ゾロはその子供の顔を見て、息を飲んだ。





白い額に張り付いた向日葵色の髪.。
そして、何より見間違うはずもない、恐らく世界中捜しても、彼しか持ちえない
特徴的な眉毛。

(・・・・サンジ???)
ゾロはぐったりと弛緩した小さな体を抱えて岸まで泳いだ。

ずぶぬれのゾロは自分も寒さに耐えきれなくなって、意識のないサンジを抱いて、
安宿の部屋へ運び、暖を取らせた。

(何がどうなってんだ.・・??)
幼いサンジを見つめながら、やっと考え始めた.。

(なんて、言ったんだッけっか・・・確か・・・)
(マエトサキノアイテトアエル・・)「前と、先の相手に会えるって意味だったのか!」
ゾロはやっとそのことに気がついた。


「う〜ん。」
ベッドの中の小さなサンジが少しうめいて、ゆっくりと瞼を持ち上げた。

ゾロはもう一度、確認するように、
まだぼんやりとした視線しか宿さない瞳を覗き込んだ。


間違いない。


彼だけの、蒼がそこにあった。

「気が付いたみてえだな。」


ゾロの方から、いつもの口調で無遠慮に話しかけた。
その言葉で、やっと瞳に生気が戻ってくる.。

「礼ぐらい、言って貰いてえもんだ。」
「この寒空の下、冷めてえ海から助けてやったんだからな。」

黙ったままの小さなサンジにゾロは続けて語り掛けた.。

「・・・・余計な事をすんなよ.」
初めて聞く、声変わり前のサンジの声だった.。

しかし、それは生意気で、恩知らずな言葉で口から吐き出された。

「・・・・なんだと・・?」
子供相手に、ムキになるのはおかしいが、ゾロは気分を害した.。

「・・・・余計な事すんなっつったんだ.。」

口調は、今サンジと殆ど変らない.。
「せっかく、死ぬ決心がついて、飛びこめたのに!!」
ゾロはそれを聞いて、更に気分を悪くした.。

「そりゃ、悪かったな。じゃあ、思いどおりにしてやるよ。」
「刀を買ったら、その細ッ首、たたっ切ってやる.。その方が楽に死ねるだろうぜ.。」

幼いながらも、サンジはやはり卓越した戦闘センスの欠片らしきものを持っていたのだろうか.。
初対面で、丸腰のゾロが本当に自分の首などたやすく一瞬で切り飛ばす腕を持っている事を察したのか、押し黙ってしまった。

ゾロは意識がなかったサンジから、ずぶぬれの服を脱がせていた.。

細くて骨と皮ばかりで、折檻を受けているのだろうか、どす黒く、変色した痣がいくつか残っていた。

.「お前、今 いくつだ。」
一糸纏わない姿にされていたことが恥ずかしいのか、
幼いサンジはベッドに潜りこんだまま出てこない.。

「・・・・9才。」
ブランケットの中から、小さくサンジの答えが返って来た.。

(9才・・・・。まだ、あのおっさんと出会う前か.)
ゾロは一人で納得した。

サンジは遭難事故でのショックが余りに大きくて、それ以前の幼い頃の
記憶が殆ど消し飛んでいる、といっていたことを思い出した.

だた、オールブルーという海への憧れだけを残して、それ以前の人生は
殆ど無に帰し、生みの親の顔も名前も、恐らく本当の誕生日も、
サンジの記憶からは消えてなくなっているのだ。

その消えた記憶の時間へゾロは運ばれてきたようだった.。

(あのおっさんに出会う前なら、弱エ筈だ.)
サンジの蹴り技は、いうまでもなくゼフが全て仕込んだものだ.。
9才のサンジがそれを習得している訳がない.。

(9才のこんなガキが一人で生きてて辛くねえわけないか・・・)

「なんで、死のうと思ったんだ?」
ゾロはどうせ、素直に言うつもりはないだろうと思ったが、一応尋ねてみた。

が、その予想は外れた。

まだ、9才なのだ。ゾロのよく知っているサンジに比べれば、まだ、数段扱いやすい。

「・・・次の航海が終わったら、コックを辞めなきゃならないんだ.」
「俺、ダンディシティって所に、500万ベリーで売られたんだ.って、料理長と
艦長が話してるのを聞いたんだ.」

ゾロの眉間が曇る。

サンジが口にした街は、ソノ道で有名な歓楽街だ。

「コックになれねえんなら、死んだほうがいい.。」
そう言って、べそをかいた.。

「コックになって、オールブルーを見つけて、そこで美味いもん一杯作って、・・・・」
「でも、そんなとこに売られちゃったら、もう、コックにはなれない.。」

頭からすっぽりとブランケットを被って、泣きじゃくった.

