ルフィは、自分の事を見くびっていた。
自分を倒す為に、いや、ルフィに掛かった賞金を手に入れる為に、
そして、「麦わらのルフィを倒した」と言う名を挙げる為に、
自分を襲う時、その相手がどれだけの策を巡らし、どれだけを戦力を以って挑んでくるか、
自分の強さに驕らないルフィには、まだ分からない。
もしも、サンジが起きていたなら、きっとルフィに「迂闊にこちらから手を出すな」と
忠告していただろう。
そして、サンジだけなら、いくら病身とはいえ、常に神経を尖らしていただろうから、
ドア越しにでも感じる、この異様な敵意に目を覚ましただろう。
ルフィが側にいる。
無意識に、サンジはルフィの存在に甘えてしまったのか、いまだ、目を瞑ったままだ。
(・・・狭エ部屋だな・・・)ルフィはドアの前でぐるりと部屋の周りを一度見回す。
手足を伸ばして戦うには、不利かも知れない。
だが、狭い入り口からは、大勢が一気になだれ込んでくる事も考えにくい。
どんな武器を使って、どんな戦術を立てているか。
それに大してどう反撃するか。この状況をどうやって、切り抜けるか。
そんな事を考えるのは、(・・・面倒だ)とルフィは思った。
とになく、ぶっ飛ばして勝てばいい。
そして、先手必勝。今まで、ルフィはいつもそんな戦い方をしてきた。
だから、今回もその方法で間違ってない。
そう考えたルフィはドアノブに手をかける。
そして、勢い良く、一気に開く。
ガチャ!とドアが開くと同時に、気配を潜めていたつもりの、賞金稼ぎ達の「うお!」と
どよめく声が上がった。
ルフィは、声を立てずに、一番前にいた男を力いっぱい殴り飛ばした。
いつもの様に、大声で「ゴムゴムの〜〜」と叫べば、きっとサンジが目を覚ます。
そう思ったから、歯を食いしばり、声を殺した。
目の前の大男を殴り飛ばした、ルフィのその脇を、ネズミの様にすばやく、何かが
すり抜ける。
ルフィは目の前の屈強そうな男にまず、注意が向く、そして攻撃を仕掛けてくる。
幾多の海賊を狩ってきた賞金稼ぎ達は、その行動を計算していた。
ルフィの隙を突き、小柄で素早い男が、ルフィの腕が伸びてがら空きになった脇を
くぐる。タタッ!と素早く部屋に駆け込んだと思ったら、
「動くな、麦わらのルフィ!」と甲高く喚いた。
(しまったっ・・・っ!)
ルフィが振り向いた時には、体が育ちきらないまま大人になってしまったかのような小さな男は、ベッドに飛び乗り、手に持った不似合いな程大きなナイフをサンジの喉笛に突きつけている。
この部屋の大きさ、間取り、家具の位置、距離、など彼らは部屋に入る前から
知っていた。だから、こんなに抜かりなく動ける。
「指一本でも動かしたら、このコックの喉を掻っ切るぞ」
(・・・くそっ・・・)
ルフィは、反射的に出そうだった、二発目の拳を固く握りこんでなんとか踏みとどまった。
(やり方が汚い)のではない。そのやり方を出し抜けなかった、ルフィがバカなのだ。
ここで一言でもルフィが賞金稼ぎ達の戦い方を詰れば、必ずそう言い返される。
幾度となく賞金稼ぎや、海賊同士と戦って、同じ様な状況を潜り抜けてきたのに、
また、同じ事を繰り返す。
(・・・畜生っ・・・)
そんな自分の迂闊さがルフィは、腹立たしい。
ルフィが棒立ちになったのをいい事に、左右から先端に重りのついたロープが飛んできた。
「動くなよ!動いて、そのロープを避けてみろ、コックの目をナイフで突き刺す!」と
また、ベッドの上の小男が喚く。
シュっ・・と小さく風を切って飛んできたロープがクルクルとルフィの両腕に絡みつく。
引きちぎる事など簡単に出来そうなロープなのに、そのロープが絡みついた腕から、
突然、力が抜けた。
「海楼石の針金を芯にして寄り合わせたロープだ。能力者を縛るのに、これくらいの装備はしとかなきゃな、麦わらのルフィ」
この賞金稼ぎ達の頭らしい、一人だけ大仰な装備を身に着けている髭面の大男が
