今晩、店が終ってからビルと会う。
向こうから、ライが自分を疑っている事を察して近づいてきたのだ。
攪乱させるつもりか、それとも、もっと別の目的があるのか、その時になってみないと判らない。
また、その時にどんな話しになっても、それの真偽を見極められるかどうか。
「おい、このバカ、聞いてるのか!」といきなり、怒鳴られ、ライは 我に返った。
体のでっぷりと太っている、けれど、この男も海賊上がりで、
腕っ節が強い、主に、つけ合わせなどを用意するのが仕事のコックがライに向かって怒鳴っていた。
「ああ、すいません。」
「忙しいランチタイムにボサっとするんじゃねえ。」
雑用相手に怒鳴る暇があれば、メインを作っているサンジさんの手元を見るとか他にすることもあるだろう、と 言い返したい言葉をライはぐっと飲みこんだ。
確かに、考え事をしていて、山積の洗い物をこなす手があまり動いていなかった。
気がつけば、食器だけでなく、コックたちの使った鍋やフライパンもかなり 貯まってしまっている。
「ったく、この役立たずが、使えネエ海兵だ。」と ブツブツ言って、ライを押しのけ、洗い物をし始めた。
やることがなくなり、ライは憮然と佇む。
「雑用の仕事をとるくらいの 仕事しか出来ないって訳だ。」と呟くと、
すごい形相で そのコックは振り返った。
「なんだと、この不良海兵が。」
ライの胸倉を鷲掴みにしたので、思わず体が勝手に動いて、そのコックを投げ飛ばしていた。
運悪く、調理器具が整然と並んでいる棚に投げつけられ、凄まじくやかましい音が
昼時の、戦場のような騒然とした厨房の中を 響き渡った。
「なに やってんだ、うるせえぞ!」
広い厨房の向こうから、サンジの怒鳴り声だけが聞こえた。
「お前ら、邪魔だ、厨房から出て行け」
オーナー兼料理長の命令は絶対だ。
ジュニアがサンジの側で 多分、ライを取繕ってくれているらしい
様子だったが、サンジは聞き入れずに首を振っている。
「お前の所為だ、クソ海兵」
なんだ、こいつ。
海兵によほど恨みでもあるのか、と
ライを親の仇のような目でみる そのコックに だんだん本気で腹が立って来た。
「さっさと出ろ、目障りだ!」とまた、サンジに怒鳴られ、二人は 渋々 厨房を出た。
やることがないので、ライはサンジの自宅へ戻る。
例のコックは、「お前の所為だ、ケリをつけてやる」と執念深く、桟橋を渡る、ライに絡んでくる。
(うざったい奴だな。)海に投げこんでやろう、と降りかえった時、
「ライさん、ダンさん」と 自宅の庭の方から、アトリが手を振っている声が聞こえた。
「どうなさったんですか。」と 店は戦場のように忙しいと言うのに、暢気そうに笑っている。
「ああ、マダム。」とダンは、さっきとの態度とガラリと変わって、柔和な顔付きになり、アトリに手を振った。
「店で喧嘩を?」
「こいつがあまりにも役にたたないもんだから。」とさっきから ライに 絡んでくるコック、ダンが アトリに
不平を言う。
「でも、雑用になって まだ 2日じゃありませんか。」
「ダンさんだって、最初からなんでも出来たわけじゃないでしょう。」とアトリを挟んで 会話している内に、
なりゆきで、畑の草むしりを ダンと並んでやらされる羽目になっていた。
だが、ライはその他愛のない、作業の中からも、自分が知りたい情報を探り出す。
まず、自分の非を詫びる。
これはもちろん、本心でない。
今は、ライと言う個人よりも、海軍の少尉としての性格がライに 偽りの謝罪を口にさせている。
サンジに危害を及ぼす者を排除したい、と思うのはライ個人の意志だけれど、その行動を支えるのは、
海兵・ミルク少尉としての手腕だ。
諜報活動も何度となくこなし、命がけで 海賊を欺いてきたライにとって、
コック一人を信用させる事など朝飯前だった。
ライが知りたいのは ダンの事ではなく、
ビルの事だけだ。
「あいつは ロリコンのシスコンの変態野郎だ。」とダンは
