ナミが眼を閉じた、次の瞬間だった。


銃声と同時に、ナミは誰かの腕に包まれ、その場から
すっ飛んだ。

「きゃっ。」と小さな悲鳴を思わず、あげる。

石造りの、砂埃のたまった床を滑る音がした。

は、と我に帰る前に煙草の匂いに気が付く。

「サンジ君ッ」
「ナミさん、これ。」とサンジは口早にナミに 天候棒を渡す。

そして、にっこりと笑った。
「どこにも怪我はないですね。」と これ以上ないほど、
紳士的な、優しい笑顔を向ける。

ナミが頷くのを確認して、賞金稼ぎに向き直る。
一足遅れて、チョッパーもトナカイの姿で 
「ナミ、大丈夫か?」と声を上げて飛びこんできた。

「チ・・・赫足のサンジか・・・。」と男は悔しげに顔を歪める。
銃を放っても、致命傷を与える前に、自分が頭蓋を蹴り砕かれるか、
延髄を蹴り折られるか、内臓を蹴り潰されるか。

そのいずれかだ。
が、男の目がサンジの右肩に注がれた。

蒼いシャツがみるみる血に染まって行く。
しめた、と心の中でほくそ笑む。


「せいぜい、残り僅かな人生を楽しむが良いぜ、赫足」
敵わない敵を目の前にして、無謀な戦いを挑むほど、
この男は青くはなかった。
そうでなければ、この年まで狂暴な海賊を狩る
賞金稼ぎを生業として生きてこられる筈がない。

目にも止まらない素早い動きでポケットから閃光弾を取り出し、地面に叩き付けた。



ナミ、サンジ、チョッパーの目が眩む。

「おい、船医!」
「安楽死の薬を用意しといた方がいいぜ」と不気味な笑い声と、言葉を残して
男は消えた。


「大丈夫か、ナミさん。」とサンジは 災難が去って
安堵の表情を浮かべていたナミに声をかけた。

ナミは 大きな溜息を付き、
「ありがとう、武器をルフィに預けたのは失敗だったわ。」
「洋服を買う時、ちょっと邪魔だったもんだから、」と自分のらしくない失態に
自分で腹が立っているらしき 表情を滲ませた。

「それより、」ナミは 少し俯きかけた顔を ぱっと上げ、
サンジを見た。

「サンジ君、傷」
「ああ、これくらい平気だよ。」平気な訳がない、掠ったのではなく、
ナミを庇った、右肩の後に 大きな針のようなものが突き刺さっている。

「チョッパー、抜いてくれ。」とサンジは 人獣型に戻ったチョッパーが
抜きやすいように床に座る。

「うん。」チョッパーは 「銛みたいになってるから、結構痛いよ。」と
一言声を掛けてから、 一気にそれを引き抜いた。




それから、10時間後。



サンジは夕食の後片付けをしていた。
その後ろでルフィとゾロが談笑しながら、夜食を待っていた。

「なあ、サンジ、そうだよなあ?」と話しをルフィが楽しげに
いきなり サンジに話題を振っても、
「ああ。」とか「まあな。」とか、ごく、短い言葉しか返って来ない。

(随分、今日は機嫌が悪いな。)とゾロは その反応に違和感を感じた。

「悪い、夜食はこれ、食ってくれ。」と
サンジは 二人に全く同じ 料理を差し出した。
量もいつもよりもずっと少ない。
普段なら、ゾロは酒の肴になるように、
ルフィには 極力腹がふくれるように、同じ食材でも工夫を凝らして
別々の料理を供してくれるのに。


「え、これだけ?」とルフィは 頬を膨らませ、サンジを見た。
が、すぐに真顔になる。

「どした?」
「頭が痛エんだ。寝不足かな、」と煙草も吸わずに、ちらりと皮肉めいた
眼差しをゾロに向けて 乾いた、ハハ、と短い笑い声を上げて、
ルフィの隣りに 水をカップに注いで腰を降ろした。

ゴツン、とルフィがサンジの額に、己の額を当てる。
「サンジ、ちょっと熱イぞ。」
「疲れて火照ってるだけだろ。」と水を一気に煽った。

「傷が熱を持ったんじゃねえか。」とゾロも口を挟む。
「あんな、針でさされたくらいで熱なんか出るわけネエだろ。」

翌日も、一日中、頭が痛くて、体がだるかった。
けれど、多分、疲れているだけ、といつものように昼過ぎに
昼寝をしたけれど、その状態は一向に改善されはしなかった。


夜、全ての仕事を終えてから、
どうにか、男部屋に辿りつき、ハンモックの中に潜りこんだが、
頭痛は激しくなる一方で とても眠れない。
加えて、このジメジメした気候なのに、寒さも感じる。

(熱があるな、俺)とサンジは自覚した。
何故だろう、と考える余裕がない。

頭痛エ。
頭痛エ。

クソ寒い。

それしか考えられないまま、朝が来た。

とても、起きあがれない。
目さえ開けられない。
チョッパー、と声を出そうとしても、喉が飛びあがるほど痛んで
呻き声をあげた。



サンジが朝食も作らず、ハンモックの上で唸っているのを
チョッパーが聞き逃す筈がない。

「どうした、サンジ?」と人型になり 顔を覗きこむ。


「熱ねえか、俺。」酷く 掠れた声でサンジはチョッパーを見上げて尋ねる。
「あるよ、あるに決まってるだろ!」チョッパーは慌てて
医療道具を取り出した。


どうして熱が出るのか、とチョッパーはサンジの体をくまなく
診断する。

喉から、気管支に掛けて炎症を起していた。
風邪の症状によく似ている。

傷その物は 全く問題がない。

「風邪かな。」とチョッパーは 熱を冷ます為と炎症を押さえる薬を
サンジに処方した。

「今回は、無理せずに 随分早く 俺に治療させてくれるんだね。」と
チョッパーは 満足そうに ハンモックに横たわったサンジにそう言った。

「無理すればするほど、迷惑を掛ける時間が長くなるからな。」と
サンジは 苦笑いをする。

風邪か、良かった。
不寝番を終え、見張りをウソップと交替して
男部屋に寝に戻ってきたぞろがゾロが 二人の会話を聞いて
胸を撫で下ろした。

(人違いか)

ナミを襲っていた、賞金稼ぎの風貌を聞いて、
ゾロには少し、嫌な男を想像したのだ。

賞金稼ぎをしていたころ、噂を聞いたことがある。
「蟲使い」

目にも見えない蟲を使って、海賊を死に追いやると言う、
名前までは忘れたが、そんな賞金稼ぎと出会ったことがあった。

銃から 銃弾ではなく針を発射した、と聞いて
それを思い出し、風貌をナミに尋ねると ぴったりとゾロの記憶に当て嵌まった。

風邪だと効いて安心した。
余計な危惧だった、とゾロは 自分の情報よりも、チョッパーの診断を信じてしまったのだ。

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