第3話

ゾロは話しを続けた。

「死ぬよりも、生きていく事の方が、ずっと勇気がいる。」
サンジはゾロの顔をジッと見つめている.。
ゾロも、その視線を真っ直ぐに受け止めた.。

「いいか。腰抜けといわれたくなかったら、どんな事があっても逃げるんじゃねえ.」
ようやく、サンジは頷いた。

「俺が教える事を一つ残らず、しっかり覚えておけ.。そうすれば必ず強くなる.。」
ゾロは幼いサンジに暗示をかけるように、稽古をつける度に
そう言った。

二人はずっと、一緒にいた。
ゾロが賞金首を捕まえる時も、サンジは少し離れた場所から、その様子を見ていた。


片時も離れなかった。

二人が同じベッドで眠るようになって、8日が過ぎた。





連日の厳しい稽古の所為で、サンジの体はひどい筋肉痛から熱を持った。

寝苦しいのか、寝返りのたびにうめくサンジの声にゾロは何度も目が覚めた。

「痛えのか?」
打てば響くような上達ぶりに、サンジの体力まで考慮しなかったことをゾロは
後悔した。

もともと、人に自分の技を教えた事などなかったから、適度な稽古量など知る由もない。

全身の筋肉が痛むだろうに、サンジは
「・・・喉が乾いただけだ」と強がりを言った.。

ゾロはサンジを抱き起こし、水を汲んで飲ませてやった。

サンジは熱によって水分を多く含んだ瞳でゾロを見上げた。
「なア.。・・・・。俺、ずっとあんたと一緒にいちゃいけねえか?」
ゾロが今まで、見た事もない、すがるような目つきだった。

思わず、その表情に咄嗟に答えられなかった。
「俺、一人ぼっちなんだ.。親も兄弟もいねえ.。」
「こんな風に人に看病された事なんて、生まれて初めてなんだ。」
サンジの双眸から涙が零れ落ちた.。

ゾロは胸が締めつけられた.。

この幼さで、これほど孤独に生きてきて、少しは世の中や、大人を斜に構えて見れたら、
もっと自分の心に壁を作れたら、逆に辛くないかもしれない.。
だが、幼すぎるサンジにはその手段さえ思いつかないのだ.。

