ビルの妹がいる島に、ライは三日の航海で辿りついた。
何度か、来たことのある、大きな港のある人の往来の多い島だ。
だから、物資も豊富で、
気候の移り変わりのはっきりした オールブルーに近いこの海域の中でも、
もっとも、人の住みやすい島だと言える。
ビルの妹は エマといい、11歳の少女だ。
病院にいるのか、家で療養中なのかは、わからない。
ライが今、手にしている 手がかりは ビルに届けられて来た手紙だけだ。
(なぜ、)
サンジを殺そうとしているのか。
人間の行動が起した結果には、必ず、原因や、要因がある。
そこを推測すれば、少しでも、ビルを脅していた者の正体を絞り込む事が出来るかもしれない。
ライはそう考えて、船の上で考えを整理してみた。
まず。
サンジは 世界政府で唯一、オールブルーの私有を認められた人間だ。
多くの地下資源、金銭的価値のあるもの、
武器の材料として 稀有で、貴重な鉱物などが眠るオールブルーをサンジに握らせておく。
世界の国々の戦力が 均衡するように、
突出した戦力を 一国が持ち得ないように、
世界政府が取った方法だった。
だから、世界的資産とも言うべき オールブルーを手にしたい人間は必ずいる筈で、
国家規模でサンジの命を狙っている、と言う推測も立つ。
が。
(やり方がセコいよな。)と ライはその考えを却下した。
国家規模でサンジを抹殺するつもりなら、こんな回りくどい方法は取らないだろう。
次に。
サンジが海賊だった頃、サンジ個人に、あるいは、
「麦わらの一味のサンジ」に恨みを持つものの、報復。
多分、自分がどれだけの海賊、あるいは 賞金稼ぎ、
賞金首を倒してきたか、当のサンジも覚えていないだろう。
サンジに捕まり、海軍に突き出された海賊は、
もともと、賞金首の海賊であれば、罪の軽重に関わらず、「縛り首」と決まっている。
だから、サンジに 同類狩りされて 海軍に突き出された者は、
その殆どが 晒し者にされたあげくに、処刑された。
その身内がサンジに報復を、と考えての行動。
これは、充分、
(有り得る)とライは思う。
そして、もう一つ。
サンジは、世界一の大剣豪・ロロノア・ゾロの恋人だ。
グランドラインの海賊や、賞金稼ぎで、この話を知らない者は おそらく 殆どいないだろう。
それくらい、有名な話だ。
「サンジが命を狙われている」と言う風聞が立てば、
少なからず、ゾロの心理を揺さぶる、と考える奴がいても不思議じゃない。
あるいは、ゾロは強過ぎ、隙がなさ過ぎるので、その報復を 大事な恋人の身に危害を与える事で、
溜飲を下げるつもりなのか。
(それも、有り得るな。)と、ライは
手紙から得た情報と、自分が行きついた考えから得られた予測に基づき、
島に着くなり、行動を開始した。
まず、ビルの妹・エマを見舞う。
手紙には、エマの様子が仔細に書かれているから、
常に エマのそばにいる人物に、まずは探りをいれるつもりなのだ。
ライは、大人には非常に無愛想だが、
一旦、こう言う探索にかかれば、よほど 疑い深い人間でない限り、
口数をさほど 増やさなくても、
特別に、姑息な画策をしなくても、
何故か、すぐに信用される。
応、か、否かが明確な、意志表示と、余計な言葉を言わないと言う事が
その理由かもしれない。
エマの面倒をビルの替わりに見ていると言う 親戚にも、
「ビルと同じ職場の雑用」と言う事で 挨拶して、
そして、エマと逢った。
色が白い、焦げ茶の瞳と髪、心臓が悪い、と言われていなければ、
一見しても、そう 体が弱いと言う印象は受けない。
何故なら、その焦げ茶の瞳は ベッドの中でも
キラキラと 少女らしい、瑞々しい輝きが失われていなかったからだ。
「お兄ちゃんが私を助けてくれるもの。」とビルを信頼しきっている。
ライは子供が好きなので、すぐに エマと仲良くなった。
「この病院には、子供がいないの、ダンさん、友達になってくれる?」と
人懐っこい。
「いいよ、僕こそ、宜しくね。」とライも、にこやかにエマと
暫く歓談した。
が、ただ、それだけではなく、
エマの側にくる看護婦にも、さりげなく、目を走らせていた。
ライ、や、ミルクと名乗れば、自分が海軍兵だとばれてしまう。
だから、ライは、ダンの名前を騙った。
「ダンさん、良かったら家に泊まりませんか。」とビルの親戚に
言われたが、ライは敢えて断わった。
自由に動くには、宿は決めない方がいい、と経験で知っている。
夜中だろうと、早朝だろうと、出掛けたい時、出掛けねばならない時、
気兼ねなく、煩わしくなく、身動きできなければ
どこで、例の手紙の差し出し人が見張っているとも限らない。
