「それから、どうしたんだよ。」
ゾロの問いかけに、もう、サンジは言葉で何も返せなかった。



「・・・クソエロ腹巻が。」
行為が終わって、脱力し、うつ伏せにベッドに沈みこんで
まだ、サンジはゾロに悪態をついていた。

なんだかんだで、途中まで ゾロに促されるまま 呼吸を乱しながら
喋っていたことを思い出すと、サンジは、頭からシーツを被って
眠りこみたくなった。

「なあ、それからどうしたんだよ。」
耳まで赤く染めて、ゾロに背を向けてしまったサンジを
ゾロはまた 後ろから手を回して、自分の体のそばへ引き寄せた。

「真面目に聞かねえ奴に 話したくねえ。」

サンジは、煙草に手を伸ばそうとしたが、その前にゾロに拘束された。

「真面目に聞くから、話せよ。」

俺の知らない、お前の話しを聞かせてくれ。

ゾロが耳元で囁いた言葉で、サンジはようやく 続きを話し始めた。

ゾロは、その話題の中心の首飾りに目を落とした。
懐かしいと思ったはずだ。

(同じ色だからだ。)と気がついた。

サンジの瞳の色と、その輝きと、その宝石「オールブルーの雫」は
同じ色をしている、とゾロは気がついたのだった。



「俺がチビナスって呼ばれてた頃の話だけどよ・・・・。」



チビナスは、営業していない店の掃除を毎日した。
全ての窓を毎日開け、甲板を磨き、使われていない厨房を磨き、
いつでも営業を再開できるように、自分の出来るだけのことをした。

そんなある日。

「なんだい、今日は休みかい。」

チビナスが、バラティエの船を港に停泊させて掃除に勤しんでいると、
白髪の見事な、妙に生命力の溢れた 女性がつかつかと桟橋を歩いてきて、
不躾な視線で、静まり返ったバラティエを見上げている。

(・・・なんだ、このバアさんは。)

派手な格好だ。
細身のスラックスに 鮮やかな色のジャケットを羽織り、
光を反射して、眼差しを隠すサングラスをかけている。

「せっかく、面白いレストランがあるって聞いたからわざわざ来たのに、
ついてないねえ。」

独り言にしては、やけに大きな声だった。
チビナスは、じっとその女性を見つめた。何か、突拍子もないことを
しそうで、興味をそそられたからだ。

その視線を受け、女性は
「坊主、ハッピーかい!」と声をかけて来た。

チビナスは全く ハッピーではない。

大事なゼフが今日明日をも知れない大病を患っているのだ。
ハッピーかい、と聞かれて暢気に 答える気になるはずもない。

「・・・別に。」冷めた声音でチビナスは応える。

「なんだい、可愛げのない子だね。お前はここの使用人かい。」

女性は、バラティエの船を指差して チビナスに尋ねた。
チビナスは、カチンときた。

コックとしてはまだまだ 未熟だが 自分は このレストランのコックだ。
使用人呼ばわりされて 腹を立てて当然である。

「俺はここのコックだ、クソババア。」
チビナスは、船の甲板で、女性は桟橋に突っ立っている。


「あたしゃ、客だよ。クソババア呼ばわりたア、随分じゃないのかい。」

チビナスは、この距離がなければ この女性に蹴り飛ばされいたに違いない。
そんな気迫が彼女の体から漲っていて、チビナスは、彼女を警戒した。

「今は、営業してないんだ。ジジイが・・・いや、オーナーシェフが病気だから。」
表情を固くしたチビナスを見て、彼女は薄く笑い、サングラスを外した。

以外に大きな黒目が生き生きと輝いていて、彼女の生命力の逞しさを
あまさず そこに現している。
「あたしゃ、忙しい身でここまで来たんだ。営業してなくても、コックがいるなら
飯くらい、食わせな。」
「それとも、なにも出来ないのかい、やっぱり使用人なのかい。」



その一言で、チビナスは彼女を店に誘い、テーブルにつかせた。

「驚いたね。営業していないのに、随分綺麗じゃないか。」と
店内を見まわす。
「いつでも、営業できるようにって言われてるから。」とチビナスは
短く応えて、早速料理にとりかかった。

その料理と、それに合うワインを彼女に供したら、
彼女はしきりにチビナスを誉めた。

「おまえはいくつだい。」「12歳・・・だと思う。」
「料理は何時から習ってんだい。」「・・・判らない。」

いくつかの質問、そしてそれにチビナスが答える度に 彼女は
表情をくるくると変えて 驚いたり、溜息をついたり、しきりに感心したり、
目まぐるしい感情の変化を見せた。

「・・・俺の料理で満足した?」

チビナスは小さな声で聞いた。
ゼフの許しをえず、客に料理を出したのは初めてだ。
その感想を聞くのは、怖いけれど 聞かずにはいられなかった。

「ああ、満足したよ。ここまで来た甲斐があった。」

チビナスは、その言葉に素直に笑った。
誰にも 誉められたことなどなかった。
ゼフはサンジがどんなに努力しても それを認めてはくれても
決して誉めてはくれない。

可愛らしいとか、綺麗な金髪だとか、そう言う外見のことで誉められるよりも、
料理が美味い、満足した、と言ってもらえる事がこんなに嬉しいとは
想像もしていなかった。

コックをやってて良かった、と心から思った。

「・・・ありがとう。」

他の言葉が思い浮かず、思わず感謝の言葉を口にしたチビナスに
彼女は一瞬呆気に取られ、そして、豪快に笑った。
「あははは、面白い坊主だね。ご馳走になったのはこっちだってのに。」
ひとしきり笑い、残っていたワインをグラスに注がず、
口のみしてから、
「さて、料理も堪能したし、これで失礼するよ。いくらだい。」と
聞いて来た。

「いらねえ。俺の料理は本当は売り物じゃないから。」と
チビナスは 無愛想に答える。

「ダメだよ。タダメシを食わせてもらうほど貧乏じゃないよ。」
「あたしゃ、こう見えても医者でね。金は持ってるんだ。」



医者、と聞いてチビナスが顔をさっと上げ、彼女を見た。
「医者・・・?」

「そうさ。こう見えても あたしほど 腕の立つ医者はそういないよ。」
彼女は自信まんまんに答えた。それは虚勢でも見栄でもなく、
本当に 実力のあるものしか 醸し出せない力強い匂いをチビナスに感じさせた。



「オーナーの病気を治してくれってんなら、500万ベリーだしな。」



チビナスの言葉を待つ前に、彼女はいい放った。

「前金で500万ベリーだ。1ベリーもまけられないよ。」

「どんな病気かも知らないのに、どうして500万ベリーなんて値段が出て来るんだっ。」
たしかにオーナーシェフが病気だ、とは言った。
だが、法外な値段にチビナスは思わず声を荒げた。

彼女は不敵に笑った。

「病気の重さじゃない。あたしの腕の値段さ。」


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