「あのヘンな獣を捕まえた島をでてからだ。」

変な獣、と言われてチョッパーもサンジもすぐに判った。

「肉が食いたい、なんでもいいから肉!肉!」と駄々をコネた船長の
希望で、ログを無視して無人島に立ち寄った。

魚でも、出来る限り肉に近い触感、肉に近い味を、と苦心しても、
限界がある。せめて、海王類なら獣に近いのに、その海域には、
海獣さえいなくて、いかにも密林、と言った風の妖しい島で、

「乗員総動員」で、その獣を狩り出した。

「確かに、あの獣にトドメを刺したのは、」ゾロだった、ゾロ自身が思い出す。
だが、実際には一番その肉を食べたのはルフィだし、なにより、その肉を捌いたのは
サンジだ。

「あれ、バクだったよね。」とその獣を一口も食べなかったチョッパーが
頭の中でその獣の姿を想像しながらサンジに尋ねる。

「ああ、ロビンちゃんがそう言ってたし。」
バケモノじみて大きく、ゴワゴワとした毛に覆われていて、だらりと奇妙に鼻が
長く、マヌケな面をしていた。

「バナナワニくらいはあるけど、これ、どうみてもバクよね。」とナミと話していたのをサンジは聞いていて、ゾロも
「こんなバカでかいバクがいるとは。」さすがグランドライン、と驚いた。

「やっぱり、気にし過ぎだと思うぜ。」とサンジはハ、と馬鹿にしたように
ゾロを流し見る。
だが、たかが、バクを殺したくらいでゾロがサンジの死体を食べたり、
リアルにサンジの死に様の夢を見るような繊細な神経な筈がないのも
サンジは判っている。
が、真剣に考えたところで明確な答えなど出そうもないし、

二人の肉体関係の事と例え、信用のおける船医であっても口を挟んで欲しくないので、
笑い飛ばして誤魔化したかった。

「バカ臭エ。」とゾロは吐き棄てるそう言い、
「バク一匹、ぶっ殺したくらいであんな気味の悪イ夢を見て堪るか。」
「もういい。解決法を別に見つけりゃいいんだろ。」

「でも。」とチョッパーは眉を潜める。
「夢で疲労するのも、精神的に良くないと思う。なにか原因があると思うんだけど。」

「夢を見ない位、クッタクタに疲れて寝ろ、それで万事解決するさ。」と
サンジはあまり真剣に取り合わない様子で、勝手に話しにケリをつけて、
自分だけさっさとキッチンへ戻ってしまった。

そんな話しをした夜にも、やはり、ゾロはサンジを抱いた。
恐ろしい夢が現実にならないという確証は、ただ、サンジの激しい鼓動を聞く事のみで、
それを感じないではいられない。

けれど、漆黒の闇に月が見えない夜を境に、ゾロはその夢を見なくなった。

「新月の夜から。」今度は、ゾロはまた違う夢を見るようになったのだ。

その兆候は、おだやかな海に碇を下ろして釣に興じていた時に
初めて顕れた。

羊頭の定位置から釣り糸を垂れているルフィの背中をゾロは体を鍛錬しながら
眺めていた。

アタリがないのか、ルフィは大きく一つ、伸びをする。
天気は良好。居眠りしたくなるような心地良い気候だ。

(ゾロ、腹減ったなア、今日のオヤツは何かな。)
(おい、野郎共、軽食だ、食え!)

ルフィが振りかえってゾロに尋ねる。その数秒後に、キッチンの扉が
勢い良く開いて、サンジが木製の盆に ピザを持って出てくる。

そんな映像と音がゾロの脳裏をよぎった。

(昨夜、見た夢にそっくりな光景だ。)
そう思った時、ルフィが振りかえった。

「ゾロ、腹減ったなア、今日のオヤツは何かな。」とルフィが尋ねてくる。
「なにか、ブチューと伸びるやつが乗ってる煎餅みたいなやつだ。」とゾロは
確信を持って即答出来た。

