「嘘だ。」
「お前はゾロじゃねえ。」
ゾロの筈がない。
ここがどこで、いつで、そんな事を考える余裕がサンジには
全くなかった。
ゾロが自分に乱暴な事をする筈がない。
まして、自分の身に起こった数々の出来事を全て知っていて、
心の傷も、体の傷も、何もかも、ゾロは知っていて、
ただ、普通に抱き合う事さえ、怯えてしまうようになったサンジを
包みこんでいたのだから。
「ゾロの筈が ねえ。」
全身から、汗が吹き出た。
呼吸をすれば胸が痛い。
声を出すだけでも、禄に喋られないほど、サンジの頭の中は、
過去と現状が大きく攪乱され、バラバラに認識されていた。
他の身も知らない男ならまだ、耐えられる。
けれど、ゾロの体、ゾロの声で、罵られ、体を弄られ、
陵辱を与え続けられたら
もう、二度と本物のゾロと向き合う事が出来なくなる。
それでも、この状況を受け入れなければ、エースが。
思考だけを独立させる、単純な事もサンジは出来ないで、
混乱した思考がそのまま、口から言葉になって 零れ落ちて行く。
「エースがなんだ。」と目の前のゾロが言う。
知ってるくせに。
しらばっくれんじゃねえよ。
サンジは眼を瞑り、体を強張らせる。
不快な病の事さえ、頭にはなかった。
抵抗はしない。出来ない。
だから、身を任せる。
背中を床に押し付けられ、肩を押さえられる。
けれど、その手の温もりと、柔らかな感触に 暴走した記憶が立ち止まった。
ゆっくりと触れるように、ついばむ様に、穏やかな
唇の感触に、サンジの絡まった記憶の糸が解れて行く。
懐かしくて、体を支配していた熱さえ忘れるほど、
気持ちが良かった。
抱き締める腕の強さも、それ以上の行為をしないで、ただ、
サンジに、
自分を間違いなく、認識させる為だけに、ゾロは口付け続けた。
一体、あってあれほど混乱したのかは判らない。
そんな事はどうでも良かった。
「離せ」とサンジはようやく、口を開いた。
その声に、ゾロも閉じていた瞼を開く。
「大丈夫か」他に掛ける言葉を考えつかず、ゾロはそう聞いた。
そして、即座に言い返されて、安心する。
「大丈夫な訳ねえだろ。」
サンジは頭を振った。
危なかった、と全身から血の気が引くような思いがする。
そのまま、怒りとも、悔しさとも、ゾロを畏怖するかのようにさえ見える、
複雑な面持ちをゾロに向けた。
もう少しで、俺はとんでもない事をしそうになってた、と思うと
一旦起した体の力、全て抜けてしまいそうだった。
「なんで、来たんだ。」と それでも、まだ虚勢を張れた。
サンジは、自分の知らない傷を持っている。
それも、まだ新しい。
今の今まで、そんな事に気が付きもしなかった。
その自分の迂闊さに、ゾロは唇を噛む。
行為を避けるのは、欠損した肉体を見られるのが嫌だとか、
それ以前に、自分と抱きあった記憶がない所為だと勝手に思っていた。
咄嗟に言葉が出てこなかった。
お前を助けたい、だから、来たと単純に 今から
自分がサンジへやろうとしている事を思うと 何も言えなかった。
「なんか、疲れちまった、俺。」とサンジは壁に凭れかかって、
ゾロに 弱弱しい、曖昧な笑顔を向けた。
ただ、バラティエから出て、海賊になっただけで災難続き。
まさに 苦難の連続だ。
放っておけば、あと、4日しか生きられない。
足掻く積もりで来たけれど、その方法を聞いて 正直 絶望した。
自分の人生なのに、妙に冷めて
つまりは、諦め、投げ出してしまった方がいっそ 潔いような気にさえ
なっていた。
誰かの犠牲の上に、生きていかねばならないのは嫌だ。
ゾロなら、自分がどれだけ夢を大切に生きて来たかを
ゴーイングメリー号の仲間の中でも、誰よりも判ってくれている筈だ。
ここで、死んでも、ゾロはきっと
ゾロなら、きっと、
(こいつなら必ずオールブルーを見つけてくれる)と信じられる。
自分が唯一、として来た夢が、ゾロにとっては2番目になっても構わない。
「俺、もう死ぬぜ。」
このまま、弱って、苦しんで、未練を残しまくって
見苦しい死に際をゾロに見せたくない。
多分、二階建てのこの建物から飛び降りても、骨も折れない。
簡単に死ねる、苦しまないで今すぐに
楽になれる方法は一つしかない、と サンジは思い至った。
扱いなれてはいない、けれど、熱があっても、サンジの動きは
素早かった。
精神的に落ちつき、チョッパーの薬も効いてきたのか、
サンジのとった、その行動にゾロは一瞬、反応が遅れた。
真っ黒な束の、三代鬼撤がサンジの手に握られ、
その切っ先はゾロの喉もとに突き付けらていた。
「一緒に死ぬか。」
ゾロに威嚇など通じないのは 百も承知だ。
だから、サンジは、自分自身をも欺き、全身から本気でゾロを殺さんばかりの
殺気を放ち、薄く笑う。
挑んでくる相手には、たとえ虫でも容赦しない男だ。
サンジの目論見どおり、ゾロは ほぼ、反射的に刀を抜いたように見えた。
「ナメんじゃねえぞ。」怒鳴りつけたい気持ちを押さえ、ゾロは
低く、搾り出すようにそう言った。
ゾロは白刃を握りこみ、そのまま、サンジを引き倒す。
「刀を離せ。」
ギリギリと音がするほど、サンジの手首を締め上げた。
「折っちまうぞ、大事な手だろうが。」
「もうすぐ死ぬのに、手だけ大事にしても仕方ねえだろ。」と
サンジは刀から手を離さない.
「お前が俺を殺さねえなら、俺がお前を殺すぜ。」
「一人でこんなところでくたばるのはご免だ。」
「俺が好きなら、お前も一緒に死ねよ。」
ゾロがそんな言葉で動くわけがないのは判っている。
けれど、これしか方法を思いつかないのだ。
サンジは、切っ先をゾロの喉に突き付けたまま、
僅かに横に走らせる。
真一文字に、赤い糸のような血が滲んだ。
「いいぜ。」
毅然とそう答えた、ゾロは、
迷いや疑いなどの、僅かな曇りの一片も、サンジには見出せない目をしていた。
「お前が本気でそう望むなら、死んでやるよ。」
「だが、嘘なら許さねえ。」
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