「ねえ、ナミさん。」

ジュニアは母親の顔を知らない。
ナミは、自分の子供を姉のノジコに育ててもらっていて、手元にはいない。

ジュニアはナミに 見た事もない母親の面影を、
ナミは 離れた場所で成長しているだろうわがこの姿を重ねて、
同じベッドで横になっていた。


「俺、大きくなったから狭いね。」ジュニアは恥かしそうに言いながら
体を起こした。

「そうね。あんまり逞しくなってたから 驚いたわ。」
「もうすぐ、父さんより背が高くなるよ。」
ジュニアはベッドから降りた。

「どうしたの?」ナミは怪訝な顔をジュニアに向けた。

「窮屈だから、男部屋で寝るよ。もう、子供じゃないもん。」
子供じゃない、という言葉遣いそのものがまだ 子供だと言うのに、
ナミは小さく笑った。

「そう。じゃあ、お休み。」


ジュニアは甲板に出た。
月明かりがほの明るい。

自分の部屋は、格納庫だとウソップから言われたが、多分 そこには
ゾロが入り浸っているだろう、と幼いながら 昔からの二人の習慣を知っているジュニアは そう予測して 男部屋に向かった。

「・・・うるさいなあ。」
甲板の上からでも、ウソップとルフィの鼾が聞こえる。

男部屋の扉を開けようと手を掛けたとき、自然とひょっこりサニートが
そこから 顔を覗かせた。

「よお。」気軽にジュニアに声をかけるサニートにジュニアは
「何してるんだ。」と尋ねた。

「いや、船長と狙撃手のウソップさんの鼾が煩いから、眠れねえんだ。ちょっと
酒でも飲ませてもらおうと思ってさ。」

ジュニアは、
「黙って飲むと怒られるよ。」とサニートをたしなめる。
けれど、酒でも飲まない限り、とても眠れそうにないほどの騒音だ。

「俺も眠れそうにないから、取りあえず、キッチンに行こうよ。」と
ものなれないサニートを誘った。


「ちょうど良かった。色々 聞きたかったんだ。」
サニートは、快くジュニアの誘いに応じた。

「そう言えば、自己紹介とか碌にしてなかったんだっけ。」と
ジュニアは思い出した。

サニートが以前、この船に乗っていた王女の息子だ、という事は
ルフィから聞いたけれど、「まあ、おいおい判るって。」と
おのおのの自己紹介は一切省かれてしまったのだった。


キッチンの明かりをつける。
ラム酒を少しくらい飲んでも サンジは怒らないだろう。
ジュニアはサニートにほんの少しだけ、ラム酒のビンからコップに
移してそれを渡した。

「お前さ。」
「ジュニア。ウソップ・ジュニアだよ。」

サニートが口を開く前に ジュニアは簡単に自己紹介した。
「ウソップさんの息子か。」とサニートは眼を丸くする。

「サンジって人が俺の息子だって・・・。」サニートは、初めてジュニアと出会った時の
サンジの言葉を思い出す。

「血が繋がってないって言ってただろ。」即座にジュニアが言い返した。

「ああ、そうか。」
「俺、サニートって言うんだ。よろしくな。」

サニートがジュニアに掌を差し出した。
その掌を、ジュニアは両手で掴んで、眉を寄せてジッと見つめた。

「・・・おい、握手をしようと思ったんだけどな。」
「・・・サニートの指の形、サンジにそっくりだ。」


ジュニアは、サンジがゼフについて料理を学んだように、
料理をしている時のサンジの一挙手一投足をあまさず 観察している。
それに、小さな頃から 麦わらの一味の誰よりも
自分の顔を触ったり、頭を撫でたり、尻を叩いたりしてきた手だ。

サニートの手の形は、そのサンジの手の形にそっくりなのだ。
「・・・顔も似てるし。」

「ジュニアは、なんで 自分のオヤジさんじゃなく、サンジさんについていこうと思ったんだ?」

今度は、サニートの方から声をかけた。
ジュニアが一体 何を言うのか 皆目見当がつかなかったし、
自分も聞きたい事がたくさんあったから、そう言う話題に切り替えたかったのだ。

「俺?コックになりたいんだ。」
「俺は、サンジの跡を継ぐんだ。料理も、足技も。」
「父さんの言う、勇敢なる海の戦士ってのも、よくわかんないしさ。」
「物心ついたときから、コックになる事しか考えてなかったんだ。」
「だったら、世界一強くて、世界一腕のいいコックになりたくて、」
「いつか、"ウソップジュニアはサンジを超えた"って、噂されるくらいにさ。」


ジュニアは 一気に喋った。その面持ちは真剣で、サニートは
自分が12才のときには、こんな風にしっかりと 自分の夢を語れただろうか、と
ふと 考える。

「・・・どうしたの?」黙りこんだサニートにジュニアは 怪訝な顔を見せた。

「いや・・・。まだ 12歳なのに、随分 大人だなあ、と思って、
感心したんだ。」

「俺、4歳の時から サンジの店で働いてたから。」

ジュニアは、僅か 4歳で イーストブルーの海上レストラン、
バラティエに預けられた。それから 6年間、そこのコック達に育てられ、
10歳になって、父親と一緒に航海するか、サンジとオールブルーの
レストランで働くかの選択を迫られた時、ジュニアは 全く迷わずに
サンジと一緒に行くことを選んだのだ、と言う。

サニートは その話を聴いて驚いた。
ジュニアのまだ 短い人生はなんと 波瀾に富んでいることか。

「じゃあ、たった2年で あの足技を覚えたのか。」と
港で サンジにけしかけられて 腕だめしをした時のジュニアの
実力を思いだし、また サニートは驚く。

「だって、サンジ 厳しいし、怖いよ。気分屋だし、一度口に出した事を
ちゃんと出来ないうちに諦めたりしたら アバラが折れるくらい 蹴るからね。」

「折った事あるのか。」
「あるよ。」
「何才の時だ?」
「去年だよ。」


サニートには、大の大人が12歳の少年のアバラが折れるほど 蹴るなんて
信じられなかった。

「・・・乱暴な人なんだな。」サニートは、サンジの容姿を思い出した。

港で出会った時の目つきや表情は 確かに 凶悪な賞金稼ぎのものだったが、
細い体躯や、肩を越すほど伸ばした金髪は 男のサニートから見ても
綺麗で、そんな乱暴者とは とても思えなかった。

どこかで会ったような、なつかしさをサニートはサンジに感じていた。


「サンジは この船の中で 一番乱暴かもね。」とジュニアは笑った。

「他に聞きたい事は?」
とジュニアは 無邪気にサニートに尋ねた。

「う・・・・ん、なあ、サンジって人と、ロロノアさんって、一体なんだ?」

サニートは港で二人の抱擁を見た。
仲間以上の絆を 押し殺した二人の会話に嗅ぎ取っていたのだ。

それから、船に潜んでいる間も、まるで 恋人同士のように睦まじい様子を
物影から見て、これも 初めて見る光景だったから 
面食らった。

ところが、ジュニアは幼い頃から この二人の関係を
当たり前のように知っているから、答えも澱みない。

「・・・なんだって、恋人だと思うよ。夫婦じゃないしね。昔からだよ。」
「俺が生まれる前からだもん。」

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