「お前が本気でそう望むなら、死んでやるよ。」
「だが、嘘なら許さねえ。」「

ゾロは、和道一文字を逆手に握りこむ。

そして、その切っ先をサンジの胸へ当てた。


瞬間、伏せたサンジの顔に笑みが浮かぶ。


(思いどおりに動いてたまるか。)

「刺せよ。」
そう言うサンジの言葉にゾロは眉を潜めた。
兆発して、一体何をさせるつもりかは判っている。


(ナメやがって)と 泣きたくなるほど、腹がたった。

が、取り乱したり、焦ったりはしない。
冷静な口調のまま、ゾロは サンジに揺さぶりをかけた。

「お前が持ってる包丁よりすこし大きいだけだ。」
「扱いなれてネエとは言わせネエぞ。」
「いつも、獣にトドメを刺してる、あのやり方でいい。」
「お前が俺の喉を掻っ切って見せろ。」

「俺なら、血を吹きながらでも、間違いなく、お前にトドメをさせる。」
「心配しないで、」

腹から、力が沸きあがり、ゾロの声にそれが加算される。


「さあ、斬れっ」


欺瞞の気迫と、本物の気迫では勝負は目に見えている。

静まりかえった廃屋の中、ゾロのたった一言、発した声は、

サンジを威嚇し、サンジを叱責し、
サンジの虚勢を一気に剥がした。 

ゾロはこれ以上ないほど、
(本気だ)、とサンジは理性でなく、全身で知り、
束を持つ手が小刻みに震え始める。

ゾロと向き合った時間が、恐ろしく長く感じた。

こんなに長い時間、何も考えられないまま、
何の言葉も思い浮かばないまま、
息を詰めて 見詰め合うのが苦しいと感じたのは 初めてだった。


負けた


サンジは、その感情に支配され、その目尻から一滴(ひとしずく)、零れ落ちる。



サンジは、ついにゾロの眼差しから目をそらし、顔を伏せて、刀を下した。


「嘘なら許さねえ。」
「そう言ったよな。」

ゾロは、まだ、弱く手に握られた鬼撤をサンジの手からもぎ取り、
石造りの廊下を 遠くへ投げ滑らせた。

「俺を騙そうとした落とし前、つけて貰うぜ。」

そう言った途端、サンジは床に叩きつけられるように
押し倒された。

声を立てる事も出来ないで、すでに一つ残らずボタンを飛ばされていた
シャツが剥ぎ取られ、

抵抗しなければ、と思った時には、もう、両手が頭の上で
拘束されていた。

「やめろ、俺に触るな」と出にくい声を力を必死で振り絞り、
ゾロを体の上から跳ね除けようと 
体を激しく仰け反らせて、押さえこもうとする強い力に抗った。


「俺とヤったら、お前まで」と言い掛けたサンジの口に
ゾロは、自分の左腕にまかれた手ぬぐいを突っ込む。

「どうせ、お前はあと4日したら死ぬんだ。」
「最後にイイ思いさせろよ。」


例え、サンジに死病を伝染されても、そんな事で
自分が死ぬ訳はない。
ゾロはなんの根拠もなく、ただ、そう信じて疑っていなかった。

このままなら、あと4日。
けれど、自分がその病を吸い取ってやれば、あと7日間の時間が出来る。

それまでに、なんとか、解決策がきっと見つかる。

そう考えるよりも、
剣で戦って死ぬ、それ以外に自分が死ぬなど、ゾロは想像さえ出来ない。

俺は死なない。
だから、俺に伝染せ、と言ったところで サンジが素直に言うことを聞く筈がない。
だから、この暴挙に賭けるしかなかった。

恨まれても、憎まれても、サンジを失う事に比べれば、
そんな事は ごく、些細な事だ。

その後、何ごともない日々を取り戻せるなら、どんな事でもする。
どんな事でも出来る。

ただ、自分の考えている事を今は、サンジに悟られないように、
ゾロはあえて、暴言をサンジに投げながら、

逃げ回るサンジの体に手を這わせる。

サンジが この病気の治療法を知っていて、
その上で、自分の体が傷つく事さえ厭わない激しい抵抗を
しているなどとは 夢にも思っていなかった。

心の傷を知っていながら、
助けたい、死なせたくない、失いたくない、ただ その思いだけで

本当は、何より大事で、大切で、愛しいのに、
その傷を抉るような方法しか取れないことが

ゾロは何より辛い。
その辛さを一欠けらも 吐露できない事が苦しい。

いつもは、溺れきる、サンジの体の、
焼けつくような熱さに、額から流れる汗に混じって
ゾロのまなじりからも 熱い雫が流れ落ちる。

伝わって欲しい、伝わらないで欲しい。
矛盾した愛しさと切なさが体の中で渦巻き、体はさらに暴走する。

こんな事をしたくて、
サンジを求めたのではないのに。

こんな事でしか、サンジを助けられない自分が悔しくて、
悲しかった。

けれど、この胸の内をサンジに知られてはならない。
横暴で、肉欲だけを求めた、
最低の男だと 思って、憎んで、恨んで、嫌悪してくれなければ。

サンジが 自分が感染した後、
必ず感じるだろう、自責の念を軽くはしてやれない。

熱を孕んだ体に、自分をねじ込み、その体を抉った。

痛みで、萎えているのを知っていながら、犯し続けた。


抵抗が消え、力のない体を腕に包んだ時、
ゾロは 閉じられてしまった薄い瞼の上に 春の雨のような涙を
幾粒も落とし、

胸に詰った痛いほどの苦しみが喉を付いて込み上げて
ついにそれを体の中で堰とめる事が出来ずに、

一つに繋がったまま、慟哭した。

これで、サンジは助かる。
死ななくてすむ。
それなのに、

ゾロへの想いに命を賭け、嵐の海をボロボロの体で泳いで
自分の元へ帰ってきた恋人を

この手で、気を失うほど責め、傷つけた事、
その想いになにも応える事もせずに、

泣くことしか出来ないことが 悲しくて、悲しくて、
涙を、慟哭を、止めることが出来なかった。

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