「ロロノア・ゾロを狩りてえなら勝手に狩りゃいい。」
「ただし。」
「お前らが俺を殺せたら、の話しだがな。」

狭く、暗い室内。
多勢に無勢で迎え撃つ為には悪くない状況だと言える。

けれど、銃器相手に生身の体、サンジの武器は
足技だけで、素手に等しい。

(勝ち目なんか、)あるわけねえ、とゾロは思った。
頭数だけの海軍や、傭兵とは訳が違う。

飢えた野生の狼のような男達なのだ。
武器も、それを扱う技も 恐らく、海軍の尉官クラスは充分にあるだろう。

サンジの足に一発だけ当てたのももしかしたら、計算づくの事かもしれない。

足がふらつき、視界が揺れる。
それでも、ゾロは立ちあがり、刀を抜いた。

「まだ、時間稼ぎくらいには役に立つぜ。」
「余計なお世話だ、すっこんでろ、半死人が。」

サンジは振りかえらないまま、ゾロにそう言い放った。

時間稼ぎだと?一体、なんのつもりだ。
ナメやがって。

サンジは ギリっと音がするほど歯を食いしばる。

この期に及んで、まさか、俺に逃げろとでも言うつもりか。

頭に一気に血が昇るが、却ってそれがますますサンジを冷静にさせた。

張詰めていた部屋の中の空気が動いた。
サンジが床すれすれに足を飛ばして、油のたっぷり入ったランプを
蹴った。

蹴り砕くのではなく、先頭の男めがけて 絶妙の力加減と、
コントロールで、投げ付けるように蹴ったのだ。

唐突なその攻撃に、銃器を得意とするその男はそれがランプだと判らず、
発砲した。

割れたランプから、発火性の強い油が男の頭に降り注ぐ。
そこへ、サンジの火のついたままのライターが飛んできた。

「ボウッ」と言う音、サンジの背中ごしにもゾロの頬に輻射熱を感じる程の、
炎が男の体を包む。

ギャアアア、と言う悲鳴と床を蹴ったサンジが天井を砕き割る音が
同時に起こった。

下から蹴り砕き、次の瞬間には屋根の上に飛びあがったサンジは、
そのまま、足を大きく振り上げて、今度は外から天井を蹴り砕く。

賞金稼ぎの真上の天井だけが崩れると同時に、サンジは、
すぐに屋根に開けた穴から、ゾロの目の前に飛び降りてきた。

昨日まで、熱で唸っていた人間の出来る事ではない。

「ざまあみろ、雑魚が。」吐き捨てるようにそう言って、
ゾロを振り向いた。

瓦礫に埋もれたくらいで死ぬような賞金稼ぎではないのは
判ってるが、ひとまずは、これで退路を確保出来た。

こんな雑魚相手に逃げるのは 本当は嫌だ。
けれど、今は、一刻も早くゴーイングメリー号に帰ることが
なによりも優先する。

サンジとゾロの目があったのは一瞬だった。
ゾロが崩れるように床に倒れ込んだからだ。

「クソ」
外傷を受けての貧血なら、何度も経験した。
けれど、内側から食い荒らされる、血だけを食われる薄気味の悪い感覚は
初めての経験だ。

頭がボンヤリして、意識が遠のく。
自分の手足が凍って行くかと思うほど冷たい、と言う感覚がとても不快で
そのおかげでなんとか、意識を保つ事が出来る。
抱き起こされて、靄ごしに見るようなサンジの顔が間近にあった。

「三振りも持てねえ。これだけで勘弁してくれ。」

サンジはそう言いながら、和道一文字をベルトに挿し、
ゾロの腕を肩に回して立ちあがった。

その時。

廊下で大きな爆音がした。

「逃がすか、赫足。」
瓦礫を跳ね除けて、賞金稼ぎの男、二人が二人に銃口を向ける。
「ナメた真似しやがって。」
と、肩口の埃を大仰にポンポン、と払う。

「俺達がそう簡単にお前らを逃がすとでも思ったか。」
「この屋敷の周りにも、室内にも
俺達にしかわからん地雷をしこたまし込んである。」
「下手に動きまわったら木っ端微塵だぜ。」

その言葉を聞いて、サンジは あまり動揺もしない口調で
「さっきの廊下の音は警告のつもりか。」と尋ねる。

「ああ、そうだ。」
「生きていようと、死んでいようと、賞金額はかわらんが、
「木っ端微塵に吹き飛んだ肉片じゃ、賞金は貰えん、頼むから大人しく」

「死ね!」

どうやら、生き残った賞金稼ぎは二人しかいない。
目の前の御託を並べた若い男と、その後ろの男だけだ。

「待て。判った。」

サンジは男の指が引き金に掛る前に静かにそう言った。

「木っ端微塵になるのはゴメンだ。」

そう言って、ゾロをゆっくりと床に下ろした。
(一体、何をするつもりだ。)とゾロは寒気を感じてサンジを見上げる。
貧血の所為だけではもちろんない。

(まさか、俺を助ける為にこいつらに捕まる気か。)
そんな事をしても、ゾロは7日病で死ぬのだから
サンジの犠牲は無駄になってしまう。

それだけはどうしても阻止しなければ、とゾロは
油断すると薄れて行くばかりの意識をしっかり保とうと、
拳を握り締めた。

「お前らは、退路がわかってんだろ、それ、教えろよ。」

圧倒的に力の差がある、勝者たるべきものが、敗者を見下し、
情けをかけている様子にしか感じられないような態度と口調で
サンジはそう言った。

「なんだと?」
思わず、賞金稼ぎはサンジの意外な行動に面食らって
聞返してきた。

「死にたくねえなら、退路を教えろっつったんだ。」
「どこに爆薬をし掛けたか、どんな仕掛けなのか。」
「お前らは、それを知ってるんだろ?じゃねえと、俺達を捕まえても、」
「この屋敷から出られねえんだからな。」

銃器を向ければ、大抵の相手は竦む。
体術を得意とする海賊だろうと、刃物を扱う海賊だろうと
あまり大差はなかった。

どんなに素早く動いたところで、引き金を引く、その一瞬には
人間の動きは追いつかない。
何人もの海賊や賞金首を銃と、銃弾で捕らえてきた賞金稼ぎの男は
サンジのような態度を取られたことははじめてて
対処に窮した。

虚勢なのか、本気なのか。
あるいは、こちらの油断を誘う為の策なのか。

それが判らない。

「ふざけるな。」

威嚇のつもりでサンジの足元を狙って発砲した。

が、威嚇だと前もって知っていたかのように、麦わらの一味のコック、
サンジは、眉一筋動かさずに男を見下した目で見つめているだけだ。

そして、お互いが一呼吸した。

男が威嚇ではなく、本気で殺意を篭めて引き金を指にかけた。
サンジの姿が視界から消えた。

(!)グシャ、と言う嫌な音が背後で上がった。
仲間の男が音も声も立てずにくず折れる。

「質問に答えるのは一人でいい。」
「言った筈だ、死にたくねえなら退路を教えろってな。」
「時間がねえんだ。」

サンジはただのコックだ、足技の達人だと言う話しは聞いていたが、
この早さと威力は 自分達が入手していた情報をはるかに凌駕している。
生き残ってしまった、たった一人の賞金稼ぎは
生身の相手に発砲する勇気を完全に削がれ、サンジの凄まじい気迫に
飲みこまれてしまっていた。

「もう一度だけ言う、死にたくねえなら、さっさと言え。」

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