新参者の癖に、サンジから 絶大な信用を得ている ビルに少なからず、嫉妬しているようだった。
「変態野郎?」
草を引きぬきながら、ライは 聞きかえす。
「歳の離れた妹がいて、その妹を故郷にたったひとり、残してきてて、」
「ここの給料を殆ど、その妹を預けてる親戚の所ヘ送ってるんだと。」
「ジュニアのガキと同じ歳だとか言ってたな。」
ビルには、つまり、11歳の妹がいる。
その妹を育ててくれる親戚に金を送っている。
それだけを聞くと、ビルにはなんの 怪しさもないように思えた。
だが、ダンはよほど、ビルが気に食わないらしく、
「だいたい、あいつは ロロノアのダンナが連れて来たから、」
「オーナーも特別に扱ってるだけで、腕も対した事ネエ」
と ビルの悪口を延々と述べ、捲くし立てている。
その日は、ビルについての情報はそれだけしか 得る事が出来なかった。
夜になると、ライとダンは 表向き、すっかり仲が良くなっていた。
ライは、かつて 仲間に裏切られた経験から、余程の事がないと人を信頼しない。
ダンがいくら 心安く、接してくれていても、自分の本心を曝け出す事は決してしないし、
それを相手に悟られる事もない。
そんな自分が本当は 大嫌いだった。
傷つけられても、人を信頼出来る人間でありたいのに、裏切られる事が怖くて、人の心に踏みこむことも、
踏みこまれることも、避けて、心が触れ合うような繋がりをこの先、
誰かと持つことなど とても出来ないと思う。
ライが心を開いて、信じぬく事が出来るのは、麦わらの一味と、ヒナだけだ。
サンジとジュニアが 昨日と同じで、疲れて 自宅に戻る。
今日は ライも夜の営業時に店にいたので、その忙しさを目の当たりにした。
「ライさん、一緒にお風呂に入ろうよ」とジュニアに誘われ、
掃除の前に一度、汗を流す事にした。
ライが風呂から上がり、店に出掛ける前に、
就寝するだろう、サンジとアトリに 挨拶しよう、とリビングに一旦、戻る。
けれど、アトリはもう 離れに戻ったらしく、姿がない。
サンジは、
昨日と同じで、テーブルに書類を広げていた。
けれど、作業は全く進んでいない。
眼鏡をかけたまま、ソファに凭れて、寝息を立てていた。
ライはその姿を見て、胸がドキ、と大きく鳴ったような気がした。
暫く、じっと凝視して、つくづく、ゾロの懐の大きさを感じる。
(俺なら、)
こんな人を恋人にしていたら、一時だって離れられない。
離れたくない。
そう思うのに、何故、
(ロロノアさんは、サンジさんを一人きりにして置けるんだろう)と言う疑問がわいた。
「バカ野郎、なんで起さなかったんだよ!」と朝になって
サンジは 口から火を吹かんばかりに怒っている。
「まあ、まあ、サンジさん、ライさんも悪気があったわけじゃあ」と
アトリが朝食の準備をしながら、取繕ってくれるけれど、
「この書類は今日の午前中の郵便船で出さなきゃならねえもんだったんだよ!」
「だから、昨夜の内に仕上げるつもりだったのに!」
ライと、何故か、ジュニアまで サンジの前で小さくなって食事をもそもそと食べている。
とれたての野菜が美味だ。
「寝てたから起さないほうがいいのかなって。」と
ライが言い訳をしても、サンジは
「起せよ、書類がほったらかしなの見て わからねえのか。役立たず!」
と、言い放ち、コックスーツのまま、別のテーブルで作業を始める。
「無茶苦茶だね。」とジュニアは小声で ライに囁く。
ライは苦笑した。
サンジが怒っている、けれど、今、ライの頭にあるのは、
それどころではなかった。
昨夜、ライは、厨房へ掃除しに行った。
ビルが静まり返ったキッチンで待っていた。
ライの気配に、沈痛な表情を浮かべた顔をすぐに向けて来た。
「ミルクさん。」と、初めて会った時に見た、縋るような目をしていた。
「俺を助けてください。もう。」
「どうしていいのか、わからないんです。」と言うや否や、
ライがなにも聞かず、なにも話さない内に 床へしゃがみこみ、
