彼女は 力強く口角を吊り上げ笑った。
「よし、安心しな。あんたの大事な"ジジイ"は 必ず 助けてやる。」

彼女は思った。
この手術にはすくなくても 10時間はかかるだろう。
その間に、わずか12歳の子供が1000万ベリーなんて大金、
用意できるわけがない。

これで、あたしの医術も後世に残す事が出来る。



チビナスは、港に向かって走った。

レストランには、海賊がしょっちゅう 強奪目的で乱入してきていた。
それをゼフは蹴り倒し、時には、チビナスもそれに加わって、店を守って来た。

もと、海賊だったゼフは彼らを海軍に突き出すような事はしなかったが、
海賊以外の無法者には容赦なく、然るべき機関に突き出し、
賞金を受け取っていた。

けれど、海賊の獲得賞金にくらべて それは微々たる物だった。

チビナスは海賊を狩ることを思い付いた。
海賊だったゼフを助けるためとは言え、後でそれをゼフに知られたら、
蹴り殺されるかもしれないけれど、
それしか、数時間の内に1000万ベリーを手にする方法を
思い付かなかったのだ。



息を切らせて、チビナスは小さな港に走りついた。
ここは海軍には知られていない、隠し港で、停泊している船は
海賊船か、密輸船など 非合法的な船ばかりだった。

(海賊船・・・・。海賊船・・・。)
まだ 昼を少し回ったくらいなのに、どんよりと曇った空からは、
今にも 雨が落ちてきそうだった。

チビナスは、忙しなく瞳を動かし、海賊船を探す。

(・・・いたっ。)

雨を呼ぶ 湿気を孕んだ風に黒字にドクロのマークの紛れもない海賊旗が
千切れんばかりにはためている。


(・・・一人か、二人くらいで、1000万くらいになるか・・・?)



「おい、おまえッ。」
サンジがそこまで話し終わったとき、ゾロがいきなり起き上がった。

「なんだよ、いきなり。」
サンジは眉間にしわを寄せ、そのゾロの行動をうざったそうな顔と声で
非難した。

「おまえ、12歳で賞金稼ぎをやろうとしたのか?」

何か一点でも負けたくない、と言う変な意地の張り合いも、
二人の間には当然のようにあって、ゾロは
自分よりも早く 海賊を相手にしていたと言うサンジの過去に
驚きと焦燥を感じて、らしくなく 少しの早口で
サンジに尋ねた。

「てめえだって、もともと賞金稼ぎになるつもりもなかったんだろ?」と
サンジはそんなゾロの気持ちをさらりと撫で、
平然と応える。

「そりゃ、そうだが。・・・・。」とゾロは所在なげに言うと、
また ゴロリ、と横になった。

サンジは煙草を消し、その傍らに同じように横になる。

しばらく待っても、サンジは続きを話し始めない。
ゾロは、眠ってしまったのか、とサンジの顔を首をもたげて
覗き込んだ。

サンジは天井を眺めているような目つきだったが、ゾロの顔が
自分の真正面に来ると、すっと、ゾロの瞳へと
焦点を合わせた。

「で、それから?」と、ゾロは話しの先を強請った。



(・・・一人か、二人くらいで、1000万くらいになるか・・・?)

チビナスは、その船の側まで 加速をつけて駆寄った。
その勢いを殺さないまま、地面を蹴る。

すでに超人的な脚力を身につけ始めた小さな体は、
海風を受けながらも、その海賊船の甲板に届くだけの高さと距離を跳んだ。


甲板の上には、誰もいない。
停泊中なので、海賊達は全員、上陸しているのだろうか。


(船番くらい、いるはずだ。)

ゼフの側にいて海賊の勇猛さを事あるごとに聞かされている事に加えて、
昔 海賊に襲われた経験を持っているチビナスは、
海賊の恐ろしさを十分に知っている。

船番や、コックなど 少数しかいないのなら却って 手っ取り早く
目的を遂げることが出来るかもしれない。

チビナスは慎重に船の中に潜入して行く。

自分の胸の鼓動が耳にドクドクっと聞こえるほどだ。


生唾を飲み込み、竦む足を叱咤しながらも 瞳は油断なく
辺りを伺う。

何枚目かの扉を開け、いくつかの階段を下った。
時間にしてまだ 10分も経っていないのに、
チビナスの服は汗でぐっしょりと濡れている。

(・・・だめだ・・・だれもいねえ・・・。)

安堵する気持ちよりも、焦燥感の方が強い。
この船で賞金首に出会わなければ、1000万ベリーは手に入らないのだ。

医者になんか、なりたくない。
ずっと、ジジイの側にいるんだ。
俺とオールブルーを探すと ジジイが決心してくれる日を
俺はずっと待つんだ。


「おやおや、随分可愛い猫が迷い込んできたな。」


チビナスの心臓が口から飛出すか、と思うほど 強く収縮した。

だが、体は本能的に動く。
声のした方へ即座に振り向き、軸足で床を蹴って
蹴りを繰り出しながら 一気に距離を縮める。

「ヒュウ!」

誰もいない船内は殆ど 真っ暗闇だと言っていい。
それに慣れていたチビナスだったが、その第一撃は
いとも簡単にかわされた。

それに怯まず、薄い影を作る相手の顎に向かって 小さく跳躍し、
回し蹴りを、その足が振りきられるとその動きの流れのまま、
一旦 相手に背を向けると、即座に床に手をつき、
覚えたての旋回技を出す。

それが相手の足をすくい、床に倒れこむ音がした。
すぐにチビナスは起き上がり、相手の顔面とおぼしき場所へと
振り上げた踵を叩きつけた。

が、その足は恐ろしい力で受けとめられ、
「あっ」と声を上げるまもなく、足首を掴まれ、床に投げ転ばされた。

「くそっ。」それくらいの反撃を受けたからと言って怯んでなどいられない。
チビナスは跳ね起きて、右に左に 必死で足を飛ばした。

「ほっ。よっと。ほら、ここだ、当ててみろ、どうした、どうした。」

子供と鬼ごっこでもしているような 暢気な声でチビナスを煽るその影に
チビナスの蹴りは届かない。

息を整えるために チビナスは一旦 跳び退って距離をとった。
その荒い息遣いは その影の耳にも届いたようで、鼻で笑う声が
チビナスを苛立たせる。

炎が灯る音がした。

影だと思っていた男の姿が浮かび上がる。
手に炎のついたランタンをもち、口の端を歪めて、でも
人の良さそうな顔立ちの海賊が立っていた。

「明るかったらもう少し、暴れられるだろ、子猫ちゃん。」

赤い髪の男はまるで 無邪気に遊びを楽しむようにチビナスに微笑んだ。


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