「あなた、すぐに迷子になるんだから、私と」と言うロビンと
いっしょに行動していたゾロだったが、
いつのまにか、逸れて、一人きりになっていた。
「役に立たねえ女だ。」と逸れた事に気がついて、
自分の方向音痴を棚にあげ、一人でロビンに毒づいた。
闇雲に探しても仕方ないのは判っている。
けれど、今までのサンジの行動から推測し、
また、自分の直感を信じて、ゾロは 町をさ迷った。
(あいつの選びそうな場所だ)と、雨に降られ、前髪から滴り落ちる
水を拭って、ゾロは町外れにある、かつては大きな屋敷だっただろう、
石造りの廃屋に辿りついた。
何年も放置され、壁には地の色が見えないほど、蔦が絡んでいる。
身動き出来ない病人が転がりこむような場所には到底見えないし、
こんなところで人が死んでいたとしても、誰も気がつかないだろう。
朽ちて、ところどころ崩れた壁をよじ登って
ゾロはその屋敷に入った。
サンジは、飛び越えるだけの体力を残していたのだろうか。
まだ、見付けた訳でも、痕跡さえ 探り出した訳でもないのに、
ゾロは、既に、サンジがこの屋敷のどこかにいると確信している。
一度だけ、ゾロは名前を呼ぶ。
が。
(待てよ)
隠れようとしている相手に呼びかけて、大人しく出てくるはずがない。
却って わかりにくい所ヘ、身を隠してしまうに違いない。
ゾロは、静まり返った、雨の降り落ちる音と、自分の足音しか
聞こえない薄暗い屋敷の中を
サンジの気配を探りながら、歩き出した。
サンジは、徐々に不快な眠気に襲われ始めていた。
一瞬、
灰色の壁と、冷たい空気と、小さく響く雨音に、
あの忌まわしい場所、
エースを手術してやるから、お前の誇りを寄越せ、と言われた、
あのおぞましい 儀式の部屋にいると錯覚する。
(違う。あれはもう、昔の事だ。)と頭を振った。
いつの間にか、眠ってしまい、悪夢を垣間見ただけだ。
誰の助けもいらないから、ここへ来たのに、
誰かの、
ゾロの助けを望み、その事で自我を守ろうとした場所での事を思い出すなど、
我ながら
(クソ情けネエ。)とサンジは唇を噛み締めた。
寒い。
胸の当りが時々、鈍い痛みを感じ始めた。
(もうすぐ、動けなくなる)と思い、目的もなく、立ちあがった。
動けなくなれば、別の治療法を探すなど到底出来ない。
壁に手を沿わせ、一歩、一歩歩き出す。
チョッパーから貰っていた、解熱剤をもう、ガラスさえない、
外の空気がまともに入って来るのを遮るものがない、窓から手を伸ばし、
雨水を掌で受けて、それと一緒に飲み下した。
その窓に寄りかかって、薬の効果が体に顕れるのを待つ。
サンジは、中庭だったらしい、今はただの雑木林にしか見えない場所を
見下ろす、2階部分にいた。
いつもの鋭い感覚があれば、石造りの階段を登ってくる気配を感じられた筈だったが、
寒さと、死への怯えと、胸の痛みに混乱するだけの精神状態で、
回りの状況に気を配る余裕など全くなかった。
いきなり、後から強い力で抱き締められ、床に引き倒される。
声を上げる事も、抵抗する事も出来なかった。
「性交する事で、感染者は助かる」
医者の言葉を信用するなら、その方法しかない、とゾロは
腹を括っていた。
こんなに短い時間で サンジが既に治療法を知っているとは
夢にも思っていない。
窓際で、何を見ていると言う訳でもなく、
力のこもらない瞳で 雨を眺めていたサンジを見つけて、
ゾロは何も言わずに、サンジを押し倒した。
チョッパーの薬の効能が顕れない内だったので、
サンジは簡単に押さえこまれた。
両手を頭の上で、大きな掌で鷲掴みにされ、
シャツのボタンが千切られ、床に飛び散る音がやけに
はっきりと聞こえた。
頭が混乱した。
錯覚と、過去と現実の区別が 混沌とし、
ここがどこなのか、
いつなのか、
自分が誰に
なんのために
この仕打ちを受けているのか、サンジは考えられなくなった。
思わず、ゾロの名前を叫ぶように呼んだ。
助けを求めて、ここにいないゾロを 必死で呼んだ時のように。
止めろ、と叫ばず、
サンジは、
ゾロ、と 助けを呼ぶように連呼した。
怒りに燃える目で見られると予想していた。
だが、組み伏したサンジは、ゾロをゾロだとは見ていない。
どんなに危機的状況でも、命を失うような窮地でも、サンジが怯える顔など、
一度も見たことがなかった。
けれど、今、ゾロを見上げているサンジの目は、理不尽な行為に対する怒りではなく、
明らかに、
何かを怖れ、怯え、そして その口からは、
組み伏せて、酷い行為をその身に与えようとしている
自分の名前を 助けを呼ぶような響きを滲んだ声で呼んでいる。
「もう、止めてくれ。」
「もう、充分だろう。」
身を捩って、必死で自分の拘束を解こうと足掻くサンジの言葉を
ゾロは愕然と聞く。
「サンジ」
呼び掛けたゾロの声、ゾロの不安げなまなざしを
サンジは聞いていない、
見ていない。
蒼い瞳は大きく揺らいで、焦点が全くあっていなかった。
何を見てる。
何を言ってる
手首を握る拘束を解き、ゾロはサンジの肩を掴んでそう尋ねた。
「ゾロ」虚ろな目で、サンジは震え、呟いた。
けれど、目の前の自分を見ている瞳ではない。
「俺だ。判るか。」
一体、これはどう言うことだ、とゾロはサンジを抱き起こし、
しっかりと顔を見て、混乱から呼び返す。
サンジはそれでも、ゾロの体を突き飛ばし、床に座りこんだまま、
警戒と怯えを表情に浮かべたまま、後ずさった。
「嘘だ。」
「お前はゾロじゃねえ。」
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