頭を抱えてすすり泣き始めた。
「訳を話して下さい。」と、ライは ビルの側にしゃがみこむ。
「これ。」とビルは 顔を涙でグシャグシャにしながら、ライに、白い粉の入った小さなビンを見せた。
ライはそれを受け取る。
「なんです、これは。」
ライは、厳しい顔で、まるで 詰問するようにビルに尋ねた。
「ど。」
「即効性でなく、緩やかに効く薬ですね。」
毒です、と答え掛けて、ビルは ひきつるように泣きじゃくった。
代りにライが推測で答える。
「あんたなら、すぐに気がつくと思ったんだ。」
「黒オリのミルク部隊、と言えば、諜報活動が得意だって有名だから。」
それだけじゃないんだけどな、とライは思ったけれど、
確かに、最前線で戦う部隊にしては、珍しいその諜報活動があるからこそ、
武力の優った相手と戦っても 最小の犠牲で、無敵の成績を誇れているのだ。
だから、話しの腰を折るような事はこの際、言わずに、
ビルの言葉を待っている。
ビルは呼吸を整えて、話を続けた。
「俺に妹がいる事はもう、聞いただろう。」
「俺がサンジさんに毒を盛ってる事も、あんたは俺がわざと捨てた試食用のケーキで気がついただろう。」
「だから、こうして、あんたの話しを聞きに来たんでしょう」と
ライは ビルの話しを早く 聞き出したくて、さりげなく、急かした。
「妹は、病気なんだ。それを治療するには大金がいる。」
「ここの給料をいくら貯めたって、とても払えない。」
ビルはまた、顔を覆った。
「誰に?」
つまり、金をやるから、サンジを殺せ、と誰かに依頼されたと言う事だろう。
ライはそう推察して、ビルに依頼者の正体を尋ねた。
ビルは首を振る。
「よく、判らねえんだ。」
「連絡は、いつも、色んな奴が手紙で持って来る。」
ビルも、正体を探ろうとしたけれど、
手紙なり、荷物なりを届けたものは、ただ、「言伝られただけだ。」と言うだけだ。
妹を預けた親戚に手紙を出して 確認すると、妹は、
心臓をごっそり、他人のものに入れ替えない限り、
いつ死ぬか 判らない状態だと言ってきた。
「俺が送った覚えのない金で、妹は今、どうにか、生きてる。」と言った、
ビルの顔をライの灰色の瞳が 真偽を探るように しばし、凝視する。
とても、
(嘘を言っているとは 思えない)。
「妹も助けたい。でも、俺を拾ってくれたサンジさんを殺すなんて」
「どうしても、出来ない。」
「いっそ、俺がこの薬を飲んで 死んじまいたい。」
ライは、
「何故、サンジさんにそれを言わないんです。」と沸いた疑問をすぐに
ビルに聞いた。
サンジなら、自分のレストランで使っている、とは言っても、
部下でも、仕様人でもなく、「仲間だ」と思っているはずで、
ビルがこれほど、苦悩していると知れば、絶対に 放っては置かない筈だ。
「クビにされて終りかもしれない、と思うと言い出せなかった。」と肩を落とす。
自分がクビになったら、妹は絶対に助からない。
そう思うと、自分の身の振り方を決められず、
ビルの 思考も、行動も 袋小路に追い詰められて 支離滅裂になったらしい。
「そんな人じゃないと判ってたけど、もしも、この事が海軍に知られたら」
「俺は罪人の上、ここを首になる。」
「俺ならいいと?」
ライは 思わず、ビルの滅茶苦茶な理屈に呆れ、皮肉混じりに
そう言った。
「あんたは、今、海軍を休業中だろ。」とビルは即座に言い返した。
「頼む。サンジさんを殺さないで、妹を助ける手を考えてくれ。」
そう言われて、ライは考えこんだ。
妹の病状は、その差し出し人のわからない手紙で詳細に知らされるらしい。
そして、それの裏を取れば、間違いない、と言う。
それなら、
ビルの妹は、サンジを毒殺しようとしている者の監視下にある可能性がある。
もしも、そうなら、迂闊には動けない。
ビルがサンジを毒殺出来ない、と反抗すれば 即座に妹の命を奪う、と
ビルがライに見せた数枚の手紙の中で くどいほど書かれてあった。
