「風呂に入って来る。」
サンジはいきなり 話の途中で起きあがった。


「ああ?なんだ、話しの途中じゃねえか。」とゾロは
いきなり 話しを中断したサンジに 薄く非難めいた声をかける。

「寒くなってきた。」
ごそごそとシーツから這い出そうとするのをゾロは
腕を伸ばして肩先を鷲掴みにし、後ろに引き倒す。

「うあっ」
普段、背中にも目がついているのではないか、と思うほど
敏感に人の気配を感じるくせに、こういう時、サンジは驚くほど
無防備だった。
いとも簡単にゾロの思うがまま、背中からシーツの上に倒れこんできた。

そのまま押さえ込むようにして、ベッドの中に引き摺りこみ、
がっちりと腕の中に収め込んでしまう。

「全部、話しが終ってからだ。そんな途中で止められたら気になって
寝られネエだろ。」

寒くなってきた、というその体はたしかに少し 冷たい。
ゾロは温めるように腕を背中に回した。

サンジは、仕方ない、と小さくため息をつきつつ、自分の話に
これほどの興味を示すゾロが可笑しかった。

「なんで、そんなに聞きたがる?珍しいな。」とそのわけを尋ねてみても、
「退屈凌ぎだ。」と素っ気無い答えが返って来る。

(退屈凌ぎだ)とその答えもサンジの心をくすぐる。
(良く言うぜ。本当に退屈でも人の話しを自分から聞くような奴じゃねえのに。)





赤髪の男とチビナスは甲板に出た。

まだ、空はどんよりと曇り、風も止んでいない。
「ひと雨来るだろう。うちの連中が戻ってくる前に帰ったほうがいい。」と
空を見上げながら赤髪の男は言って、
同じように空を見上げている 少年の方へと なにげなく視線を移した。

暗い船底では判らなかったが、少年の瞳が見事な蒼色をしているのを見て、
「あ、そうだ。」と手を ポン、と打った。

ポケットをゴソゴソとまさぐり、何かをつまみ出した。

「ほら、これ。」

赤髪の男は チビナスの目の前に綺麗な石のついた首飾りをぶら下げるようにして見せた。



「おまえさんの目の色に似てるだろう。今の俺にはこれくらいしか
おまえさんにやれるものはないんだ。」

となかば押し付けるように その首飾りをチビナスに渡してくれた。

「貰えないよ。」と慌てて 返そうとしたら、
「男が一度 やる、と言った物を 受け取るわけにはいかねえ。」と
赤髪の男は 厳しい口調で言った。

「赫足のゼフはオールブルーを探してたんだってな。」
「その首飾りについてる石は、「海の雫」っていう宝石だがな、
「そのなかでも、「オールブルーの雫」って言われてる最高級品だ。」
と赤髪の男はつらつらと喋ると、一息ついて、

「おまえさんが持ってる方がこの石も喜ぶだろうが・・・。」
「赫足の船長を助けるためなら 仕方ないな。」と淋しげに笑った。

この宝石が惜しかった訳ではない。
この首飾りの主は、この少年こそ 相応しいのに
その首に飾られることなく、また 違う持ち主へと渡る、
首飾りの運命が淋しかっただけだ。

「ありがとう。俺、きっとこの恩は返すよ。」とチビナスは心から
赤髪の男に感謝の意を込めて、もう一度 頭を下げ、踵を返した。

「そのかわり、俺達がおまえさんのレストランに行った時は、
いつでも 腹一杯、タダメシを食わせてくれよ。」と
赤髪の男の声がチビナスの背中を追う。

振りかえって、手を振り、チビナスは港へ降り立つべく、
海賊船の甲板を蹴った。


ゼフのいる病院へとチビナスはただ、ひたすら駈ける。

空からはとうとう、雨が降り出したが、そんなことはどうでも良かった。
丸一日かかる、と言っていたから、まだ 手術は終わっていない筈。
間に合いそうだ。
この首飾りは、きっと、1000万近くする筈だ。と
チビナスは その宝石の見事なまでの煌きに確信して、踊り出したいほどの
気分で雨の中を走って行く。


小さな手の中には、瞳と同じ色の宝石をしっかりと握りしめて。



「あ〜、暑いな。」
サンジはゾロの腕の中で溜息をつく。

「暑いの、寒いのって、五月蝿い奴だな。」とゾロは呆れて
腕を解く。

「・・・でも、なんで その首飾りを今、おまえが持ってるんだ?」と
ゾロは少し体を離して聞いて見た。

「ああ、まだ 続きが有るんだ。」とサンジはベッドに腹ばいになり、
また 煙草に手を伸ばす。



「どこに目をつけてやがるっクソガキっ。」

チビナスは顔に振りかかる雨を避けるために俯いて走っていた。
その所為で、大柄な、柄の悪そうな男連れの一人に勢い良くぶつかってしまったのだ。

当然、小さな体のチビナスはまるで弾き飛ばされるように転倒する。

そこへ、罵倒されたのが、上の言葉だ。

ところが、転倒した弾みに手の中の首飾りが水溜りに転がった。

「お?」
男達は海賊でも 盗賊でも 賞金稼ぎでもなく、ただ、弱い人々から
金品を巻き上げ、或いは 浚って来た女を売り飛ばし、その日の糧を得る、
人間のクズ達だった。
今、チビナスの目の前にいるのは 不遜な顔つきの男が5〜6人、といったところか。


水溜りに転がった 首飾りを別の男が目ざとく見つけ、摘み上げる。
「おい、見ろよ。「海の雫」じゃねえか、これ。」

「返せッ」

チビナスの蹴りがその男の鳩尾に食い込む。

「ぐっ。」と言ううめき声とともに、その男が腹を押さえて倒れる。
チビナスは即座にその手から 首飾りを奪い返す。

「ガキが持ってても仕方ねえだろ。大人しく寄越せ。」
チビナスがぶつかった、熊のように大きな男がチビナスに掴みかかってきた。

その顎を思いきり横へ走らせた足で蹴り飛ばし、倒れかかってきた体を踏み台にして、
チビナスは逃げようとした。
けれど、地面についたその足が熊男の咄嗟の反撃らしい、
丸太のような足にすくわれ、雨でぬかるんだ地面にチビナスは昏倒した。

その横っ腹を乱暴に蹴り上げられ、チビナスは息を詰まらせた。

じわじわと痛みが体に広がったが、ゼフから受ける蹴りに比べれば
なんてことはない。

握りこんだ掌の中に 「海の雫」があることを確認して立ち上がった。
が、その途端、肩に棍棒が振り下ろされ、再び昏倒する。

「あっ」
握りこんだ手を泥だらけの足が踏みつけた。
固い靴底がぐりぐりと押し付けられ、泥に皮膚が擦られ、チビナスの手の甲に
血が滲む。

「おら、手を開いてみろ。」と男の一人が嘲るようにチビナスを見下ろしていた。

「大人しく、それを渡せっつってんだよッ。」と手を踏まれたまま
胴体を別の男の靴先で思いきり蹴り上げられた。

(・・・くそっ。)
手さえ踏まれていなければ、こんな連中、速攻で倒せるのに、と
チビナスは歯噛みしたい思いでその痛みに耐える。

(・・・そうだ。)
「渡すから、手を退けて」とチビナスは弱弱しく懇願した。

「最初からそういや、痛い目を見ずに済んだのにな。」と薄く笑い、
チビナスの手から足を退けた男の顎に 体を回転させ、
遠心力を加えたチビナスの踵が打ちこまれた。


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