「もう一度だけ言う、死にたくねえなら、さっさと言え。」
(冷静になれ、)と賞金稼ぎの男は 必死に自分に暗示をかける程の
強さで言い聞かせた。
脅しに屈して、退路を教えて、無事で済むか。
それとも、脅しに最後まで抵抗したとしたら、赫足のサンジは、
本当に自分を殺すだろうか。
「殺せるもんなら殺してみろ。」
「俺を殺せば、結局、ここから無事に出る事なんか、出来ないんだぜ。」
賞金稼ぎはジリジリと後ずさりし、怯えながらも
サンジに向かって、如何に自分が優位に立っているかを主張した。
なんとか、サンジの隙を見つけて、仲間と仕掛けた大きな罠に嵌めなければ、
賞金どころか、おのれの命さえ危うい。
「教えてやってもいいが、教えた途端に俺の頭を叩き潰すんじゃねえだろうな。」
時間がない、と言うのは早く ロロノア・ゾロに手当てを受けさせたい為だろう。
(どうせ、無駄になっちまうってのに。)と自分自身を鼓舞するために
賞金稼ぎは、脂汗を垂らしながら、
サンジに虚勢を張るように、
無理矢理に強がったような 奇怪な笑い顔を浮かべた。
サンジに付けこむとするなら、そこだ。
焦りは油断を、油断は隙を生む。
「退路を教えるなら、殺しゃしねえ。約束する。」
無駄な強がりを一転させた賞金稼ぎの男の態度と言動だったが、
サンジは、それに対して、違和感を抱く事が出来なかった。
その男の狙ったとおり、サンジは常のサンジではなく、
無意識のうちに、かなり 焦っていたのだ。
「付いて来い、」
そう言う男の後を付いて、サンジはゾロの腕を肩に回し、
和道一文字だけをベルトに刺したまま、瓦礫だらけの部屋を出た。
「気をつけろ、何か狙ってるに違いねえ。」
荒い呼吸の中から、ゾロが囁いた。
例え、そうだとしても。
ドラムでナミがそうだったように、爆発や、跳躍する事で
サンジに支えられているゾロに掛る負担を避けるためには、
出来るだけ穏やかに移動したかった。
罠があるなら、その時、回避すればいい。
「黙ってろ。」
一階部分に辿り着き、玄関の扉を男が開いた。
「ご苦労さん、」
男は、勝ち誇った顔でサンジとゾロを振りかえった。
広いエントランスから、庭を通って門に辿り着く。
廃屋だけれど、豪奢な屋敷だった。
エントランスの床が、
床に敷き詰められていた、モザイク模様の石の一つを
賞金稼ぎの男は 振りかえりざまに、
サンジと、ゾロに向かって 勝ち誇った顔をしたその瞬きするほどの
短い刹那に、
ウソップなど到底及びもつかない程の早さで銃を構えて
ねらいを外さず、撃ち抜いた。
その石が銃弾で砕け散った。
そして、そこから床全体に大きな亀裂が走る。
「!!!」
床が崩れて崩落するまで、殆ど時間がなかった。
太股に銃弾を受けていなければ、サンジは崩れつつある床の破片を蹴って
跳躍出来た。
足元が崩れ、落下する。
亀裂が入ったのは床全体だが、崩れたのはサンジの周りだけだ。
落下する事自体は何も恐れることはない。
サンジにとって今、一番、懸念すべき事は、ゾロの体に衝撃を与えない事だ。
必死で右手を伸ばし、壁面に指を描けようともがく。
ギギギ・・・・と石壁を爪が引っかかる音と、落下する石が
かなり深い底へと落ちて、反響する音がゾロの耳に届く。
(右手が。)
サンジの右手が、傷だらけになる。
熱の所為で もう碌な思考能力が出せないのか、
ゾロは頬にサンジの指先から迸った微量の血飛沫を浴びながら
それが気掛かりだった。
「クソ、死ね、大嘘つき野郎!」
サンジが上に向かって怒鳴った時は、
なんとか、床に叩き付けられずに済んで、
どうにか、壁にサンジの右腕1本でぶら下がっているような状態だった。
「離して見ろ、本気でぶっ殺すぞ。」
言わば、今、サンジにゾロがしがみ付いてぶら下がっているような
格好だ。
ゾロがサンジの肩に回した手をわずかに動かしたとたん、
腹から搾り出すように、サンジはそう言った。
「背中に回れるか。」
「片手じゃいくらなんでもキツイ。」
ゾロはその言葉に無言で頷いた。
背中にゆっくりと移動しながら、自分の手で一旦、壁で体重を支え、
サンジのベルトに挿したままの和道一文字を引き抜き、
真っ暗な底へ向かって投げ下ろした。
「少しは軽くなるだろ。」
両腕で壁を掴んでいるサンジは、僅かにゾロの方へ
表情が見えない方の顔を傾けた。
何か言いたいだろうが、なにも言わなかった。
多分、自分の負担を軽くした事を、「余計なお世話」と言いたかったのだろう、と
予測する。
けれど、刀はゾロのものだ、
ゾロがどういう扱いをしようと、サンジが口を挟むことではない。
そんな些細な諍いをしている場合ではない、と判断したのだろう。
今は、ゾロの体力を少しでも、温存する事だけに サンジは神経を尖らせている。
ゆっくり、ゆっくり、サンジは降りて行く。
細い管のようなその穴の先には、狭い地下室の天井だった。
降りてくる途中、何度か足場のような 小さなでっぱりがあり、
その都度、少しづつ、エントランスの真下から外れていたようで、
恐らく、広い庭のどこかに穴を穿って作られた石室になっていた。
「畜生。」
ゾロを床に横たえた後、サンジは何度も何度も吐き捨てるようにそう呟く。
判断ミスだった。
あんな賞金稼ぎの口車に乗って、結果的に罠に嵌ってしまった自分の
浅慮さを激しく悔やむ。
悔やみきれない。土の中に埋められた石をいくら蹴ってもビクともしない。
一人だけなら、昇れるかもしれないが ゾロをここへ一人残して、
あの賞金稼ぎがもしも、ゾロを狩りに来たら、と思うと動くことも出来ない。
(俺の所為で、俺の所為で)
ゾロが死んでしまう、と思うと サンジは、今にも気がおかしくなりそうだった。
「俺ア、こんなところで死なねえ。」
「俺の熱を下げたかったら、そんな面すんな。」
まるで、サンジの心を、サンジの表情を全て見透かしたように、
ゾロは 荒い呼吸のままでそう言った。
「こっち、来てくれ。」
あまり、喋らせない方がいい、とサンジはゾロのすぐ側に跪いて、額に手を添えた。
(熱過ぎる。)
そう感じた途端、また、顔が曇る。
「約束する。こんな事で俺は、死なねえ。」
「お前に乱暴した、その償いをしないまま、死んだりしねえ。」
目を瞑ったまま、それだけ言うと、遂にゾロは意識を失った。
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