたに尋ねたんだ」
 俺か、と聞かれたのでむすっとして頷く。
 彼は俯いて足の踏み場を探しながら。
「船は苦手なんだよ」
「嘘つけ」 毒づいて、雑草だらけの登山路をひたすら登る。
 登山は、たとえるなら空を駆け上がるかのような爽快感がある。
 ひたすらに上を目指し、目指せば必ず頂へ届く。その確信に裏打ちされた一歩が、わずかに気持ちを高ぶらせ上を目指す勇気をくれる。
 向上心――まさしくそれだ。
 上向きの気持ちの中で、シャアラはあれこれと考える。
「化け熊に懸賞金でもついたかな」
「いい読みだっぁ」
 ジェイクは息も切れ切れだった。
 靴底につけた金かんじきアイゼンが柔らかい土に食い込んで、必要以上に足を捕られるらしい。
「お前がつけたのか?」
「ああ、縛り方がマズいのかゆるゆるで外れそう。てか、これ重いな」
 そう言う意味じゃないのだが...ワザと違う話に持っていこうとしてないかこいつ? ま、いいけど。
「それは雪の上で使うんだ...まったく、使い方も知らないのにガキみたいに浮かれていろいろ買って」
 山に登る前、旅用品店に装備や食料の補充に行ったのだ。
「役に立つと思ったんだけどなあ...」
「あれほど使わないといっただろうが」
 シャアラは呆れて息を吐いた。ちなみにまったく疲れていない。
「次から次にしょうもないもの買いまくって...」
 そのときジェイクがうきうきとカートに入れていたグッズは、ジョイントをつけると椅子になる杖とか、展開すると椅子つきテーブルになる板切れとか、がんばれば椅子になる水筒とか、椅子つきの携帯シャワーとか、泥水を飲み水に変えることができる今買うと椅子が付いてくる筒とか、一粒で30日間腹が持つ丸薬とか、まったく必要がないものばかり。丸薬に椅子は付いていなかった。
 山積みのカートを見て激怒した貧乏性のシャアラが、とっとと返して来いと怒鳴らなければ、今頃ジェイクは泥水に顔ごと突っ伏してへたり込んでいただろう。
「...そういや、あんたなんでそんなに金持ってるんだ?」
「故郷から持ってきた香辛料が高く売れたもんでな」
「そうか...冒険者って儲かるんだな」
 そう、こいつは自称冒険者なのだそうな。
 冒険者というのは、ようするにお宝を発掘して一攫千金を目指す人間たちだ。
 彼らは、旅しながら希少価値の高いものを収集し、それを高く売ることで金を稼ぎ、手に入れた軍資金でさらに「冒険」 を繰り返す。
 まだ見ぬ秘境、まだ見ぬお宝を求めて。
「まぐれだよ、まぐれ」
 ジェイクは限界だとばかりに手近な木にもたれかかった。
 ぜえはぁ言っている。体力は自分と同じぐらいありそうなのだが、山道に全く慣れていないのだろう。ホント、なんでついてきたんだか。
「香辛料の資金は借金だし、ホントは美術品も持ってきたんだが...こっちは買い手がつかなくてなあ」
「美術品?」
 正直、美術にはまったく興味がないが、それでも異国の芸術と言うものには興味があった。
「ああ、ブロンズ製の木彫りの熊だ。鮭を銜えてる奴。ブロンズ像の匠が、木と彫刻の質感を出す為に試行錯誤を繰り返した、伝説的な一品なんだが」
「意欲作と言うことは認めるけどさぁ」
「見るか?」
「いや...」
 熊は正直見たくもない。

【冒険者は儲かる】・・・交易で儲けているだけなので(冒険で儲けていない) 厳密には違う。
【船は苦手】・・・東京王国は盆地に存在する。



BackstageDrifters.