ニタニタ笑いながら、ルフィを見下ろしている。
睨み返そうと、顔を上げる。
途端、ルフィは腹に「ドン!」と棍棒で殴られたような衝撃を受け、息が詰まった。
ロープは手に絡んだままで、ルフィは部屋の中に無様に蹴り転がされる。
「恨むんなら、一人でヨタヨタウロウロしてた、間抜けなコックを恨むんだな」
ルフィにそう言って、髭面の男は仲間に手を上げ、合図を送る。
一斉に、数人の男がルフィに飛び掛った。
「止めろ、こんにゃろう!」ルフィは、ハエの様に自分に集って来る男達を体を
捩って跳ね除ける。だが、数人が跳ね飛ばされたところで、また小男の甲高い声が
部屋に響いた。「動くなっつってんだ、仲間の首から血が吹き上がるのを見たいか!」
そう言って、小男はルフィを睨みつけ、サンジの枕にグサリ、とナイフの切っ先を突き刺す。枕から引き抜いたナイフの切っ先をルフィに見せ付けるように窓から射し込む細い月明かりに翳す。
ほんの数滴だけれど、はっきりと血だと分かる雫がその刃に飛び散っていた。
「柔か〜い、耳の肉、少しだけ切った。お前が大人しく引っ括られてりゃ、
これ以上の傷はつけねえよ」
ルフィの顔を見て、小男はケラケラと笑った。
自分ひとりでは何も出来ない癖に、賞金稼ぎの集団の中、卑怯な手の先鋒として
姑息に動くしか能のない男が、多額の賞金額を賭けられている大物の海賊を追い詰めている事が、きっと嬉しくて仕方ないのだろう。
そんな男に見下されている。悔しがるルフィのその顔を見て、小男は笑っている。
それがたまらなく、ルフィは悔しい。
自分のふがいなさ、迂闊さも悔しい。けれど、仲間を傷つけられて悔しがる、その
自分の顔を見て、格下の相手に嘲笑われる事は、我慢ならない。
「・・・だから言ったんだ。帰れって・・・・」
不服たっぷりな声でサンジがベッドの上でそうぼそりとそう呟いた。
意識を取り戻したサンジに気付き、小男は慌ててサンジの喉笛に再びナイフを突きつける。
「・・・お前は、きっちり病気治してやるよ、ケケケ・・・」
「海軍が決める賞金だけが、賞金じゃねえンだ。お前や航海士の女を、手に入れてえって
スケベなヤツが大勢いるって知ってるか?高く売れるんだから、大人しく・・・」
そこまで喋ったのに、小男が一体サンジに何をされたのか、早すぎてルフィには
良く見えなかった。
ナイフを喉笛に突きつけていたはずなのに、一旦、ベッドから引き摺り下ろされたように見えたが、次の瞬間には、天井の板を突き破り、そして、凄い勢いで床に叩きつけられ、
鞠のように床でボン、ボンと何度か跳ね、そしてそれきり動かない。
「・・・こいつら、俺を尾つけてたんだ」
「それから、お前がここに来たのを見て、装備整えて・・・、策練って踏み込んできたんだよ」
賞金稼ぎの前に突っ立った、サンジの呼吸が乱れている。
たった一蹴り、いや、何度か跳躍して蹴ったのかも知れないが、たったそれだけの動きで、
ハアハアと苦しそうに息をしていた。
目の焦点も危うい。
立っているのも、辛そうだ。耳を切られた所為で、そこから流れ落ちた血が
伝い落ちて肩先の布を赤く滲ませている。
「俺、一人をとっ捕まえて、身代金どうのこうのって事になれば、・・・」
「マリモ剣士と・・・、能力者があと二人増える、そんな戦力相手に、こんな装備じゃ、とても太刀打ち出来ねえ」
「だから、ルフィだけがここに来たのを見て、それから手筈整えて襲ってきたんだろ」
「・・・違うか?」
そう言って、サンジはルフィではなく、賞金稼ぎの頭らしき男を上目遣いに見る。
「・・・そうだ。これ以上、お前が暴れたら、逆に麦わらの首をこの場で刎ねるぞ」
髭面の男がルフィの首根に、これもまた良く切れそうな太刀を突きつけて、
サンジを脅した。だが、サンジは真顔で、
「・・・やれるもんならやってみろよ。その途端、お前らの内臓、一個づつ、蹴り潰すぜ」
と答える。
その真顔を見て、ルフィは はっと息を飲む。
