「ホントに腹が虫に食い破られるみたいに痛エのか?!」
「・・・それは・・・ホントだっ・・・だから、もっ・・帰れっ・・・」
「お前も船に帰るなら、帰る」
引き摺ってでも、背負ってでも、船にサンジを連れて帰りたい。
けれど、どこを掴めば、サンジが痛がる事無く持ち上げる事が出来るのかが
わからず、ルフィはただ、サンジの側ににじり寄る事しか出来ない。
コックが食中毒になって、のた打ち回っている姿を仲間に見せるのは恥ずかしい。
そんなサンジの理屈を、ルフィは未だに理解できず、サンジが何を言っているのか、
サッパリわからない。分かるのは、自分の思い通りになってくれない、と言う事だ。
だから、もどかしくて堪らない。
その気持ちが、ルフィの口調を荒くさせた。
「お前、勝手だな・・・・ッ!俺も皆も、凄エ、心配してんだぞ・・・っ!」
とにかく、サンジは体調が悪すぎて、少しも冷静になってくれない。
ルフィの言い分に、耳を貸す余裕などなく、だた自分の理屈をぶちまけるだけで
精一杯なのだ。ルフィは今、サンジと「仲直り」する事を一旦、諦める。
その代わり、こちらも言いたい事を言って、やりたい事をやる。そう決めた。
(力づくでも連れて帰ってやる、)と、とうとう決心する。
これくらいの喧嘩、体さえ元気になればすぐに仲直り出来る筈だ。
サンジが、(・・・俺を嫌いになるワケねえじゃん)と、そんな単純な、当たり前の事に
ルフィは気付く。そうすると、俄然、ルフィは強気になれた。
「お前が勝手ばっかり言うなら、俺も勝手にするからな」
そう言って、ルフィはサンジの肩に手を伸ばした。
その手がもう少しで肩に掛かる、という時、サンジは少しだけ頭を動かす。
多分、顔をルフィに向けたかったのだが、痛みと疲労とで強張った体は、
あまり機敏に動けなかったのか、ひどく鈍い動き方だった。
そして、「・・・ちょ・・・と、待て。今、ちょっとだけ腹の痛いのが引いてきたから、・・・」
「もう少し、このままにしといてくれ」と、背中越しにサンジはそう言った。
「・・・わ、わかった」
ルフィは思わず、伸ばし掛けていた手を一度は引っ込めた。
その代わり、痛みが引いてきた、と言う言葉に安心もした。
その安心が、普段と代わりないサンジとルフィの間柄の距離を思い出させる。
ルフィはそっと、汗で濡れた寒そうなサンジの背中に手を添える。
少しでも自分の手が、サンジの体を温められるかも知れない。
とても素直にそう思えた。
「痛みが引いたら、船に帰るんだぞ?」
「・・・な、ルフィ・・・」
少しづつ、痛みが引いてきたのか、サンジの声が聞き取りやすくなる。
(サンジ、俺より年上なのに、・・・)
ふとルフィは、熱が出て、我侭になった子供の機嫌を取るような気分になって来た。
サンジに名前を呼ばれて、ルフィは「・・・んん?なんだ?」とサンジの顔を覗き込む。
サンジの青い目は、まるで、目を覚ましたばかりの子猫のように艶やかで、熱っぽい。
縋る様な、泣きそうな、そんなサンジの目をルフィははじめて見て、一瞬、
呼吸を忘れる。
そんなルフィの緊張などサンジは思いもしないのだろう。
心細げな声で独り言の様に尋ねてきた。
「・・・お前も、・・・皆んなも、・・・これからも、安心して俺の作った飯、
食ってくれるか・・・?食材の扱いをしくじって、こんな無様晒してるようなコックが作った飯を食う気になるか・・・・?」
「へ?」
思いもしない言葉にルフィは思わず、素っ頓狂な声を出してしまう。
サンジはゆっくりと起き上がった。
きっと、ルフィには、意味がわからない、説明しなければ、と思ったのだろう。
本当に腹の痛みは引いてきたようで、額に浮かんだ脂汗を拭いながら、ルフィに
向き直る。
「・・・ふう・・・」と声にもならないような声を漏らして、サンジは俯き、また、頭を押さえた。
腹の痛みは治まって来ても、まだ、悪寒と眩暈は治まらないらしい。
「・・・ちゃんと安全な食い物を皆に食わせたいのに、・・・失敗して・・・」
「失敗?なんの失敗だ?」
「お前が毒見してくれたから、俺達、誰もショクチュードク、なんかになってねえじゃん」
「大体、お前の作った飯を食わないで、一体、誰の飯を食えばいいんだ?」
「俺の船のコックは、お前しかいねえのに」
そう言うと、サンジは起き上がった時と同じ早さで顔を上げた。
「・・・そうだが・・・でも・・・」
ルフィは、サンジが何を言いよどんでいるのか、全く分からない。
相手の言い分を聞くよりも、自分の意見を真っ直ぐに言う事がずっと得意だ。
その分、口から出る言葉に、自分の気持ちを篭めよう、汲み取ってもらおう、と言う打算がない。だから、ルフィの言葉は、ダイレクトに人の心に響いて来る。
「サンジ、お前、ホント、ワケわからねえ事言うんだな〜、バッカじゃねえか?」
「これくらいの事で、お前の作ったメシを嫌がるようなヤツ、俺の仲間にいるか?」
