波は穏やかだった。
ログが貯まるまで あと数時間、もう、出航準備は整っていて、
珍しく、陸に近い、港に停泊したまま、
全員が手持ち無沙汰な時間を過ごしていた。
ロビンは、船尾の後方デッキで椅子を持ち出し、
読みかけていた、退屈凌ぎのラブロマンスの小冊子を読みふけっている。
「ロビンちゃん、今、ミカンジュースを持って来るからね。」と
サンジが声を掛けて来たので、振りかえると、もう、
籠を小脇に抱え、階段を上り始めていた。
「ありがとう。」と答えて、また、本にのめり込む。
数ページ読み進めたところで、
トン、トン、トン、トトン、トトン、と言う、
何かが小さなものが階段を転がり落ちてくる音が耳に入った。
ナミさんの蜜柑を粗末に扱う奴はこの俺が蹴り殺す。
普段、そう言って、勝手に蜜柑畑に近づく事さえ許さないサンジが
蜜柑を取りこぼすなど、有り得ない。
数個の蜜柑がロビンの足もとまで転がってきた。
訝しく思い、ロビンは、階段の上の蜜柑畑を見上げる。
昼下がりの逆光で、サンジの向日葵色の髪が見えた。
陰影が濃過ぎて、顔が良く見えないが、
足もとがふらついている。
朦朧としながら、歩いているように見えた。
「危ない、」と思わず、声と、
階段の一段目を踏み外し、体をガクン、と傾け、
転がり落ち掛けたサンジの体を
自身の能力を発動させた、白く、細い 数本の腕で受けとめた。
「大丈夫?風邪気味なんですって?」とそのまま、
ズルズルと階段の下までゆっくりと引き摺り下ろして
サンジの顔を覗き込んだ。
額に手を当てる。
熱は高くない。
「ああ、ロビンちゃん、ありがとう。」と答えが返って来るも、
いつもの 冴え冴えとした目の輝きが鈍いように見えた。
「休んでいたほうがいいんじゃないの?ドクターはなんて?」
「大丈夫、ちゃんと薬も飲んでるし、」
サンジは ロビンの顔を見上げた。
自分が今、ロビンに抱き起こされている、と言う事を自覚出来ないほど、
ロビンの顔が揺らいで見える。
二重に、ぼやけて 見える。
おかしい、
(ちゃんとチョッパーの指示を守っているのに。)とサンジは
自分の体の不調の理由が判らなくて、困惑していた。
このまま、ロビンの体に寄りかかってしまいたいほど、
体がだるくて 堪らない。
さっきから、だんだん 体の具合が悪くなって行くのを感じていても、
チョッパーの診断を守っているのだから、悪くなるはずなどない、と
確信して、きっと、動いている内に気分も回復するだろう、と
雑事をこなしていた。
発熱を押さえる薬の所為で、熱は押さえられている。
けれど、「蟲使い」の蟲が サンジの体を食い荒らし始めていたのだ。
「酷い顔色だわ。」
ロビンは、チョッパーには及ばないにしても、ある程度、
医学的な知識も持っている。
サンジの爪の色、顔の色からして、楽観できない貧血状態にある事を
すぐに悟った。
「横になってなさい。ドクターを呼んで来るわ。」
「大丈夫だよ、ロビンちゃん」と 言うサンジの言葉を無視して、
ロビンは チョッパーを呼びに走った。
「風邪じゃなかったんだね。」と自分の安易な考えによる
誤診を チョッパーはすぐに認めた。
ロビンの診立てどおり、サンジは酷い貧血を起こしている。
(外傷もないし、内臓から出血があれば、それなりの症状が出る筈なのに。)と
チョッパーはその症状に陥った理由が判らなかった。
「血を調べてみるよ。なにか、違う病気かもしれない。」と
すぐにサンジの血を採取した。
けれど、チョッパーの知識では 結局答えが出ない。
「もしかしたら、この島独自のものかもしれない。」と言う憶測のもと、
すでにログが堪ったが、
「サンジが治るまでこの島にいる。」と ルフィは決断した。
結局、この島で、一番、腕がいい、と言われる医者を
ゴーイングメリー号に 呼び寄せた。
「7日病だ。」
人の良さそうな、やや小太りの中年の医者は、
ぐったりと格納庫に設えた ベッドの上に横たわるサンジの顔を見るなり、
いきなり、そう言った。
「7日病?」とチョッパーは聞き慣れない言葉を聞きかえす。
「ケスチアと似たようなものだ。」と医者は サンジの意識が
朦朧としながらも、まだ ある事を見て
目だけで、そこにいた 麦わらの一味を部屋の外へと誘う。
「なんだよ、7日病って。」とサンジが その医者の行動を訝しんで、
体を起こした。
「「お前エは黙って寝てろ。」」とルフィとゾロの声が重なった。
「私が付いてて上げるから、大人しく寝てましょうね。」と
ロビンが子供に言い聞かせるようにサンジに微笑む。
ラウンジに集合した、ロビンとサンジ以外の者に、
医者は サンジの病気の説明をし始めた。
「7日病、とこの島では言っているが、」
「実際に、発病して7日で死ぬ病気で、医学的な治療法はまだ」
「確立されておらん。」
「あんたの所のコックは、」とルフィに
気の毒そうな顔を向けた。
「熱でのたうち回らなかったのは、そこの船医さんの薬がよく
効いてたからだが、もう、第二期、貧血の症状が進んでる。」
「第三期に進むのも、時間の問題だ。」
「なんだ、ダイサンキって。」とルフィが医者の言葉をおうむ返しに尋ねた。
「心筋炎だ。」
「ケスチアと同じ薬じゃ効かないのか。病状が同じじゃねえか。」と
医者の答えを効くが否や、ウソップが 堰を切ったように
重ねて尋ねる。
「症状が同じだからって同じ薬が効くとは限らないんだ、ウソップ。」と
チョッパーが替わりに答えた。
「治療法はないのか。」と即座にチョッパーが尋ねる。
「医学的根拠は全くない話で、実証したと言う事実もないが。」
「この病気にかかって、生存した たった一人の人間がいる。」
「それが私の父なんだが、その話によると。」
そこにいる、全員が医者の話を固唾を飲んで聞き入っていた。
「性交すれば、治る病気もあったとか。」
「本当にそんな治し方で治る病気なんか、あったのかい。」
その頃、ロビンに心細い顔を見せまいと表情を鈍く、固くしていた
サンジに ロビンが退屈凌ぎに
自分が考古学者として 知り得た
昔の人々が当たり前としていた治療法などの話を聞かせていた。
「悪魔が憑依する事で 病気になると言われていて、」
「その悪魔を自分の体に取りこむ、巫女と性交する事で、」
「病気が治ると信じていた国もあったのよ。」
トップページ 次のページ