【シャアラ・タングステン】・・・村人、自警団の数少ない生き残り。14歳。
【狩人】・・・ギルド直属の魔物ハンター、一般人を遙かに超えた戦力を保有する。
     一般人の手に負えない害獣や魔物などを、依頼を受けて退治する。


一章:「酒場」

 そいつは、ようやく見つけた狩人は、
死ぬ思いで街にまで足を運んでやってきた私に、
村を襲った熊を退治して欲しいと依頼した自分に、
 気さくにこう言った。
「まあ、待ってなって」
「お食事の最中なのはわかっています。ですが」
「いや、そういうことじゃなくてな。なんつうか」
 言いづらそうに頬をかく、狩人。
「あんたには、ハンターギルドの仕組みなんてわからねえだろうがな。ようは今、狩っても安いんだよ」
「安い...?」
「村襲ったってんなら、もう少ししたら値が上がるだろ。そしたら狩ってやるよ」
 最初、その男の言葉の意味が分からなかった。
 それなのに狩人は、話は終わったとばかりにまた仲間達と談笑に戻って。
「...そんな、じゃああんたは...ウチみたいな被害者が増えるのを...待てって言うのですか? 既に自警団壊滅しているのですよ!?」
 呻くように、冗談では無いのかと思いながら。
冗談だったとしたら、こんな風に真面目に聞き返したら失礼にあたらないだろうか。そんなことまで考えていたのに。
 男はまだいたのかという風な目をしてから、仲間達と目配せして鼻で笑った。
「まぁ、否定はしねえわな」
狩人達はニヤニヤと、 
「こっちも商売でね」
まるでそれが道理だとでも言うように、
「あんたが追加料金払ってくれるってんなら、今すぐ行ってやらん事も無いぜ?」
 最後に目の前の男が――カッコよく決めたつもりなのだろうか、人差し指を上に向けて眉を片方だけ上げて...背後の仲間達から歓声が上がる。
 吐き気がした。喉の奥からすっぱい唾液が染み出てくる。
「うわっ! なんだこいつ!!」
 嘔吐していた。
 何故吐いたのかわからない。疲れが溜まっていたのだろうか、今なら吐けそうな気がして、気がついたら吐いていた。
 男が慌てて足を引いたが、遅かった。
 ブーツが口から溢れ出た吐しゃ物にまみれる。
「くそっ...たれ、革に染みちまってるじゃねぇかよぉ」
「す、すみません...」
 慌てて、ハンカチを取り出してブーツを拭く。
 胃酸過多の私のゲロは、男のブーツの革に深手を与えていた。
 弁償しなければという思いでいっぱいになる。無理だ、そんな金もないからこうやって酒場の狩人に談判しているのだ。
「ぎゃはははっ」
 男の仲間内から爆笑が起こった。
「きたねぇなあ。トーナー、俺の席の隣絶対座るなよ」
「くっそぉ...」
 なんとなく場が和んだような気がしたので、つられて液まみれの口元に笑みを浮かべる。
 思いっきり腹を蹴られた。
「ふざけやがって」
 呼吸ができない。中身が無いのかゲロも胃液も出なかった。
 前髪をつかまれゲロだらけの床板に激しく叩きつけられ、髪がブチブチと千切れる音がして痛い。
「ギルドも通せない貧乏人がっ! 人が気持ちよく飲んでるってのに仕事の話なんてしてくんじゃねえよヴォケ!!」
 しこたま蹴られる痛みよりも、ゲロが目に染みてつらい。
「おいおい、もうそれぐらいで...」
「お客様、店内で騒ぎは...」
 適当な声が聞こえるが、床板の振動からは何も近づいてくる気配が無い。
「いいか、俺らが動くからにはモンスターにも格ってもんが必要なんだよ。
 リストにも載ってねえ、たかが化け熊相手に田舎くんだりまで出向いてくださいってか? ふざけてろよ。そのまんまくたばっちまえ!
 被害者が増える? ...上等じゃねえか。もっと村人なり家畜でも襲って名を上げてもらわねえとなぁ。俺らが退治するからには役不足だって言ってんだ!!」
「ばっトーナー言いすぎだ」
「人が見てるんだぞ」
「うるせえ! この店の客だったら、それぐらいの話、いまさらだろうが!」
 男は、周囲を恐喝するように吼えて、にらみ返し、
「おい。聞いてんのかコ」
――びちゃり、と男の顔面にゲロを塗りたくる。
 しん、と店が静まり返った。
 やがて、
「あぁあああああああああああああああああ!!」
 目に入ったようで、男がわめき声をあげてその場にのた打ち回る。
 ジョッキを手に呆然としていた残りの仲間二人が、慌てて男を押さえ込む。
「トーナー! バカ、早く目を洗え!」
「水だ、おい、早く水持ってきてくれ!!」
 真っ青な顔をする二人の仲間。どうやら、思った以上に深刻らしい。
 笑いがこみ上げたので、そのまま笑う。
 自分でも不気味なぐらいに狂った笑い声が響く。まるで自分の声では無いかのように甲高くでかい声だった。
 もう取り返しがつかない。
 ぞっとするような予感が背中の芯を貫いたまま離れない。
「野郎...おい、さすがに、冗談じゃすまないぞ」
「わかってるな。骨ぐらいは覚悟しろよ」
「するかアホンダラ!!」
 ゲロを手の平いっぱいにすくって狩人たちにぶち撒けた。
 ひるむ男達、私はもう一度ゲロをすくう...フリをして身を低くしたまま酒場のスイングドアに体当たりして全力で逃げ出した。
「...くそ、くそくそぉ...ちくしょう...ちくしょぉお!!」
 夜空に向かって走りながらほえる。
 喉が熱い。目から涙がぼろぼろこぼれて、頬についたゲロを洗い流した。
 泣いていた。
 だけど、いつから泣いていたのかが、わからなかった。


BackstageDrifters.