「病気の重さじゃない。あたしの腕の値段さ。」



「・・・どっかのババア医者が言いそうだな。」
ゾロは雪山で自分を殴りつけ、蹴り飛ばした女医を思い出した。

サンジはゾロの頭の中にいる、その女医が誰の事かをすぐに悟って、
息が触れ合うほどの近さに顔を寄せたまま、声を立てずに小さく笑った。

「・・・で、おまえは500万ベリー、どうやって稼いだんだ。」と
サンジの髪を指で軽く梳いて、自分しか見たことのない
左の目を覗き込みつつ、尋ねる。

「・・・それがよお。翌日にまた来てさ、今度は1000万ベリー寄越せって
言うんだよ。」





「昨日、お前のとこのオーナーを診察させてもらったよ。」

僅か12歳のチビナスが、立った一日で、500万ベリーという大金を
用意できる算段など つけられるわけもないのに、
昨日の女は 早速ゼフの容態を診て来た、と言った。

「あの病気の手術は難しいよ。成功させる自信はあるが、丸1日がかりの
大手術になる。だから。」

彼女は、チビナスの目線にまで腰を落とし、射ぬくような目線を
チビナスの蒼い瞳に突き立てる。

「1000万ベリーだしな。そしたら、助けてやるよ。」
「世界を探しても、お前のオーナーを助けられるのは あたしだけだ。」


「この船を売れば1000万ベリーくらい、すぐに用意できるだろう?」


その言葉にチビナスは激しく首を横に振った。
「ダメだ!この船はジジイの宝だ。元気なるまで俺が守るって約束した!」

チビナスのその必死な表情を見ても、彼女は同情しなかった。
医者としての腕とプライドを 一ベリーの得にもならない同情で
安売りしたくないのだ。





「・・・断わる。」
昨日、この目の前の少年が「ジジイ」と呼ぶ、この店のオーナーにも、
彼女は直接交渉した。

助かりたいなら、1000万ベリーを出すか、それとも、
あの少年を自分に預けるか。

彼女は自分の技術を継ぐ、いわば 後継者と助手を兼ねる 人間を探していたのだ。
頭が良く、器用で、なにより、自分の弟子にするには
人並み外れた根性の持ち主でなければならない。

自分が死ねば、築き上げた医療の知識や、技術が無に帰してしまう。
それは、自分が生きてきた証しが
風の前の塵の様に消えてなくなるようなものだと 
130歳を超えてから感じて、後継者を探し始めたのだ。


「こんな、辺境のレストランのコックにするより、
あの子に取っちゃ、あたしの後を継いだ方がずっと、いいと思うがね。」と
彼女はさらに ゼフに言い募った。

それにたいして、ゼフは、
「俺はあいつを縛ってるわけじゃねえ。あいつがほしけりゃ、勝手に持って行け。」
不敵にそう言い放ち、そして、皮肉一杯な表情と声で、
「あんたに大人しく付いていくような 奴じゃあねえがな。」と応える。

「あたしが手術しないとあんたは死ぬよ。」
強迫めいた交渉にも、ゼフは承諾しない。

「俺はあいつ一人を残して死なん。」と全く 取り合わない。

「馬鹿だよ、あんたは。みすみす 生きれるチャンスを与えてやってんのに。」
彼女は憤慨したが、ずっと 年下であっても、グランドラインで活躍した
海賊の元船長をしていただけあって、胆が座っている。

「・・・いいよ、あんたの相棒に交渉する事にする。後悔するんじゃないよ。」
捨て台詞を残して、ゼフの病室を後にして来たのだった。



場所は再び、バラティエの甲板の上に移る。
「この船を売るか、1000万ベリ―耳を揃えてあたしに払うか、」
「あたしの弟子になるか、だ。」


思い掛けない彼女の言葉に チビナスは
「・・・え?。」と聞き返した。

「お前はコックじゃなくて医者になるんだよ。」
「お断りだ。」

チビナスは即答する。
彼女の眉間が翳った。

「ジジイとやらが死んでもいいのかい。」とチビナスの前に仁王立ちして
脅してみても、
チビナスは
「ジジイが俺を残して死ぬもんか!」と仔犬が小さな牙で凄んで見せるような
表情でいい返してきた。

「勝手にしな!」

一体、"ジジイ"と"チビナス"の 「絶対に死なない」と言う根拠のない
自信は どこから湧いて来るのだろう。
医者として、それがどんなに無意味なものかを説いたとしても、
所詮、二人が口を揃えて言い放った 自信自体に 
なんの科学的、医学的根拠がないのだから、それに対して
いくら専門知識で説得したところで無駄と言う物だ。

彼女は 血の繋がっていないらしい二人の間の絆に
羨望とほのかな嫉妬を感じて、
声を荒げて とうとう チビナスに背を向けてしまった。



「・・・それでどうした?」

ゾロは、サンジの胸元の首飾りを指で弄んだ。

「綺麗な色だな。初めて見る。」とゾロはじっとその宝石に目を落とした。
「宝石なんかに 興味ねえからだろ。」サンジは、瞼を閉じたまま
小馬鹿にしたように言って、起き上がった。

ベッドサイドの煙草を手に取り、火をつける。

薄暗い部屋に一瞬、ライターの炎がオレンジの色彩の光りが加わり、
サンジの顔に深い陰影を作った。

が、すぐにその光りと影は消え、また 薄い闇に戻る。

サンジは、煙草を大きく吸い込み、長く、深い、溜息のように
煙を吐き出した。


「けどな、結局 1000万ベリー、払うって決めたんだよ。」

サンジの話しによると、その夜、ゼフが発作を起こし、危篤状態になったのだ、と言う。
もう、いつ心臓が破裂するかわからない、覚悟をしておきなさい、と
ゼフの主治医に言われて、12歳のサンジは
例の女に縋るしかない、と決心した。


「でも、どうやって稼いだんだよ。」
12歳と言えば、ゾロでもまだ 賞金稼ぎなどしていなかった。
日々、くいなに挑んで 竹刀や木刀を振り回していた頃だった。

「泥棒でもしようかとか思ったけど、そんなんで1000万ベリーを
すぐに稼げないだろ。」
「店を売る気もなかったしな。」
サンジの目が遠くを見るような、眼差しを浮かべる。
その横顔をゾロは横になったまま見上げた。




「1000万ベリー払う。手術が終るまでに絶対 用意するからっ。」

チビナスは、ゼフの主治医からの宣告を聞き、彼女に取り縋るように
懇願した。

まるで そうなる事を予見していたかのように、彼女は 
唐突に取り乱したチビナスの前に現れたのだ。
「判った。けど、もしも 用意できなかったら、あたしと来るんだ。」
「その条件でいいかい。」

彼女は 力強く口角を吊り上げ笑った。
「よし、安心しな。あんたの大事な"ジジイ"は 必ず 助けてやる。」


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