「おい、野郎共、軽食だ、食え!」と、すぐにサンジの声が甲板に響く。
ルフィが鼻を蠢かせると、「ゾロ、アタリだ!」と釣竿を放って
急いでサンジの側に駈けて行く。

(ま、日常茶飯事な事だからな。)とその時は、さほど、ゾロも気に止めはしなかった。

その次の日。
また、天気は抜けるような青空だった。

「今日の夕方、結構海が荒れるぜ。」とゾロは何気なく、ナミにそう言った。

「フン。」とナミは鼻を鳴らした。

「あんたに天候の事で忠告を受けるとは思わなかったわ。」と明らかに
見下したモノの言い方で返答してきた。
「なに、古傷でも痛む?」

「違う。」

夢で見たのは今日の日付で、夕方頃の時計が見えた。
キッチンのテーブルの上の皿が斜めに床が傾いた所為で全部転げ落ちるほどの
高低さのある波に船が揺さぶられる。

唐突な嵐に乗員全員が大慌てし、荷を軽くする為に、
ナミの宝箱を棄てなさい、とロビンに言われてサンジがそれを捨てる、と言う
夢を見た。

それを言うと、「サンジ君がアタシの宝箱を捨てる?」と
ナミはゾロの言葉をなぞり、「プ」と小さく吹き出してから、
腹を抱えて笑い出した。

「ナミさんの宝箱を捨てるくらいなら、俺が飛び込みますって言うわよ、」
「あんた、の」と意地の悪い顔つきでニヤついてゾロを見、
「サンジ君はね。」と勝ち誇ったようにいい、全く取り合おうともしない。

(勝手にしろ)とゾロはそんな夢の事などを
(真顔でナミなんかに言うんじゃなかったぜ。)と急に馬鹿馬鹿しくなり、
そして、軽く後悔した。

だが、それから数時間後、本当に嵐はやってきた。

未曾有の猛烈な嵐で、「積荷を軽くしなきゃ、」と言ったのは、
ロビンではなく、ナミ自身だった。

ロビンに渡されたナミの大きな宝箱をサンジは海に投げこむ。

ただし、ブイをつけて。

「中身は、缶詰だよ。ナミさん。」とサンジは嵐の去った後に、

ナミの宝物は、ロビンが濡れないように別の箱に移し変え、
かさばる缶詰を、万が一嵐が去ってから見つけられるかもしれない可能性を
想定して、ブイをつけて海へと投げ入れるように、サンジに指示したのだ。

夕食の献立だの、つれる魚の模様だの、下らない事、些細な事だけれど、
ゾロの夢はその些細な事を予知するように見る。

それがわかったのは、サンジにだけその話しをし、
「それ、予知夢ってやつだ。デジャブーとかいう。」と目を煌かせて、
教えられたからだ。

「その程度の夢じゃ、クソの役にも立ちそうにねえけど、」
「その方がいい。」とサンジは言う。

「まあな。」とゾロは相槌を打った。
未来が全て見通せるなど、冗談ではない。
そんな退屈な人生を送るくらいなら夢など一生見なくてもいい、とゾロは思う。

「お前の夢も見た。」と蜜柑の手入れをしているサンジの後にそっと
近づいて、ゾロはシャツ姿でエプロンをしたままのサンジの腰に背中から
手を回した。

途端、その手をパン、と軽い平手打ちのような音が出るほど強く
叩かれ、払いのけられる。

「「こんな所でチョッカイ出すな。」」と睨み付けるサンジの声と、
それを真似るゾロの声が重なった。

「これか?」と自分の言葉を予測して、言い当てたゾロの言葉に
サンジは少し驚いたように目を見開いて、ゾロを振りかえる。

「これだ。」とゾロは悪戯を見つかった少年のような悪びれない顔付きで
答えてから、ドサクサに紛れて腕をサンジの体に巻きつけ、引き寄せた。

「本当、まるきり役にたたねえ、どうしようもない夢だな。」とサンジは
呆れたように溜息をつき、軽く唇だけを触れて、その隙に
ゾロの腕を解いた。

「一日の本当に断片的な事だけを夢に見るって事か。」
「それも、正確に。」とサンジはそう呟いて、また蜜柑畑の作業をはじめる。

そんな暢気な予知夢だったから、ゾロは気にする事もなく、
サンジ以外の誰にもその事を言わなかった。

そして、満月の夜が来た。

その夜、ゾロは自分の手に握った「鬼撤」でサンジの腕に斬りつける夢を見た。
右のニの腕の肉を深々と切り裂いた感触がはっきりと掌に、腕に感じ、
また、立ち上るサンジの血の匂いが、床に滴り落ちる血の雫の音が、
まるで現実にそこにあるかのように思えて慄くほど、鮮明な夢にゾロはうなされた。

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