ビルの親戚の家に宿を取れば、迂闊な行動が取れなくなる。
ゾロに恨みを持つもの、
あるいは、サンジ自身に恨みのあるもの。
特殊なインクの存在を知っているもの。
まずは、それを手がかりにして、
エマの身辺をライは、探り始めた。
まず、ビルの親戚。
善良な夫婦だ。エマを養女に、とビルに頼んでいるらしい。
挙動にも、脅されている、と言う怯えは嗅ぎ取れない。
次に。
(看護婦だ。)とライは エマの担当の看護婦の
身辺をそれとなく、探り始める。
もちろん、周りのものに聞きまわるのではなく、本人と
それとなく、話をしながら 様々な情報を探って行く。
あっという間に、3日が経った。
サンジから預かった金も、底をつきかけている。
(賞金稼ぎでもしてみるか。)と本気で考え始め、
また、例のインクの出所を探って、裏町を歩き回っていた。
空は鈍よりと曇っていて、ミゾレ混じりの雨が降ってくる。
ライは空を見上げる。
季節こそ違うけれど、サンジと出会った日も、こんな灰色の雲が
空一面を覆った日だった、と思い出す。
「ライ。」
「なに、ボケっとこんなとこで突っ立ってんだ。」
傘も無く、路地裏の軒先で雨を避けていたライは、その声に
驚いて振りかえる。
「サ、サンジさん。」
露骨に驚く、ライを見て、サンジは 黙ってニヤリと笑った。
露骨に驚く、ライを見て、サンジは 。
自分の命が狙われているにも関わらず、決して店を空けようとは
しなかったサンジがこんなところにいる筈がない。
それに、ライは一瞬、度肝を抜かれたけれど、言葉には出来ない違和感を感じた。
「どうした、ライ。」
サンジの声だし、姿もサンジだけれど どうにも不可思議な違和感が拭えず、ライは立ち竦んだまま、
黙ってサンジを見返した。
「どうして、ここへ?」徐々にライの心の中には、無意識に
敵意までが染み出してきた。
「俺に向かって、ずいぶん、きつい目つきするんだな、お前。」
「そんなキツイ目つき、してますか。」
何故だろう、この違和感。
本能的にサンジをサンジではない、と言う感覚が自分自身でも
納得出来ずに ライは訝しく思いながら、サンジに尋ねる。
「ダメねえ、あんた。一目であたしとサンちゃんの区別がつかないようじゃ、」
「一生、ヒナに頭が上がらないわよう?。」
サンジは、ポン、と左手で自分の頬を軽く叩く。すると、
「海軍少尉、ミルクです、よろしく。」と、青い髪で、灰色の瞳の青年、つまり、
ライ自身が 目の前で ニヤニヤ笑いながら 敬礼する。
「お前は、ヒナさんが逃がしたって言うボン・クレーだな!」
賞金首を目の前に、しかも、尊敬するヒナが唯一、取り逃がした、と
悔やんでいる男が目の前にいる。
ライは、謹慎中と言う事も一瞬で忘れて、背中の雷光を引きぬいた。
「だったらなんだっていうのよう!」
ライの姿は瞬く間に、また、サンジに変わった。
「言っとくけど、サンちゃんの体なら このままの姿であちしの技を使えるのよ。」
「あんたに斬れる?あちしを。」
と、開き直ったボン・クレーにライは悔しげに唇をかんだ。
ゾロなら、間違いなく見掛けなどに惑わされずに 敵と認識したら迷いもなく、刃を向けるだろう。
けれど、情けない事に サンジの姿で目の前に立たれた今、
明らかに雷光を握る手に力も気迫も入らない。
「目的はなんです。」と、つい、口から出る言葉までが、敬語になっていた。
「別にね、あんたをからかう為こんなところまで来たんじゃないわよう。」
「サンちゃんは、あちしの友達よ。」
「友達の弟分なら、あちしにとっても、弟分だし?」
ポン、とまた、ボン・クレーは頬を叩くと、今度はゾロの姿に変わる。
そして、相変らず、ニヤニヤと皮肉めいた笑みを浮かべながら
ライの肩に馴れ馴れしく手を回して、
「あんたは、今は謹慎中で、海兵っていうより、」
「サンちゃんの使いっぱしりでしょ?」
「サンちゃんが困ってるみたいだったから、手伝ってやろうって言ってんの。」
「それが目的。」
そう言うボン・クレーにサンジは間髪いれずに
「誰に聞いたんです。」と剣の師匠たるゾロに対する言葉遣いのまま、
ボン・クレーにそう尋ねた。
すると、ボン・クレーは水色の髪の女性の姿に変わった。
「サンジさん、ライさんの事、きっととても心配なさってるでしょうね。」
「ボン・クレーさん、なんとか、力になってあげてくれませんか。」
アトリさんが?とライは思わず、聞き返した。
「そうよう。アトリちゃんともあちし、友達だからね。」
「あんたの手伝いに来てやったって訳。有り難く思いなさいよ。」
アトリの気持ちは嬉しいが、こんな胡散臭い奴をどうやって
