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「嵐の後の空って、なんでこんなに蒼いんだろうな.」
ゴーイングメリー号の甲板の上で、嵐の後の惨澹たる状態を修復する狙撃手を
手伝いながら、コックと剣士は空を見上げた。
「ああ、なんでだろうな・・・。」
コックの無邪気な独り言に剣士もつぶやくような小さな声で答えた。
サンジはしばらく、手を止めて見入られたように蒼い空を見上げている。
(この空の色・・・・・。)
嵐が過ぎていった直後で風が強い。
雲が引き千切られて、船の上をせわしなく影と光が交互に訪れる。
(・あの時の空の色に)
(似てるな。)
精一杯、愛した。
精一杯、愛してくれた。
かけがえのない、懐かしい人を思い出させるこの風と空の色に、サンジは少しだけ、
胸が締めつけられた。
第1話(嵐の後)
数年来、いや、近隣の漁師の話しによると、3代さかのぼってもここまで
酷い嵐はかつてなかったという。
暴風雨のなか、叩きつけるように降る雨と華奢な体が吹き飛ぶような風の中、
サンジは自分の船を出そうとしたところを近所の漁師に必死で止められた。
「こんな、天気の中で海に出ても10分と持たずに転覆しちまうぞ、坊主!!」
「沖に船があるんだよ!!離せ!」
「バラティエなら、大丈夫だ!!坊主一人がいなくても、大勢コックがいるだろう!!」
「でもっ・・・!!」
漁師の言うことは尤もな事だった。
目の前の荒れ狂う海にサンジが船を出せばあっという間にこっぱ微塵だ。
サンジは為す術もなく、ただ天候が治まるのを祈るしかなかった。
嵐は3日続いた。
被害は海辺だけではなく、陸にも多大な被害を与えた。
多くの人が家を失い、また、決壊した川は人々の生活の糧であった農作物を根こそぎ
泥の水で飲みこんだ。
逃げ遅れて 溢れた水や、崩れた土に飲みこまれた人間も少なくなかった。
嵐が去ったあとも、風がきつくて船を出すのに危険な日が続いた。
のべ、5日間サンジはバラティエの安否を知ることができなかった。
6日目。
「サンジさん!!船が見えたぞ!!」
5日間、まんじりともせず、バラティエの無事を祈っていたサンジに
復旧作業に出ていた漁師が知らせてきた。
矢も立てもたまらず、サンジはすぐに港に駈け付けた。
「!!」
よく、これで動くものだと思うほど、自然の猛威によって破壊された、海上レストラン・バラティエの姿にサンジは息を飲んだ.
(・・・!ひでえ・・・ジジイはっ・・・・ジジイは無事なのかっ・・?)
船の状態よりも、養父ゼフの安否の方が気にかかった。
着岸するのを待てず、サンジは自分の船をだして、バラティエに節艦した。
「あ、サンジ!!無事だったか!!」
コックの一人が 舫をへさきに結んで、船に乗りこんできたサンジの姿を捉えて
安堵の声を上げた。
「ジジイは?」足早にそのコックに近づき、まず、尋ねた。
「オーナーが大変なんだ、お前、よく帰ってきてくれた.。」
せわしなく、二人の会話は続く。
「大変って、どういう事だ.」
「おれたマストの下敷きになって、大怪我したんだ.」
「陸についたらすぐに医者にみせないと。」
「ほかの奴らは?全員、無事か?」
「ああ、厨房も、フロアも、使いもんにゃならねえが、オーナー以外は全員無事だ.」
その言葉を聞いて、サンジの額に青筋が立つ。
「てめーらが何人死のうと俺の知ったことじゃねえよ.
「ジジイ一人が怪我してりゃ、そっちの方が痛手じゃねえか.」
余りに薄情な言葉にコックは一瞬絶句する。
「大怪我って、どの程度なんだよ.」
「俺は医者じゃねえから、判るもんか.てめえの目で確かめろ.」
サンジはそこまで聞くと、ゼフの部屋に向かって駆け出した。
修繕作業をしていたコック達は、自分たちをすり抜けて走るサンジに色々と声をかけてくるが、サンジの耳には入らない。
ノックもせず、サンジは乱暴にゼフの私室のドアを開けた。
わざと乱暴に足音をさせて、サンジはベッドに近づいた。
「チビナス・・・・か。」
このレストランで、ゼフの部屋にノックもせず、入ってくるような狼藉者は一人しかいない。
ゼフはサンジの方に顔を向けることもせず、搾り出すように声を出した。
ゼフはサンジに気が付かれない様に、小さく安堵の溜息を漏らした。
嵐が来る前に必ず戻るといって出かけていったのに、サンジは戻ってこなかった。
陸との通信手段もなく、サンジの安否を気にかけてはいたものの、
大怪我をして身動きできなくなったゼフにそれを確かめる手段はなかった。
僅か14歳だが、サンジは人生の殆どを海の上で生きてきたのだから、
この嵐ついて船を出すなどと(・・・・・馬鹿はすまい)、とは思っていたが、
時々突拍子もない事をしでかす厄介な性格もゼフは熟知しているだけに、
もしや、という思いも拭いきれなかった。
だが、どうやら五体満足で無事にここへ帰ってきた。
(余計な心配だったらしい。)
サンジが、ベッドの傍らまでやって来て、ゼフの顔を覗きこむ。
「どこ、怪我したんだよ?」
態度は横柄な割りに、遠慮がちな声音でサンジはゼフに尋ねた。
「てめえに言ってどうなるもんじゃねえだろう。」
ゼフはサンジの問いに鬱陶しいそうに答えた。
サンジは押し黙った。
嵐の前に帰っていれば。
(俺がいたら、こんな怪我なんか、させなかったのに。)
サンジは、床に膝をついてゼフの額に手を当てた。
(熱い!!)