「こんな事で仲間疑うなんて、お前エらしくねえぞ」
そう言うと、どことなく曇っていたサンジの目が大きく見開かれた。
生気もなく、輝きも失せていた鈍い瞳に、少しづつ、生気も輝きも蘇えってくる。
「・・・いや・・・皆を疑ってるわけじゃねえんだ・・・そうか・・・」
「俺が一人でウジウジ悩んでる事は、仲間を信じてねえって事になるのか・・・」
「確かにそうだ・・・」呆然とそう呟くサンジに、ルフィは追い討ちを駆ける。
「そうだぞ。そんな事もわかってねえなんて、サンジはバカだ」
何時だって、サンジは仲間の事を第一に考えている。
それは、仲間の誰もが知っている。
たかが、イグアナの内臓を生で食べて、腹を壊したくらいで、その信頼が揺らぐ筈がない。
仲間も、自分自身も信じられなかった事に、サンジはようやく気付いて、急に
気恥ずかしくなったのか、サンジはまたゆっくりとルフィに背を向ける。
そして、くったりとうな垂れるように、ベッドに頭を預けた。
ぱふ・・・と小さくシーツが鳴り、パサリと乾いた髪がそこに散る音がする。
きっと、サンジは今、とても困った、と思っているのだろう。
じっと黙ったまま、身動きもしない。
その沈黙にサンジの方が挫けて、だが、まだルフィに顔を向けもせずに
「・・・そんなつもりはねえけど・・・理屈ではそうなるかもな・・・」と呟いた。
「俺は、・・・俺達は、サンジの作ったメシを食ってるのが一番、楽しい」
「腹壊した事がなんて、全ッ然、、なんの問題にもならねえ」
「俺達みんな、そう思ってるのに、なんでそれを信じてくれなかったんだよ?」
ルフィは、自分の意見を聞いてもらえる状況になって、ようやく、簡素に、且つ、
感情的にならずにサンジにそう尋ねられる。
「・・・悪かったよ・・・コックの体裁にばっかりこだわって・・・」
背を向けた格好で、サンジは拗ねた子供の様な口調でそう言った。
考え違いに気付いて恥ずかしくなったサンジの気持ちは分かるけれど、
ふて腐れたような、そんな態度では、ルフィはとても納得できない。
「謝るのに、人に背を向けたままでいいと思ってるのかぁ?」と、小バカにした様な口調で、サンジに詰め寄った。
「・・・ちゃんと船に帰って・・・皆に謝るから・・・」
「・・・ちょっとだけ、寝かせてくれ・・・」サンジの声が、徐々にぼやけていく。
薬の効果なのか、痛みが薄れていくにつれ、急に眠気が襲ってきた様だ。
「分かった」と答えて、ルフィは口を閉ざす。
(・・・眠ったら、起こさないように船に連れて帰ってやる)
サンジの体を起こさないようにそっと抱え上げるくらい、ルフィにとっては朝飯前だ。
ルフィはサンジがベッドに突っ伏したまま、寝息を立て始めるのを待った。
しばらくして、そっとサンジの顔を覗き込むと、
熱も少しづつ下がり始めたのか、呼吸も音もかなり穏やかになっている。
(・・・結局、俺、サンジがなんで怒ってたのか、やっぱりわからねえな)と
とりあえず、しっとりと温かいサンジの体をベッドに横たえてから、
ルフィは今回の事を振り返って考えてみる。
無神経だとか、コックの気持ちなど、お前はわからないとか、色々言われたが、
なんとか、仲直り出来たし、きっとすぐに体も治るだろう。
もう、何も心配する事はない。
ゾロは、「放っておけ」と言った。
そのやり方なら、不安になったり、腹を立てたり、心配したり、気を揉んだりしなくて
済んだかも知れない。
けれど、こうして、自分の側で、安心して穏やかな顔付きで眠るサンジを見ていると、
どんなに心がかき乱されて、その時、その時辛い思いをしても、
ゾロの様に、離れたところでただじっと見守るような辛抱強いやり方は出来ないと
ルフィは思う。
そして、サンジが目を覚ますまでの退屈しのぎにルフィは、考えてみる。
サンジは、何を大切に思うのか。
サンジは、どんな色の空を見た時、綺麗だと思うのか。
サンジは、朝起きて、夜眠るまでの間、何を見つければ、幸せだ、と思うのか。
そんな事を考えても、少しもハッキリした答えが出せない。
サンジの事を、何もかも知っているつもりだったのに、本当はまだ知らない事が
たくさんあることに、ルフィは気付いた。
それでも、ルフィは落ち込んだりしない。
ルフィは声に出さずに心の中で、そっとサンジに語りかける。
(いつか、・・・俺だって、ゾロや、髭のオッサンみたいにサンジの事、なんでもちゃんと分かるようになるさ)
だって、お前の描く夢の海まで、連れて行くのは、
ゾロや、髭のオッサンじゃない。
(・・・俺なんだから)
(終わり)
最後まで読んで下さって、有難うございました。
くったり祭り、第一作目、ルフィ編でした。
お題は、「食中毒」でくったり。
次作は、ナミ編です。
さて、次はどんなお題なのでしょうか、ご期待下さい!
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