「で、お前はなんでこんな寒空にそんなに腹を減らせてたんだ?」

さすが、サンジの弟子、
僅か 10歳の少年が作った料理は確かに、

普段、海軍の 栄養が最優先、味はニの次の食事に慣れていた
ライにとって、「至福の味」だった。

ジュニアの手で作られてはいるけれど、手順も、
分量も、サンジが教えこんだ物だろうから、それはそのまま、
サンジの味だと思われる。

懐かしい味だ、とライは感じだ。
ボロキレのように捨てられていた自分を生かし、励ましてくれた 麦わらの仲間たちと共に過ごした時間を思い出すのに、充分な味だった。

「ご馳走様。」

と、ライが食べ終わるのを待って、サンジが口を開いた。
興味本意ではなく、むしろ、全く興味なさそうな口振りだが、
それでも、どこか、労わるような気持ちがわずかに

蒼い瞳に滲んでいる。
そう思うのは、ライの思いあがりか。

ライはちらり、とジュニアに視線を走らせた。
自分の過去の事を 上官とも、先輩海兵とも言える男達に知られ、それを盾に肉体関係を迫られた。

その結果、乱闘騒ぎを起して 謹慎中なのだ、と
まだ、なんの穢れもないジュニアに聞かれたくなかったのだ。

サンジはすぐにライの視線の意味を気付いた。

そして、それだけで ライがここにいる理由を悟った。

「お前、結婚は?」

サンジは、急に話題を変えた。

ライが自分に対して、言葉を言い澱み、
ジュニアに視線を走らせてから、目を伏せた事で、
過去の辛い経験がらみで何か 問題を起こし、おそらく、今、
謹慎か、悪くすると 退役させられたのか、と推し量った。

「いえ、恋愛もしてません。」
「あれから、一度も。」

ずっと、十数年も サンジ一人を想い続けて、必死で 戦い、自分を研鑽して来た。

ライの戸惑いのない言葉にサンジは苦笑いする。

「本当、変わってネエな。」

暫く、二人は眼を合さず、手持ち無沙汰に料理の残りを突付いたり、
グラスの酒を舐めたりしながら、続く言葉を探した。

「で、謹慎の期間は?」とサンジがライに尋ねる。

「半年です。」
「半年も?」ライの言葉にジュニアが驚いた声を上げる。

「ライさん、お金ないんでしょう?いくところもないんでしょう?」
「半年もこんな寒いところで野宿してたら死んじゃうよ。」と
真っ黒な瞳の中に、心からライを心配している眼差しを浮かべて、

サンジに向き直った。

「ねえ、半年くらい、いさせてあげようよ。」
「こいつがレストランの役に立つと思うか?」

ジュニアの言葉にサンジはライをフォークで指差し、渋い顔をした。
けれど、声音はどこか楽しげだ。

「きっと、役に立つよ!海兵さんなら、力も強いし、」
「ライさん、器用そうだし。」

「いいよ、ジュニア君、」
そんな厚かましい事は出来ない、とライは慌ててジュニアの言葉を遮る。

「ダメだよ、俺の料理を食べた人が野垂れ死にするのを黙って見てる訳にはいかないよ。」
「ね、サンジ、そうだよね。」

ライの言葉に耳を貸さず、ジュニアはサンジに食い下がる。
サンジの顔つきを見れば、もう、答えははっきり出ているのに、
それが判らないところがまだまだ、子供だ。

サンジはやれやれ、と大仰に溜息をついた。
自分が普段、実行して、信念にしている事をジュニアに言われて否、と言えるわけもない。

「半年、メシ付き、寝床付きで、ただし、タダ働きで良けりゃ、」
「連れていってやる。」

オールブルーへ。




オールブルーは 酷寒の時期が終り、春が満ちていた。
サンジがあの島にいたのは、氷で海が閉ざされている間、
ジュニアを海軍兵の寮の有る育成所に預けていたのを迎えに来たからだ。