暴風に折れたマストの下敷きになり、のべ6日間も無理をしたためなのか、
ゼフは高熱を出していた。
手のひらから伝わった、異様に熱いゼフの体温はサンジを不安にさせた。
(どこをどう、怪我をして、こんな熱が出てるんだよ?)
(ジジイがこんな状態で、俺は何ができる?)
「こんなとこで、グズグズしてねーで、店の様子を見て来い。」
熱を測ってから、呆然とその場から動かないサンジをゼフは相変らずの口調で仕事を命じた。
口調はそのままでも、声の勢いがまるでない。
「言われなくても、今そうしようと思ったとこだ。」
サンジは立ちあがった。
「もう、ガキじゃねえ。いちいち言われなくても、自分の仕事くらい、わかってる。」
そういうと、サンジは入って来た時と同じ靴音を響かせて、部屋を出ていった。
とりあえず、店を復旧させ、営業を開始しないと、コック達の給金が払えない。
まだ、開店して数年しか経っていないバラティエには、そう多くの蓄えもなく、
店の復旧にも一体いくらかかるかわからない。
店の存続の危機だといっても過言ではない。
嫌でも、サンジの顔が引き締まる。
船の状態は酷いものだった。
調理器具の殆どは水を被って完全に乾かしても、塩水に晒されたせいで使い物にならない。
フロアの椅子、テーブルも殆どが破損して、修理するだけ無駄なようだ。
床も、壁も、天井も、塗装がはげ、調度品も目が当てられたものではない。
レストランとして、というだけでなく船舶としてもかなりの破損状況だ。
それを調べれば調べるほど、サンジのつく溜息が増える。
(営業再開なんて、)
諦めるわけにはいかない。
だが、先が見えない。
誰にも頼れない。
サンジはその状況をゼフに報告するために再び、ゼフの部屋に足を踏み入れた。
「とても、すぐには無理だ。」
サンジは一通り、ゼフに各現場の破損状況を報告した後、サンジは自分なりの見解も一緒に伝えた。
ゼフは横になったまま、目を閉じて、サンジの報告を聞いていたが、
サンジの見解を聞いて目を開け、初めてサンジの顔を見た。
サンジの顔には、薄い絶望が浮かんでいる。
この船を見限り、もっと小さな船を買って店を再開する方が時間も金もかからないだろう、とサンジは考えた。
だが。
この船だから、サンジも考えあぐねている。
(俺は嫌だ。)
(この船がいいんだ。せっかく、ここまで来たのに、手放すなんて)
そう思ってはいるものの、現実に目を向けると問題は自分の手に負えるような事で
なさそうで、情けないとは思いつつ、ゼフの指示を待っていた。
「湿気た面晒すんだったら、さっさと荷物まとめて出ていけ。」
「てめえの店を守れねえような腰抜の顔なんざ、見たくもねえ。」
押し黙ってしまったサンジに、ゼフは厳しい口調で言い放った。
「な・・・・っ」
一瞬、サンジは呆気に取られたが、すぐに頭に血が昇った。
「誰が腰抜だ!!」
「てめーこそ、動けねえ癖に大口叩くんじゃねえよ!!」
声変わりもまだすんでいない、掠れた高い声でサンジは口汚く、ゼフを罵った。
「誰が出ていくか、なんだったら、一生寝たきりにしてやってもいいんだぜ?!」
そんな激昂したサンジの様子をみて、ゼフは鼻の先で笑った。
「その勢いがありゃ、大丈夫だ。しっかりやって、俺に一人前だって言わせてみせろ。」
「言われなくても、そうしてやらあ!!」
ゼフの言葉にサンジの沈みかけていた心が再び、奮い立った。
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