「「どうした、皆!」とルフィが勢いをつけてドアを開けると、
シンクには大きな、紫色と黒の縞模様の大きなヘビが鎌首を上げ、
真っ赤な舌をチロチロと覗かせて、怯えるナミ達を威嚇していた。

しかも、その胴体はゾロの腕よりも太いくせに、
「頭が、頭が!」とチョッパーが声を上ずらせて指差すのを
見ると、その胴体からにょきにょきと、まるで、ロビンの腕のように
生えてくる。

「ぎゃああ、」キッチンの中は、誰の悲鳴かわからないほどの騒ぎになっている。

しかも、目も、ウロコもないヘビだ。
巨大なミミズのようにも見える。

(あいつがビビるのも無理はねえな。)と真っ青な顔をしていて
壁際で一応、ナミとロビンを背に庇いつつ、固まっているサンジをちらりと見て
ゾロは苦虫を噛み潰したような顔で、刀を抜いた。

(あいつ、)本物なのか。
そうでないとしたら、こんなヘビなどどうでもいい。

チラ、とそんな風にゾロが思った時、そのけばけばしい生物は、
一瞬でトグロを巻き、バネがはじけたようにキッチンから、飛んだ。

「うあ!」

狙い済ましたかのように、そのヘビはサンジの右腕にガップリと歯をたて、
そのまま、ウネウネと巻きつく。

「ロビンちゃん、ナミさん、離れて、早く!」と空いている左手で
ロビンの背中を押してサンジは壁に凭れたまま、ズリズリと床に
しゃがみこんだ。
腰が抜けてしまい、あまりのおぞましさに感情が麻痺しているようで、
目が虚ろになっている。

(本物なのか?)とゾロは手に抜き身の刀をぶら下げたままで
顔面蒼白のサンジを見て、また頭が混乱して来た。

「サンジ、大丈夫か!」
ルフィが飛びかかって、遮二無二ヘビを引き千切る。
が、胴から生えた首は際限なく生えてくる。

「胴をぶった切る、どけ、ルフィ!」
どっちにしても、なんとかしてやらねば、と言う気が起きてくる。

死にかけの怪我をしてさえ、誰にも助けを呼ばない男が たかが、
海蛇に絡みつかれただけで、茫然自失で、腰を抜かすなど
あまりに滑稽な話しだが、サンジの様子には疑うべき違和感がなかった。

サンジは縋るような目つきをしないように、必死で強気な表情を装い、
ゾロの前に腕を突き出した。

(まただ)

これも、あの"闇"の仕業だ、とゾロはサンジの白い腕と、
そこへ絡みつき、締め上げながら、蠢くヘビの胴体を見て気がついた。

「どうしても、こいつの腕を切らせたいみてえだな。」と
ゾロは思わず呟く。

(その手に乗るか。)

ゾロは、おもむろに刀を鞘に戻して、首から下げていた海の雫を
掌に握りしめてから、鎖を指に絡めて、掌にぶらさげ、
そのまま、ヘビの胴体に押しつけた。

「「「あ!!」」」とそこにいた、全員が驚きの声をあげる。

まるで、砂で出来ていたように、ヘビの胴体がゆっくり、
サラサラとした塵になって、崩れ落ちて行く。

「何よ、これ。」とナミが訝しげな声を出し、その塵が吹き寄せられるように
固まって影になっていくのを目で追った。

一体なんなのか、と大騒動になったのは言うまでもない事だが。

ところが、その騒ぎの事を翌日になって誰も覚えていないのだ。
ゾロ以外は、絡みつかれて、腰を抜かしたサンジでさえ、

「ヘビがどうしたって?」とその騒動の事をまるきり憶えていない。

「噛まれた跡があるだろう?」とゾロはサンジの腕をくまなく見ても、
噛み傷も、腫れもなにもない。

「あんた、寝ぼけてたんじゃないの?」とナミは鼻で笑う。

(そんなバカな)とゾロは昨日の痕跡が何一つ残っていない事に
寒気を憶えた。

自分と、仲間の現実と夢が別々の世界で動き始めているような
違和感が気味悪い。

一連の出来事をゾロは、サンジだけには包み隠さず話した。
いつもなら、笑い飛ばすか、ナミと同じ様に鼻でせせら笑うか、のどちらかの
筈なのに、何度もゾロに腕を切られかけている経験から、