海の氷が解け、外海との往来が出来るようになるまでの数週間、
サンジはオールブルーでたったひとり、冬を越していた。

その季節が終って、コック達や、家政婦もオールブルーに戻って来ていて、
後は、ジュニアさえ揃えば、即、営業再開なのだと言う。



そして、数日の航海の後、ライははじめて、
サンジが憧れ、追いつづけていたオールブルー、

空も

海も 蒼い 静かで、息を飲むほど美しい場所に、
サンジの聖域に迎え入れられた。


海軍が常駐している、と言う噂は聞いたが、さすがに冬季は
撤退するのか、ライがオールブルーに着いた時は、
まだ、海軍の船の姿は見えなかった。

「凄いところですね。」

サンジの自宅と店のある入り江は海底の隆起が複雑なので、
小船に乗り換えてから、向かった。

海を渡る風に乗って、積もった名残雪が舞っている。
それと同時に、桃色の花びらも海に舞いふっていた。

桃色の雪が降る。
空は高く、晴れているのに。
なんて、美しい場所なんだろう、とライは息を飲んだ。

「お前も気に入ったか、この桃色の雪。」とサンジは
茫然と立ち尽くして 風景を眺めるライに微笑みんだ。

お前も?
ああ、

「ロロノアさんもこの風景、好きなんですか?」
「あいつは、これを見てからここを出て行く。」

ライは思った言葉をそのまま口にだし、
サンジも隠したり、照れる事もなく、ごく自然にゾロの事を口に出した。

「バカみたいにずっと眺めてるから、多分好きなんだろ。」と
言い、暫く、自分もその桃色の雪を運ぶ、風に顔を向けた。




「はじめまして、家政婦のアトリと申します。」

出迎えてくれた、水色の髪の女性が挨拶をして、ライをじっと見た。

「彼女は、半年前から俺の世話をしてくれてるんだ。」と
サンジは二人を引き合わせる。

「ロロノアさんですの?」
「緑色の髪だと噂で聞いたことが・・」

と、アトリは首をひねったが、

「「違う、違う。」」とサンジとライが同時に否定する。

「ロロノアじゃないよ。こいつは ライって言って、」
「俺の弟みたいなモンだよ。」

ジュニア君には、俺の昔の恋人だ、なんて紹介したのに、やっぱり
女性には そんな事をサンジが言う筈はない。
判っていたことだけれど、はっきり「弟」と言う格付けをされて、
ライは少し、落胆する。

「まあ、それは失礼しました。」とアトリは真っ赤になった。

「私、まだロロノアさんとお会いした事がなくって。」
「背格好がとってもお似合いだったから、てっきり・・・」

俺とロロノアさんは8歳も離れてるんですよ、とアトリに文句を言いたくなったが、
確かにサンジを見る限り、

同い年、と言っても充分通用する容貌なのだから、
勘違いしても仕方ない、と思いなおす。

なにより。

(背格好がとってもお似合い・・)と言う言葉で年より
老けて見られたことくらいで、目くじらを立てる気は失せる。

「いえ、」と短く、ぶっきらぼうに答えて会釈する。

ライはやはり、見知らぬ他人に対して、警戒心が無意識に働くのか、
心の中で アトリを

(良さそうな人だな)と認識していても、自分から心を開くことも、近寄ることもしない。

その夜。

「明日からは客じゃねえからな。」
「店でコキ使うぞ。」


帰って来てから、サンジとジュニアはは一息も付かずに、営業再開の
準備に取りかかっていて、ライはアトリと二人、自宅にいた。


「お部屋はどうしたらいいのかしら・・・?」とアトリは
困惑していて、ベッドシーツを持って家の中をうろうろしている。
「サンジさんに伺いたくても忙しそうだし・・・。」
ちゃんとした恋人がいるのだから、同じ部屋に別の人を入れるのは良くないわ。