「判りました。」とライはその手紙を全て、ビルから受け取った。
小さな手がかりが その手紙に隠されているかもしれない。
まずは、相手の正体を探り出さない事には、先へ進めない。
ビルのためではなく、
サンジの為に、今、自分が役に立てる。
少しでも、自分が受けた恩、積み重ねてきた想いを形にして返す機会だ。
だからこそ、ビルを助けてやろう、と決心した。
「その手紙、俺が直接、届けます。」
郵便船は1週間置きにしか来ない。
だから、どうせ、間に合わないのなら、そのあて先へ 自分で届けた方が 早いのだ。
ライは、顔を顰めながら書類に向かうサンジにそう言った。
どこへ手紙を届けるのかはわからない。けれど、不信がられる事もなく、
オールブルーを離れ、ビルの妹のいる島へ行くのに、これ以上よい口実はなかった。
サンジは顔を上げて、仕方なさそうにため息をついた。
「ああ、悪イがそうしてくれ。」
「これを出さないと、冬にサムとジュニアを海軍の養成所に入れられねえから。」と
ライに、手紙を託してくれた。
(ちょうどいい)とライはその手紙を見て、ほくそ笑む。
住所は、ビルの妹がいる島になっていた。
「ライさん、これ、お弁当です。」と、
サンジが買い出し用に使っている、ここへ来る時に乗ってきた船の
出航準備をしていると、アトリが大きな包みを持ってきた。
「すみません。」と一旦、手を止めてそれを受け取る。
「これは、サンジさん自身が全部お作りになったんですよ。」
「私は包んだだけ。」と言ってアトリはにっこりと笑った。
「本当に、大切な弟さんみたいですわ。」
日々、忙しくて、仲間のコック達の食事は全てアトリが作る。
それなのに、自宅の厨房を使い、サンジが料理を作る姿をアトリは
「はじめて見ました」と言う。
そして、アトリは、サンジの伝言をライにさらりと伝える。
「面倒なことを頼んですまねえが、頼りにしてる、って。」
たかが、手紙を届けるだけにしては、重い言葉にライは、ライは驚く。
やはり。
(サンジさんは、気が付いてたんだ。)
ビルの作った、サンジだけが食べるデザートに毒がし込まれている事も、
ビルがライに相談を持ちかけた事も、
サンジは、見通している。
自分自身は、日々、レストランでの仕事で忙しいし、
ビルの為に動けば、正体の知れない敵を徒に刺激してしまうだろう。
ビルも動けずにいて、多分、サンジも知っていながら動けずにいたのだろう。
都合良く使われる、と言う見方も出来るかもしれないが、
サンジの役に立つのなら、どんな事でもやり遂げられる。
まして、
「頼りにしてる」とまで言われたのだ。
ライは、気力が充実して行くのをはっきりと感じて、
初めて、アトリに笑顔を見せた。
「ご心配なく、とサンジさんに伝えてください。」
そう言うと、アトリに見送られ、碇をあげた。
サンジが、ビルの事を表立って、露骨に言葉を出して頼まなかったのには、色々な理由がある。
ライなら、すぐに気がついて行動を起してくる、と言うのも予想していた。
ただ、やはり、どんな理由かは 定かではないにしても、
ゾロが連れて来たビルが自分を殺そうとしているとは信じたくなかった。
けれど、日々、ビルの様子をそれとなく見ていると、なにかに苦しめられ、
それを誰にも悟られまいと気丈に振舞っている様子が見て取れた。
なんとか、してやらなければ。
そう思って、ビルと直接話をしても、埒があかず、
歯痒い思いをしていたところへ、都合良く、ライがいて、
ライを上手く使おう、と姑息な事を考えたのではない、
ビルが抱えている真実を知りたくても、自分では どうしようもないと
諦めてしまうよりは、
この事項をライに任せてしまおう、と思ったのだ。
ビルを苦しめているモノの正体も、その目的も、ライならすぐに ぬかりなく、突き止める筈。
数十年ぶりに逢っても、ライが ミルクと言う海兵として
活躍している話をサンジは ずっと、見聞きしていて、
