「お前が心配する事じゃない。ガキが余計な事に首を突っ込むな。」とゼフは言った。
その通りにすれば良かった、と今更になって後悔しても遅過ぎる。

11歳になるサンジは、ゼフの戒めを聞かずに、ケイの兄の家に一人で
出掛けた。もちろん、最初の訪問は慰謝料について話すつもりではなく、純粋に
大怪我を負ったケイの見舞いのつもりだった。

(なんで、こんな)とサンジは彼らの家に着いて驚く。別に慰謝料だの治療代だの
請求などしなくても、十分に蓄えがありそうな裕福そうな大きな屋敷だったからだ。

だが、
もう少し、俺が強ければ。

そんな稚い自責の念に苛まれて、サンジはその屋敷の門をくぐった。

そこからの細かい言葉のやり取りの記憶は今のサンジにはない。

何故、そんな事をさせられて、抗わなかったのかを今頃になって思い出したくも無い
記憶をほじくりかえしても、気分が悪くなるだけだ。嫌な記憶、辛い記憶は、
その時に傷ついた心を癒す自浄作用として、いつしか人間の記憶から、薄れ、いずれ消えて行く。サンジのその時の記憶も、浄化され、消滅しようとする作用が本能的に
働いて、ケイとその兄に会うまで、その記憶はぽっかり空いた空白の中に埋もれていた。

ケイの兄の名前など、当初から知らなかったのか、それとも忘れたのかさえ
自分でも判らないほどだ。

だが、サンジのその断片的な記憶がケイの兄と対峙し、卑猥な言葉を吐かれる度にその映像とその時の怖れが蘇る。

「ケイが治るまで、ケイの替わりをしてくれたら、賠償金は勘弁してあげよう。」

(ヘンな事を言うナ、)とサンジは思った。
同い年だとはいえ、ケイは少女、自分は男なのだから、替わりと言っても一体、
何が出来るのだろう、と思ったのだ。

「どんな事をすればいい。」自分の料理を金を出して食べてくれる女性以外に
丁寧な言葉を使った事のないサンジは、大人から見れば相当に小生意気な態度で
そうケイの兄に尋ねた。

「僕の言う事に逆らわずに、なんでも言う事をきくだけだよ。」ととても優しげな声で
言った。その時の、ごく普通の優しい青年のような物腰の所為で、サンジは
(この人ならそう、無理な事は言わないだろう)と予想した。
「本当の兄さんだと思ってくれたら、いいよ。」と言う言葉に何の疑いも持たなかった。

「なんでも言う事を聞く」と言う契約にまだ幼いサンジは縛られる。

裸になって見ろ、と言われても素直に全裸になどなれる筈も無い。
だが、「ケイの替わりに、なんでも言う事を聞く、そのかわりにバラティエには
一切、賠償金などを請求しない」と言う契約を締結するには、
ケイが完治するまでの間、どんな事でもケイの兄の要求に従わねばならなかった。




指の先で性器を捏ね回されても、首筋をナメクジのような舌でなめ回されても、
足を開かされて、その格好のまま、不躾な目でじっと眺められても、
我慢するしかない。薄気味悪い、と思いはじめていても、ケイの兄は
幼いサンジに対して、まだ、「優しい」と思わせる言動を保っていた。

(こんなの、変だ。)とじゃれて遊ぶ様にサンジの体をやたら触り、
その変化を興奮した顔付きで観察しているケイの兄の異常さにサンジは
自分の体を眺めている時のケイの兄の体の一部が変形しているのを見て、
やっと気がついた。

「あんた、変だ。おかしいよ。」「妹相手にこんな事、するなんてオカシイよ。」

サンジのその言葉にケイの兄は薄く笑った。
「女の子より男の子の方が素直で面白いモンだね。」
「女の子は嫌がって泣くばかりだけど、男の子は嫌がっても、体は弄られたがって、」
「それがわかっちゃうんだから。」

まだ、11歳のサンジは大柄なケイの兄に抵抗するにはあまりに非力だった。
「僕と君がシテた事をバラティエのオーナーに言おうか。」とケイの兄は
サンジの体に覆い被さって、面白そうに笑った。
「子供の癖に、慰謝料を体で払うって言うから、頂いたんだって。」
「バラティエのチビナスは、男相手にこんな恥かしい、淫らな事をしてたって。」
「人にバラして言いふらそうか。」
「これって、とても破廉恥な事だ。人に知られたら、
「バラティエのオーナーにもとてつもない迷惑が掛るだろうねえ。」

「それが嫌なら、大人しく、言う事を聞くんだ。」
「暴れなければ、痛くしないよ。狭いところにネジ込むのは慣れてるから。」
そう言った途端、ケイの兄の呼吸は発情期の獣のそれのように荒くなり、
育ちきっていない、幼いサンジの体での抵抗など、なんの問題にもせず、
サンジを犯した。