その海蛇騒動も、サンジだけは真実だと受けとめてくれる。

「お前に見分けがつかないようなニセモノか。」とサンジはそこに
「引っかかる」と言う。

「どういう意味だ。」とゾロが尋ねると、
「外見だけじゃねえ、声でもねえ、行動が俺臭エって言うのが」
「なんか、抜け目がなさ過ぎるっていうか、」
「たかが、動物の幽霊ごときに出来る事じゃねえと思うんだ」

そう言いながらも、その「ヘビ騒動」に関しては、不気味なほどに記憶がない。
だが、ゾロが言うのだから、間違いはない。
自分が信じないで、この厄災からゾロも、自分も逃げる事は出来ないような
気がして来た。

(そろそろ、本腰入れて)対処法を考えるか、とサンジは
半月の月が照らす見張り台でゾロと向き合いながら、煙草に火を着けた。

「今、こうしている間にも、お前のケツの下の影の中から、」
「俺達を見てるのかも、な。」とサンジはゾロの、後の影をじっと見つめる。

「目的か。」とサンジは胡座をかいて、まだ、ゾロの影を見ながら、
溜息混じりに、独り言のように呟いた。

「悪夢、予知夢、悪夢、」ブツブツとサンジは呟きつづける。
目が遠くを見ているようで、ゾロは何も言えずにそんなサンジをただ、
黙って見つめる事しか出来ない。

「お前が一番、怖い事ってなんだ。」とサンジは急に目の焦点をゾロに合わせて
尋ねる。

「俺を殺す夢だの、右腕を切り落とす夢だの見てたって事は、」
「お前にとって、それが"怖い事"なんだな。」

とゾロの答えを待たずにサンジがズバリと言ってのけた。
その断定的な強い口調に、否定出来ずに、ゾロは黙りこむ事で肯定する。

「それが実現できりゃ、晴れて成仏しやがるのかね。」とサンジは
皮肉っぽく笑いながらそう言った。

「下らねえこと言うな」とゾロは吐き捨てるようにそう答えたが、背中に寒気が走った。
思わず、凭れていた見張り台の壁を振り返る。

「どっちにしても、その首飾りをぶら下げてる事を忘れなよ。」
「俺がお前を守るって気が変わらない間は大丈夫なんじゃねえか。」と
サンジはそっと立ち上がって、ゾロの隣に腰を下ろす。

「それより。」とサンジはゾロの顔をじっと見つめながら、
「ニセモノじゃねえかも知れねえ事の方が怖エよ、俺は。」と
真剣な顔で言った。

「は?」と突飛なサンジの言葉にゾロは首を捻る。

「今、お前の目の前にいる俺が本物だって言い切れるか?」とサンジは
尋ねる。

「え?」とゾロは絶句した。
咄嗟に答えが返せない。

「なんで、本物だと思う。」と続けざまにサンジは聞いてくる。

「なんで、ニセモノだと思わねえ?理由はなんだ。」

理由?とゾロは小さく呟いて、答えを考える。

顔?仕草?物の言い方?匂い?と様々に言葉を思い浮かべるが、
それは、あの「貝を向いて格納庫で姿を消した」サンジにも同じ事が言える。

「俺の知ってるお前だと」

ゾロは脳味噌から搾り出すようにそんな言葉を口にした。

「それだ。」とビシっと指を鳴らした。

「お前が自覚しないくらいの"怖さ"を悟れるような奴らだ。」
「お前の心を読んで、俺の虚像を見せるくらいは出来るかもしれねえぞ。」

ゾロの知っているサンジを創り出すのなら、ゾロが見分けられる訳がない。

「俺の知らないお前が、本物のお前って事か。」と驚いてゾロは
サンジの顔を見る。

「そう言う事だな。よかったな、俺が複雑な人間で。」とサンジは勝ち誇ったように笑った。


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