水平線だけが見える岸壁の上。
その場面を見たこともないはずなのに、サンジは夢を見た。

大きな石を高く振り上げ、自分の足を砕き、千切って食べる男の夢。

飢えて、渇いて、死に怯えた日。
生かされる事の罪を背負った日。

生きて行く限り、その罪を漱ぐ為に また、人を傷つけて
その痛みから決して逃げられずに 同じ事を繰り返す。

そして、また 心に傷が増えて行く。

(そんな生き方しか俺には許されねえのか。)

幸せになりたい、と望めないのなら、せめて、
心から想う人を幸せにしたい。
そんな願いにやっと気がついたばかりだというのに。

罪に罪を重ねるだけの結果しか、サンジの前には残されなかった。

ゼフの足と夢を。
ゾロの命と、夢を。

奪って、それでも俺は生きなきゃならないのか。
なんの為に、俺は。

朦朧とした意識、夢と現の境目でサンジは 悲しみに塗りつぶされた闇の中、
自分の運命をただ、呪っていた。

俺なんか、生まれてこなければ良かったんだ。
そうしたら、誰も苦しめなくて良かったのに。


ゾロは 熱が引いていく所為で だんだん冷えて行くサンジの体を
抱かかえていた。
そして、うわ言を聞いた。

サンジを死なせたい。
こんな病で、失いたい。
自分が替わりに感染して、死に至る事など、正直怖くもなんともなかった。

俺は死なない。

揺るぎ無い自信が ゾロにはあるけれど、
それにはなんの根拠もない。

サンジにそんな漠然とした自信を信じろ、と言うのも無理な話しだと
充分判っていた。
二人とも、死ななければ 今どれだけサンジを苦しめる事になろうと、
必ず、その心を癒せるという自信もあった。

だからこそ、暴挙だと言われても仕方のない様な手段に打って出た。

が。

サンジが苦しむのは 計算づくだった。
それでも、その姿を目の当たりにして やはり、ゾロは
悔やんだ。

生まれてこなければ良かった。

サンジのそのうわ言がゾロの心に刃を突き立てる。

「そんな事、言うな。」

聞こえていないかもしれない。
届かないかもしれない、けれど、口に出さないではいられなかった。

あと、数時間で熱が出始める筈だ。
ゾロの体内に入った蟲達は もう、新しい宿主の体を食い荒らし始めているだろう。


ゾロの体温が上がって行くのに反比例して、サンジの体調は
見る見るうちに回復に向かった。

「死なせねえぞ。絶対エ。」

一度、その蟲を体内に飼えば、抗体が出来る。
例え、ゾロをサンジが犯すような事をしても、もう、蟲はサンジの体内へは
入っていかない。

それは、サンジが蟲使いを締め上げて得た確かな情報だった。

チョッパーの医療の技術と知識が 7日病の特効薬を開発するまで、
絶対にゾロを生かしておかなければ。

「てめえは、俺だけじゃなく、ナミさんにも同じ苦痛を与えたんだ。」
「きっちり落し前つけるまで 死なせねえ。」

ナミを庇ってサンジが、そのサンジを助ける為にゾロが、となると
ナミもサンジと同じ苦しみを背負うだろう。
その事も、サンジの心には大きな棘になって突き刺さっている。

「船に帰るんだ。動けるうちに。」

サンジがそう言った時、高熱を孕んだゾロの顔が唐突に険しくなり、
「シッ。」と小さな声を立てた。

「海賊狩りだ。」
ゾロの方が人の気配を察する能力が高い。例え、熱があろうとその感覚は
まだ、鈍っていなかった。

「五、六人、相当、腕の立つ奴らだ。」
その言葉にサンジも背後の気配を探った。

サンジが気がつかなくても当たり前だった。
相手は、気配を殺し、足音も、武器の音もさせずに 二人に忍び寄っているからだ。
恐らく、ゾロだから 彼らの気配に気がつけたけれど、
戦闘慣れしたサンジでさえ、かなり 神経を尖らせなければ感じ取れないほど
彼らの気配は薄かった。

それは、彼らの戦闘力が非常に高い事を物語っている。

サンジは煙草を新しく咥え直して立ちあがり、振りかえった。

この建物に入ってからおよそ、二日になるだろう。
間取りなど、ここから殆ど動いていないからさっぱり判らない。

ゾロを背にして立って、ドアが開くのを待つ。
人が出入出来るような窓はなく、小さな明り取りの窓だけで、
海賊狩りが迫り来るドア以外に退路はない。

「返り討ちにしてやる。」

ずっと、朦朧としていたので、今 夜明けなのか、宵の口なのか、
判らない。
ランプも灯していない部屋の中は かなり薄暗かった。

そして、ドアがゆっくりと開く。

先手必勝、相手の出鼻を挫く。

彼らは、自分達の気配をサンジ達はまだ、察していない、と予想しながらも、
油断はしていなかった。

サンジが薄闇の中、まず、先頭にいた男の顎を一気に蹴り砕く。

その体が吹っ飛んで行くも、すぐ後にいた別の男は顔色一つ変えずに避け、
サンジの次の蹴りを受ける為に身構えた。

多勢に無勢で、一体どんな武器を使われるか判らない。
そう言う時はこの狭い間口で敵を食い止めるのが最も リスクの少ない戦法だ。

サンジは瞬時に相手の数と武器を見定めた。

銃を持つ男が後に4人。
二人目をサンジが蹴り飛ばした時、一斉にその4人はサンジに向かって
引き金を引いた。

銃声が上がり、同時に ゾロがサンジの名前を叫ぶ。

「赫足のサンジ、大人しく我々に狩られろ。」
「く・・・。」

4丁の銃口から間断なく発射された銃弾は たった一発だけ、
サンジの太股を貫いた。

「お前が大人しく我々に狩られるなら、ロロノアは見逃してやるぞ。」

サンジが蟲使いの餌食になった、と言う情報は
既に 賞金稼ぎ達に知れ渡っていた。

彼らは、ロロノア・ゾロを相手にするつもりで、その装備を整えていたのだが、
襲いかかって来たのは、ロロノア・ゾロではなく、
赫足のサンジだった。

賞金稼ぎのリーダーらしき男は、この状況で 蟲の病に犯されているのは
既に 赫足のサンジではなく、ロロノア・ゾロだと察知した。

深い間柄だと言う噂は聞いていた。
(なるほど。赫足を助ける為に ヤったって訳だ。)と、分析した。

恐らく、今なら発熱だけだから、動こうと思えば動ける状態だろう。
余計な骨を折る必要もなく、あと、数日放っておけば、ロロノア・ゾロは勝手に
死体になる。
死んでようが、生きていようが 賞金額には変わりはない。

赫足のサンジさえ押さえれば、ロロノア・ゾロの首も簡単に狩れる。
「二人揃って死にたいなら、そうさせてやってもいいが。」
が、赫足のサンジは その言葉を聞いて 迷うどころか、
不敵に笑って即答した。

「なんで、俺がこいつの為に
「てめえら 雑魚野郎に大人しく狩られなきゃならねえんだ」

そして、視線だけで賞金稼ぎ達を射竦める。

「ロロノア・ゾロを狩りてえなら勝手に狩りゃいい。」
「ただし。」
「お前らが俺を殺せたら、の話しだがな。」

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