信用しろと言うのか、とライは押し黙った。
「本当はね、お金を預かってきただけよ。でもね。」
「あちしはあんたを海兵ミルクじゃなく、
サンちゃんが大事に思う弟だと思うから、わざわざ来てやったのよ。」
「あんたがあちしを信用しようが、しまいがどうでもいいわ。」
ここで、このボン・クレーに協力されたら ヒナを裏切るような気がする。
だから、ライはなかなか頷けない。
けれど、アトリの姿のボン・クレーの眼差しには、
ライを欺こうとしているような濁った光りはどこにもなかった。
「あんたは、ただ、黒檻のヒナの部下ってだけの人間なの?」
「判った。」
ライは刀を背中の鞘に収めた。
「サンジさんの弟分として、あんたを信用するよ。ただ、」
「2度と、俺の前でサンジサンの姿にはならない、と約束してくれ。」
そして、二人は協力することになった。
エマの様子がつぶさに判る状況にいる相手だとすると、
サンジが自分の手の届く場所にいるのだから、なにかしら、
動きがあってもいい筈だ。
ボン・クレーなら、限りなくリアルにサンジになりきれる。
そちらに姿の見えない相手の目を引きつけて、
その間に、ライは例のインクから探れた情報をもとに
エマの身辺を探る。
「いつも、お兄ちゃんがお世話になっています。」と
病床をボン・クレーがサンジの姿で訪れると、エマはきちんと
可愛らしく、頭を下げて挨拶をした。
「あんた、からかうと面白いわ。」
自分の前では決して、サンジの姿になるな、と言われたボン・クレーは、
どこで手に入れたのか、ヒナの姿になったり、
ゾロの姿になったり、ライが敬語を使わざるを得ない人間にばかりなって、
上手く、ライをこき使う。
「ライ、コーヒーを入れてちょうだい。」
「疲れたわ、肩を揉んでちょうだい。」
「服をハンガーにかけておいてちょうだい。」
ライは、「いい加減にしろ、」
と言える筈なのに、ヒナの姿でコーヒーを入れろ、と
言われると断われない性分になっているようで、
文句を言えずに つい、入れてしまう自分が情けない。
そして、あっという間に1週間が過ぎた。
「今日は、なにか変わったことはなかったんですか。」
もう、ボンクレー相手に敬語を使う事に全く ライは抵抗がなくなっていた。
元々、あまり、口数の多い方ではないから、余計な会話をしない。
簡素に会話を済ませようとする癖が知らない間に身についていて、
つい、敬語を使っているうちに ボン・クレー相手にさえ、
ごく自然に敬語を使うようになっていた。
「ビルから送金があったそうよ。」
「その送金先、はい。」
ライが入れたコーヒーを ヒナの姿のボン・クレーはいかにも
美味そうにすすりながら、ライに小さな紙切れを渡した。
「あんたのコーヒー、絶品よ。海軍辞めてさ、二人で
コーヒーショップ開かない?あちし、ウエイトレスするわよう?」
「サンちゃんとこから ビルを引き抜いて、ケーキ作ってさ」
ライがそのメモを見ている間、横でボン・クレーはベラベラと喋っている。
ライが相槌を打とうと、打つまいと何か喋っていないと
元は敵同士の間柄なのだ、とても間が持たない。
「この地名は、ここからすぐ側の国だ。」
「結構な大金だな。」
ライは呟きながら、考える。
ライの給料のまるまる1年分以上は有にあるだけの金額だ。
「これが大体、三ヶ月に一回くらい、振りこまれるんだそうよう。」
「そんなに頻繁に?」
インクは軍事的に使われるもの。
この島では手には入らない。
この島で出来る事はもうなさそうだ。
けれど、ライは簡単に身動き出来ない。
「行きなさいよう、その島へ。」
「一人二役くらい、あちし、平気よ。」
エマの状態をビルに連絡出来るほど、相手は側にいる。
そんな状況で、ライとサンジが姿を消せば、
相手もかなり、警戒し、探索が困難になるかもしれない。
サンジの命を狙っている存在の事など、全く気がついていない。
そんな素振りをし続け、相手の油断を誘えば、きっと、突破口は開ける。
「これではっきりしたじゃない?」
ライはボン・クレーの言葉に頷き、
「相手は一人じゃなく、複数いる。」
「見張っている人間と、それを指示している人間と。」
そして、今度はボン・クレーはライの姿に変わって ニヤリと笑い、
「見張ってる相手はきっと、あちしが炙り出してあげるわよ。」
「あんたは、親玉を探るの。」
そう行って、ボン・クレーは大きくバカにしたような溜息をついた。
「一人きりじゃあ、黒檻部隊きってのやり手のライ少尉もまるきり、役立たずなのねい。」
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