でも、弟分って言ってたわ。
じゃあ、あの大きなベッドで二人で寝るのかしら。

・ ・ダメだわ。間違いがあったら、ロロノアさんに申し訳がないわ。

どうしたらいいのかしら。


結局、アトリは夜になるまで決められず、とりあえず、
リビングのソファにライの寝床を設えてくれた。

「お世話になります。」と夜になり、仕事を終えて帰るアトリに礼を言い、
サンジが帰って来るのをライは待った。

「なんだ、ソファで寝るのか。」
「部屋が決められないから、聞いておいてくれって。」

夜遅く、自宅に帰って来たサンジとジュニアをライが出迎える。

アトリの用意した食事を囲み、しばし、談笑に勤しむ。

ただ、サンジはあまり口数が多くなく、なにか余所事を考えているような
顔付きをしていた。

ライはすぐにそれに気がついて、
「サンジさん、何か心配事でも?」と尋ねる。

「いや・・・。」
そう言えば、あまり顔色が冴えないように見えた。

「試食の料理を食いまくったから胃がムカつく。」

そう言うと、立ちあがり、自分の部屋へ入ってしまった。
足取りはしっかりしている。


ジュニアは驚いた顔をして、それを見送っている。
「こんな事、初めてだ。」
「疲れたのかな。」

こういう時、変に気遣うと サンジに酷く怒られることをジュニアもライも知っている。

どうも、胃の内容物を全て吐瀉したらしく、その後は、
気分も治ったらしく、20分ほどでまた、リビングに戻ってきた。

手に、ラム酒のビンと、グラスを二つ、ぶら下げている。

「ジュニア、なんか作れ。」
「うん。」

さっき、気分が悪い、と言っていたのに、酒なんか飲んで大丈夫なのかな、と
ライは少し 心配になるけれど、

サンジは並みの体ではない。
「食い過ぎで気分が悪いって、どれくらい食べたんです。」と別方向からサンジの具合を伺う。

「コース料理20人分、完食してやった」と言ってニヤリと笑う。

自分が腕を見こんだコック達が 前菜、スープ、メイン、サラダ、
アラカルト、デザートとそれぞれの部門で味はもちろん、
見栄えも考慮した新作を一口づつ味見したのだが、

それでも、軽く 「コース料理20人分」はあった。
普段は小食で、確かにそんなに大量に食べたら気分が悪くなって当たり前なのだが、
ジュニアの話しによると

「こんな事は初めてだ」と言う。

けれど、もう、サンジはお構いなく、グラスに酒を薄めずにそのまま注いで、ライに手渡す。

傍らの小さな棚に肘をかけ、寛いだ様子は
思わず、ライが小さく息を飲み、見惚れるほど、綺麗だと思った。

本当に好きあっている恋人、

自分を磨き、輝かせる相手がいないと、こんなふうにはならない。
一朝一夕の恋愛では、
怠惰な、馴れ合いの間柄では、

人は美しくはならない。

(俺はまだまだ、)ロロノアさんには全然、敵わないな、と
ただ、ただ、溜息をつくだけだ。

「お前と酒を飲む日が来るとは思わなかったな。」
「あまり、強くないんですけどね。」

と言うより、ライは酒を飲まないので、自分でも強い、弱いが判らない。

長年、海軍に身を置いていても、
心を開いて、分かり合える仲間は数少ない。
仲良くなっても、殉職したり、違う部隊へ配属されたり、辞めたり、
気が付けば、今の部隊では部下のいる身で、腹を割って
語り合える戦友が 側にはいなくなっていた。

「サンジがお酒を飲むのは、ゾロが帰ってきた時だけだよ。」
ツマミを作り、戻ってきたジュニアがにこやかに言う。

「一人で酒を飲んでも美味くねえからな。」とサンジは憮然と答える。


その夜は、久しぶりの酒で二人とも 気持ち良く酔い、
ライは床で、
サンジはソファで眠ってしまった。


朝、コックたちに引合わされ、
「雑用だから、存分にこき使ってくれ。」と紹介される。

大勢いる、コック達の中でも
特にサンジが信頼を寄せている 数人のコックがライと口々に挨拶を交わした。

(ん?)

デザートを任されている、パティシエチームのリーダーだ、と言う
男がライをじっと見ていた。

その眼差しは、なにか、助けを求めているような、
思い詰めた目をしているようにライに見えた。
年の頃、ライと変わらない。

「私はビルといいます。ミルクさん」
「ライで結構です。雑用ですから。」とライは出来るだけ柔らかい態度でビルと向きあった。

握手をした、ビルの手が汗でしっとりと濡れていた。


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