ゾロは自分の思いつきが、普段に押し殺している痛々しいまでの孤独を浮き彫りに
してしまったことが辛かった。

思わず、細く、小さな、熱い体を抱きしめた。

サンジも躊躇うことなく、ゾロに抱きついてきた。


ゾロは静かに語りかける。
「心配すんな。・・もうちょっとしたら、お前の人生をガラっと変えてくれる人と出会える.。」

サンジの背中をまた、ポンポンと軽く叩く。

「もうちょっと、って何時だよ?」
震える声で、サンジは尋ねてきた.。

「・・・もうちょっとだ。」
答えにならないことを知っていても、ゾロは答える.。

サンジの小さな肩が震える。


「サンジ」




「泣くな。」



「もっと、強くならなきゃだめだ.。」


抱きしめたサンジの押し殺した泣き声がゾロの耳に流れこんでくる.。

もう二度と、こんなに優しい声音でサンジに語りかける事はないだろうと思った。

「お前には、夢があるんだろうが。それを本気で追いかけたいなら、もっと強くなれ.」
「じゃねえと、夢に届かねえ。」

ゾロはサンジを抱きしめた腕を緩め、真っ正面からサンジの顔を見た。

「もう一度、俺にお前の夢をちゃんと聞かせてくれ.。」

目を真っ赤にして、しゃくりあげ、顔中ベタベタに湿らせたその顔に
ゾロは思わず苦笑した。

「笑"うん"だったら"、いわ"ねえ。」
ゾロは知らず知らずの間にゾロはサンジを膝の上に乗せていた。

きっと、こんな気持は二度と味わえない.。

歳の離れた弟をもった兄のような、幼い子供をあやす父親のような
不思議な暖かな想いだった。

「笑ったのは、お前の顔が汚いからだ.。」
ゾロは乱暴に自分の手のひらで、サンジの顔をごしごしと擦った.。

言葉とは裏腹に、少しも汚いとは思わなかった。

「さあ、言って見ろ。お前の夢はなんだ。」
改めて、ゾロはサンジに問うた。

「オールブルー」即座にサンジは答えた。

そして、白い歯を見せて笑った。
「オールブルーを見つけて、レストランを開くんだ.。いろんな魚をいろんな人に
いろんな食べ方で食べてもらうんだ.。
だから、いろんな料理の仕方とか、一杯、一杯、勉強して、凄腕のコックになるんだ。」

ゾロは頷いた。
「いい答えだ.。・・・それを決して諦めるんじゃねえぞ.」
「どんな奴に邪魔されても、向かっていけ.。」
サンジは真剣な表情で、ゾロに言葉を一文一句 聞き逃すまいとしていた。

「夢を諦めた瞬間、お前の人生は終わったと思え。」

9才の少年に酷な言葉であったけれど、幼かろうとサンジならちゃんと
受け止められると思った。


その夜の月も、欠けることなく太陽の光を柔らかく反射して、窓の外から、
部屋へ金色の光と投げかけていた.。

二人は穏やかに眠りについた。

が、その日のサンジの寝相は酷かった。
まだ、熱っぽいせいか、何度もブランケットをかけてもそれを跳ね除け、
ゾロが何度かけ直しても埒があかない。

しかも、無意識にしているので、起して文句を言っても仕方がない。

サンジは大人になっても、時折二人で外泊した時などベッドで眠ると
よく上掛けを跳ね除ける。
もうすでに、子供のころからその癖があった事にゾロは苦笑をもらした。

「クソコックが・・・」小さくそうつぶやいて、ブランケットを拾い上げようと
した瞬間。



「うああっ」
ゾロの声でサンジは飛び起きた。

その存在をすっかり忘れていた腕輪が光っている.。
(あの時と同じ・・・??)

蒼い光ごしにサンジの驚いた顔が見えた。

サンジはゾロに手を伸ばそうとした。

だが。


サンジの手が伸ばされる事はなかった。
強い意思を含んだひとみがゾロを見送っている。


ゾロは満足げに微笑を浮かべ、無言で9才のサンジに別れを告げた。

また、眩し過ぎる光に運ばれていく。



その4日後。


最後に航海に出航するオービット号の厨房には大人達に混ざって、
立ち働いているサンジの姿があった。

その夜.
酷い時化の上で、その上オービット号は海賊の襲来を受ける。

サンジは激しく打ちつける雨の中、緑の剣士が教えてくれたさまざまな事を思い出す。

大人達は恐怖に竦み上がっている。
「皆殺しにされるぞ.・・・。」
サンジの側で身を竦ませていた男が誰に言うともなく、つぶやいた。

(殺される・・・・??)

サンジの顔にも、恐怖が浮かんだ。そして、思った。(死にたくねえ)

[どんな奴に邪魔されても向かっていけ.]
頭の中に緑の剣士が言った言葉が響く。

[夢を諦めた瞬間、お前の人生は終わったと思え.]
サンジは拳を握り締めた。

(死にたくねえ。・・・・殺されるのも、夢を諦めるのも、どっちもごめんだ。)
緑の剣士の言葉がサンジに勇気を奮い立たせた。

「俺は見つけるんだ、オールブルーを」

サンジはたった一人、自分の包丁を両手に持って、緑の剣士が教えてくれたとおりに
自分の夢を守るために、躊躇いなく 飛出して行く。

クック海賊団

船長

赫足のゼフと呼ばれた大海賊に


切りかかっていった。


サンジの本当の人生は、今、この瞬間から始まったのだ。



ゾロは、光が目を刺激しなくなるのを待って、ゆっくりと目を開いた。

戻る   続く