その力量と、自分とライとの絆を信じて、ライに 根本の原因の解明と
問題解決の任を託したのだ。
正直、ライに 「悪イな。」と言う気もある。
あって、当然だ。
ライにそんな面倒を押しつけても、それに対して返してやれるものは
なにもない。
ライが今も変わらず、自分を想っている事を知っていても、
それに対して、何も返すものを持たない事が、今でも、少し、胸を痛める。
けれど、今は、この状況から抜け出す為にはこの方法しかサンジは考えつかなかったのだ。
厨房の窓から、ライの乗った船が入り江を出て行くのが見えた。
(悪イな。ライ)
一瞬、手を止めてサンジは その小さな船翳を見送る。
せめて、子供だましかもしれないけれど、見送る事さえ出来ない謝罪と
今から ライが遭遇するだろう、数々の面倒事に対する報酬にと、
ライの為に
そのためだけに、料理を作ったのだった。
かくして。
ライは、順調に進路を掴みながら 船を進めていた。
そして、時折、手を休めて
ビルから預かった手紙を取りだし、もう一度 じっくり眺めてみる。
封筒の消印は、全て今から向かう島になっていた。
字も、一通一通、全部違う。
子供に書かせたような 稚拙なモノから妙に達筆なものもある。
ただ、文面は全部、同一人物が考えたような、
少し、クセのある文章だ。
(喋り口調の文章だから、)自分のしゃべる事をそのまま
文章に書け、とでもいって 手紙を書かせたのか。
そう言う可能性もある。
文字が読めないのか、書けないのか、あるいは、
文字の形から正体がばれるのを防ぐ為なのか。
封筒も、便箋も、たいして特徴がない。
しいていえば、濡れてもインクが滲まない、特性のあるものだ。
(ん?)
ライは、ふと、紙より文字が書散らしてあるインクが気に掛った。
良く見ると、黒よりも焦げ茶に近い。
これは、
時間が経つにつれ、蒸発して消えて行く、特殊なインクだ。
(もしかしたら)とライは 自身の刀、雷光を抜いた。
束部分がクナイになっているライ独特の刀だ。
その白刃で、自分の小指を突付く。
血の雫がプクリと 指の腹からあふれ出てきた。
その血で、インクの上をなぞると、あっという間に文字が消えて行く。
これは、諜報活動する者が、伝達用に使うインクだ。
燃やしたり、破いたり、即座に出来ないような、重要で、複雑な文章を
携帯する場合に、このインクを使う。
血に反応して消えるのは、万が一、その文章を持っている者が
敵の手に落ちた場合、死を以ってその秘密が漏洩することを
防ぐ為だ。
そう言う文章を携帯する時は、カバンなどではなく、
軍服の、心臓の上の布の中に潜ませる。
敵の手に落ちる、と覚悟したら、そこを自分で突き刺せば、
血に染まった文書が仮に 見つかっても
ただの血まみれの紙切れにしかならないからだ。
当然、普通の文房具屋で売ってる代物ではない。
(案外、簡単に見つけられそうだ。)とライは 薄くほくそ笑む。
その夜。
新しいディナーに
加える為に用意した試食用のデザートを食べたサンジの何気ない一言に、
ビルは、とうとう、本人を目の前にして泣き伏した。
「今日のは 格別に美味かった。」
「さすが、うちのパティシエだ、これからもこの調子で頼むぞ。」
自分を穏やかに見る、サンジの眼差しでビルは 自分が苦しんでいたことを
サンジが知っていて、尚、
何も言わずに、毒が入っていると知っていながら
今まで 黙って 自分が改悛するのを、
あるいは、こうして、押し隠していた苦しさを吐露するのを
待っていてくれたのかと思うと、
(俺はとんでもない事を)しようとしていた、と
今更ながら 気がつかされ
立っていられないほど、激しく動揺した。
その体をサンジが支える。
「なにも心配しなくていい。これからも、お前が出来る事で
俺を助けてくれればそれでいいから。」と言われて だた、男泣きに、大泣きしたのだった。
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