(・・・サンジ、辛エんだ。ああやって、立ってるのも、口を利くのも・・・)
いつもなら、もっと相手をあざ笑って、煽って、余裕の顔つきをしている筈だ。
(何もかも、俺の所為だ)腹立ちと、苦しさと後悔で、ルフィの胸がギュ、と締め付けられる。
サンジが毒を食べるハメになったのも、
サンジが船を脱走したのも、今、襲われているのも、全部、(俺の所為だ)と
ルフィはまた思った。
(どうしたら、どうしたら、サンジを守れる・・・?)ルフィがそう考え始めた時、
サンジは、突然、ふらつき、そして踏ん張った。
口元に、うっすらと笑みを浮かべている。
「・・・お前ら、バカだよ」
「賞金貰っても、それを使えねえんだから」
そう言って、髭面の男を細く目をあけて見、気だるそうにまたベッドに腰掛けた。
「・・・なんだと?」サンジの言葉に、髭面の男の顔から、余裕が薄れ、代わりに
強い警戒心がにじみ出て来る。
「・・・なんで、ルフィだけがここに来たか、は考えなかっただろ」
「他のヤツがこないで、なんでルフィだけがここに来たのか、教えてやろうか」
苦し紛れの言い逃れには到底見えないほど、サンジは落ち着いている。
一言一句を口にする絶妙な間、表情、口調、全て計算の上の、
サンジの策士の能力にまんまと飲み込まれたのか、賞金稼ぎ達が固唾を呑んで、サンジの言葉を待っている。
「・・・お前ら、・・・、一週間後には体がドロドロに溶けて死ぬぜ」
「抗体を持ってない奴らには、ひとたまりもねえ悪魔みたいな細菌だからな」
そう言って、サンジはまるで死神のようにニ・・・と薄ら笑いを浮かべて、
賞金稼ぎ達を見た。
「・・・ルフィは抗体があるからな・・・。ウチの船で抗体を持っているのは
ルフィだけで、その治療薬をここへ持ってきたってワケだ」
「な、ルフィ。俺はずっと熱出して、ゲロ吐いてたのは、空気感染する病気の所為だって
チョッパーが言ってただろ?」
そう言って、サンジはルフィに向って、何度か瞬きをする。
「ああ、クウキカンセンするからって!俺しか看病できないからって言った!」
ルフィがすぐにそう相槌を打つと、サンジは小さく、頷いた。
「内臓がどんどん腐って・・・イテテ・・・腹が虫に食い破られるみたいに痛エ・・・」
サンジはそう言って、腹を押さえて、ドサリ、と頭からベッドに倒れこんだ。
「・・・ルフィ、早く薬・・・薬、飲ませてくれ・・・」
敵の前で弱音を吐いて悶絶する程、その病気は苦しく、恐ろしいのだと、
誰の目にもそう映るサンジの苦しみように、賞金稼ぎ達は震え上がった。
「・・・ど、どうやれば、助かるんだ?!」
「・・・そ、そうだな・・・」
サンジは汗まみれの顔を少しだけ上げて、賞金稼ぎ達を見る。
「早くしないと、この島全体に広がって、全滅するかも知れねえから・・・」
「とりあえず、一刻も早く医者に診てもらえ、病名は・・・」
サンジから、デタラメな言葉をならべた病名を聞くと、賞金稼ぎ達は、
我先に駆け出していった。
(・・・あんな嘘に簡単に騙されるなんて・・・)
ルフィは唖然としながら、逃げそびれた小男を部屋の外へ投げ飛ばしてから、
ドアを閉める。
「サンジ、・・・お前、凄エな。役者になれるぞ」
「遣り合うのが面倒だから、追い返しただけ・・・だ・・・」
ケロリとして起き上がってくるかと思ったら、本当にまだ腹が痛いのか、
サンジはベッドに突っ伏したまま、そう言って呻いた。
慌ててルフィはサンジの側に駆け寄る。体に触れると、とても熱い。
ドラムで患ったナミと変りないくらいの熱さだった。
「ホントに腹が虫に食い破られるみたいに痛エのか?!」
「・・・それは・・・ホントだっ・・・だから、もっ・・帰れっ・・・」
サンジのその呻き声は、とても苦しそうで、泣き声にすら聞こえる。
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(次回、最終回!)