その時の体を引き裂かれるような痛さ、そして、その痛みに気が遠くなって、
目が醒めた時の吐き気がするような疲労。

初めてそれを経験した時、隣には包帯だらけのケイが横たわっていた。

「大丈夫?」と自分の火傷もまだ痛むだろうに、恐ろしい経験をして、
愕然とし、言葉一つ話せないほどの衝撃を受けていたサンジを気遣った。

「怖かったでしょう?ゴメンね、私の替わりに。」とケイはサンジの顔を
見下ろして、ポロリと涙を零す。

「君はいつもあんな事を?」サンジは女の子に気遣われるのも、素っ裸で
女の子と同じベッドにいるのも恥かしくてヨロヨロと起き上がった。

ケイは小さく頷く。
そして、「もう、ここに来ちゃダメだよ。」と辛さを隠すように笑った。

「怪我が治ったら、また、あんな事、されるかもしれないの?」とサンジは
ケイに尋ねる。
「ううん、大丈夫だと思う。だって。」
「背中、一面酷い火傷だし、足だって千切れちゃって片方しかないし。」
「兄さん、もう、私の体なんか、見たくもないって思ってるわ。」

両親は莫大な遺産を残して既に死去していて、
ケイが頼るのはこの兄だけで、その兄の愛情を失いたくない一心で、兄の言いなりに
なっていたに違い無い。

(可哀想なのはこの子だ)とサンジは思った。
思ったけれど、ケイの為にしてあげられる事は何もなかった。

痛い火傷の治療が終って、元気になったとしても、あの華奢で優しい子は
(あの変態野郎に)自分がされた、「破廉恥で恥かしい事」を強いられる。
愛情が欲しくて、足掻くには余りに弱すぎて、優すぎるケイがサンジは
可哀想でならなかった。

「可愛いね、サンジは。」

ケイが可哀想だった。
焼け爛れた顔から半分だけ覗く顔は、いつも悲しそうに笑っていて、
何故、こんな状況でも人に優しくして、笑顔を作れるのか、知りたくて、
サンジはケイの家を、また、訪ねてしまう。その度に、ケイの兄に玩具にされると
判っていても、少しでも、ケイの壮絶な哀しみを薄れさせる事が出来るなら。

(あの子が耐えてきた事に比べれば、これくらい。)
卑猥な手つきと言葉でケイの兄に弄ばれても、サンジは耐えた。

「ケイに会いに来る、って言うのは言い訳で、本当はこうされるのが好きなんだよ。」

その言葉がずっとサンジを縛り続けてきた。
だから、ゾロと特別な関係になっても、性行為に免疫も無かった頃に覚えてしまった、
快楽に溺れてしまいそうで、そんな事を覚えている体をゾロに知られるのが怖かった。

「取引ってなんだ。」とサンジは数年ぶりに会った、ケイの兄に挑みかかるような
鋭い目つきと口調で尋ねる。

「一人分の解毒剤と引き換えに、」とケイの兄は目を細める。
「兄さん、」とケイが堪え切れなくなった様に大声で彼の言葉を遮った。

「もう、止めてあげて。お願い。」
「今度は、お前が彼の替わりをするかい?ケイ」

そう言われて、ケイの顔色が真っ青になった。
まるで、肌の下を流れる血の温度が一気に低下した様だ。

「毒が入ってるってわかりゃ、飲まねえで、解毒剤を飲めば済む事だ。」と
サンジはそれに気付かないようにして、そう言い放った。
自分でも判るくらいに、それは強がりだ。

まだ、ケイは、兄に縛られている。
恐らく、顔や体の火傷を綺麗に治療したのは、妹への愛情などではなく、
自分の性癖を満たす為だけだろう。

「解毒剤は私が用意します。サンジさん。」
「帰って下さい。やっぱり、私、あなたを呼びに行ったりしなければ良かった。」と
ケイは兄に取り縋りながら、サンジを振りかえってそう言った。

「ごめんなさい。私達兄妹の事なんか、忘れてください。」
「解毒剤を寄越せよ、今すぐ、寄越さないとぶっ殺すぞ。」

ケイに同情したら、過去のおぞましい経験を再び、繰り返す事になる。
抜け出せない不幸に喘ぐ者を助けるどころか、自分の身さえも守れ無い程、
弱くて、幼かったあの頃とは違う。

サンジは激しく揺れる感情を噛み殺し、ケイの存在を視界からも聴覚からも
消し去って、ただ、ケイの兄だけを見据えてそう怒鳴った。

本気で殺してやろう、とさえ思っていた。
この男を殺さないと、不幸になるばかりだ。

ケイも、自分も、この男の呪縛から自由になるには、それしか方法はない。

「殺したかったら殺しても構わないよ。」
「その代わり、解毒剤は手には入らないし、僕を殺したら、君は、」
「ケイに殺されるよ。それでも構わないのかい?」

ケイの兄は、すがりついていたケイの腕をあっさりと振り払った。
「この子は、僕がいないと生きていけないんだからね。」

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