・ ・・ゾロは困った。
ある意味、大人のサンジよりも扱いにくいと思った。


「俺はお前に死なれちゃ、困るんだよ.。」
ゾロは泣きじゃくる小さなサンジの体をブランケットごしに柔らかく、たたいた。

「・・・出航まで、何日だ.」ゾロはそのままサンジに尋ねた。
どうせ、消えてなくなるなる記憶でも少しでも自分の知らないサンジの人生に
関われたことが、ゾロには嬉しかった.。
例え、短い時間でも 共に過ごしてゼフに会うまでの間だけでも、
強く生きていけるようにしてやろうと思った。

「・・・10日間」

(十分だ.)
サンジを連れて逃げるということも考えたが、この世界に縛りつけられて、
もとの世界に戻れなくなるような気がした。

その夜は、ゾロと小さなサンジは一つのベッドで眠った。

不思議なもので、大人のサンジとこんな状況で体を密着させようものなら、
何もせずに眠るなど考えられない。

が、数cmの距離ながら、伝わってくるサンジの体温を感じても、ゾロの体にも、
心にもなんの変化も起きなかった。


次の日、サンジは自分の無事を舟に伝えると、ゾロのところへ、自分の意志で戻ってきた.

「なんで、俺のところへ戻ってきた?」
ゾロは遠慮がちに自分の部屋のドアをノックしたサンジをからかった.。

「船のやつらを一緒にいても退屈だから.」
幼いくせに、サンジはもう強がりを覚えていた.。

大人のサンジが女の子に見境なく声をかけるのも、キッチンに入ってきた人間に
なにやかやと話しかけるのも、生来の淋しがり屋の性格がそうさせていると
ゾロは理解している.。

こうやって、自分の命を助けた相手の素性も碌に知らないのに、懐に飛びこんでくるのも
その性格の為せる技だ。

そこらの無防備さは、大人になるに従って消えうせ、19歳のサンジはむしろ
人の懐に飛びこむどころか、むしろ疑ってかかるほど、用心深くなってしまっているが.
それでも、一度自分が信じた人間の為に命を投げ出すのを厭わないという形で
それはサンジの心の中に今でも息づいている。


「ついて来い。」朝食を済ませると、ゾロはサンジを連れて、近くの海岸に向かった。

流木を削り、木刀を3本作る。

二人はおのおの自分の分を作りながら、手元のナイフを見て、視線も合わさないまま
言葉を交わした。

「あんた、どっから来たんだ?」

「・・・わからねえ。」ゾロはサンジの問いにそっけなく答える。

サンジの少年独特の高い声は、ゾロの耳にとても心地よかった。
「なんで、俺と一緒にいてくれるんだ?」
サンジはゾロに聞きたいことがたくさんあるようで、次々と質問を浴びせてくる.。

「てめえの方から、寄ってきたんだろ.」
サンジはゾロのその答えに納得しなかった。

「迷惑なら、迷惑って言えばいいじゃねえか.。なんで、そういわね―の?」と
尚も食い下がってくる。

「うるせえな、他に知ってる奴がいねえだけの話しだ.。」
言葉を選びながらの会話にゾロが少し戸惑い、思わず、うっかりと口を滑らせた。

サンジはそのゾロの言葉に自分の手元から、ゾロの顔へ視線を向けた。
「俺は、あんたの事知らねえけど、なんで、俺の事知ってるんだ?.」
ゾロは答えに詰まった.。


上手い答えが浮かばなかった。


つい、口調が更にぶっきらぼうになってしまった。

「うるせエ ガキだな。ちょっとは黙ってろ.。」


サンジの表情がまるで、花がしぼんだ様に一瞬で曇った.。


「ごめん。」
そう一言だけ言って、サンジは黙ってしまった。

無表情を装ってはいるが、明らかにゾロに拒絶された事を哀しんでいるのが見て取れた。

ゾロは舌打ちした.。
(ったく、ガキだろうと、なんだろうと どっちにしろ扱いにくい野郎だ.。)

ゾロは次に溜息をついた。
「そんな顔するんじゃねえ.」溜息と共に穏やかにサンジを叱咤する。

「人に隙を見せるな。そんな顔するような弱っちいことじゃ生きていけねえぞ.」
ゾロは敢えて、厳しくそう言った.。

その時、ちょうど二人の木刀が削りあがった。

ゾロは先ず、基本動作からサンジに教えた。

さすがに飲みこみが早い。

砂に水が染み込むように、ゾロの指導を体で覚えていく.。

(こりゃ、本格的に教え込んだら、かなりのものになるぞ.)

ゾロは今更ながら、サンジの能力に目を見張る思いを抱いた。
ゾロは一本の木刀で、サンジは短い2本の棒で激しく打ち合った。

9才の子供にしては、驚くほどの体力だが、それでもすぐに息が
上がってきて、砂浜にゾロに乱暴に蹴り倒される。

何度もゾロにしたたかに打たれても、蹴り倒されても、
サンジは何度でも、向かってきた。

「てめえは強くなる.」

冬なのに、汗をびっしょりとかくほど、体を動かした後、上がった息を静めるために
二人は海を見ながら、また、話をはじめた。

「てめえは強くなる.。だから、何があっても自分から死のうなんて考えるな。」

サンジは黙っていた。
肯定も否定もしない。

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