「すげえぞ、ジュニア。お前、武器をもっている相手に・・・。」
青年がむくり、と起き上がった。
不満げな顔をサンジとジュニアに向けている。
「・・・まさか、本気じゃなかった、なんて言わねエよな。」と
サンジは可笑しそうな表情を浮かべてその青年に声をかけた。
「言わない。殺すつもりなんかなかったけど、本気だった。」
(え?)
ゾロは、耳に流れこんできた、その青年の声を聞き、愕然とした。
その声。どことなしに、サンジに良く似ている。
容姿も、よく見れば 瞳の色も、髪の質も サンジにそっくりだ。
長目の前髪に隠れて、眉毛が見えないのだが。
あの特徴的な 眉毛が見えれば、決定的な証拠だ。
毎月、カモメ便でチョッパーに手紙が届いていた。
それに初めて気がついたのは、もう 15年以上前の事だった。
サンジが女性化し、子供を孕み、そして、その子は 一度も
親に抱かれる事もなく、天に召されて行ってから、
2年ほど経っていて、そんな事は もう 忘れかけていた頃だった。
アラバスタのビビからの手紙。
宛名はいつも チョッパーだった。
その事に別に疑問があったわけではなかった。
嵐の日に男部屋にまで浸水し、部屋中が散乱していて、それを片付けていたら、
チョッパーの私物を入れている棚が壊れ、中から、封筒の包みがたくさん出てきた。
その中に、ちいさな油絵のキャンバスもあり、そこには 蒼い瞳と特徴的な
眉毛の赤ん坊が描かれていたのだ。
「・・・こりゃ、一体なんの絵なんだ・・・?」
その絵は ビビが送ってきたもの。
「サニート」と題名か、そんな字が絵の隅の方に書かれている。
その絵の事を、ゾロは誰もいないところで チョッパーに尋ねた。
二年間、誰にも言わず、自分一人の胸に閉じこめていたのは、
よほど 心苦しかったのだろう。
サニートの成長を歓びたくても、それを幸せそうに知らせてくれるビビの
様子を仲間に教えてくても 出来ないもどかしさ。
チョッパーは、それに二年も耐えてきたのだ。
「それは、ゾロとサンジの子供だよ。」
隠していた事を悪びれる事もなく、いっそ、清清しい態度でチョッパーはゾロに真実を告げる。
「だって、ダメだったってあの時・・・。」
「無事に生まれたからって、サンジが喜んだと思うか、ゾロ。」
冷静なチョッパーの声にゾロは胸が抉られるような気がした。
なんども 自分の体を傷つけてまで 腹の中の子供を始末しようとしたのだ。
子供を生み出してしまう事で、今までの人生を全て諦めてしまう事を怖れて、サンジは 命を拒絶した。
「ビビとコーザから頼まれたんだよ。」
チョッパーが事の経緯をゾロの話す。
サンジが池で堕胎に失敗した時に、ビビが真実を知った。
「私が母親になるわ。生まれて来て 幸せだって思えるように育てて見せる。」
力強いビビの言葉に チョッパーは生まれて間もない
小さな、小さな、赤ん坊をビビに託した。
「サニートって言うのか。」
ゾロは、チョッパー宛てに送られてきた手紙を全て 読ませてもらった。
成長が早い事。
喜怒哀楽が激しい事。
家臣団に可愛がられている事。
それから、サンジと別々の場所で生きるようになっても、
ビビは、チョッパーに サニートの事を 知らせてきてくれた。
一方、サンジの方は サニートを産んでから4年後、
ウソップの子供が生まれて、その子をまるで 自分の子供のように
育てた。(夢の途中参考)
心のどこかに、自分が拒絶した赤ん坊への懺悔に似た気持ちがあったのかもしれない。
誰よりも厳しく、誰よりも優しく、誰よりも手を掛けて
ウソップの子供、ジュニアを育てたのだ。
その結果、実の父親よりも ジュニアは サンジと共に生きることを 幼いながらに
選択し、その足技も、料理人としての技術をも 継ごうとしている。
「・・・お前、名前は・・・?」
ゾロは、自分と同じ色の髪をした 青年に尋ねた。
「・・・俺は・・・・。」
青年は 口篭もった。
そして、逆に 切り替えして来た。
「あんた、ロロノア・ゾロだろ。」
三振りの刀。今は、二つのピアス。緑の髪。その特徴的な
容姿は グランドラインでも知らないものの数の方が少ないくらいだ。
「俺のことはどうでもいい。お前だ。」
まさか、一国の王子が「俺」だの「あんた」だの ぞんざいな口を利くとは
考えられないのだが、ビビの息子なのだから、充分有り得る。
おそらく、ゾロが考えていることはほぼ、間違いはなさそうだ。
それでも、ゾロは 青年に重ねて 聞いた。
「お前は、この国の王子だろう、違うか?」
青年は立ちあがった。
王族の最敬礼を取る。
麦わらの一味は、この国の恩人なのだ。
非礼は許されない。
無言のその態度で ゾロはやはり、その青年が自分とサンジの血を引く、
奇跡の子供だと確信した。
「おい、てこたあ、ビビちゃんの息子かよ。」
目を丸くして サンジは驚いた声を上げた。
そうじゃない、お前の息子だ、とゾロは言いたかった。
けれど、今 それを簡単に口に出していい筈はない。
本当に久しぶりに会えたのだ。
波風を立てたくない。
いつか、ずっと 二人でいられる様になった時こそ、
真実を話してやったほうが サンジのためだ、とゾロは思った。
多分、サニートも真実を知る時期ではないだろう。
その時期は、サニートを捨てた自分達が決められることではない。
「とにかく、ルフィ達も待ってる。行くぞ。」
これ以上、サニートとサンジを引き合わせていると何か 勘付くかもしれない。
そう思って、ゾロはその場から 立ち去ることをサンジとジュニアに促した。
「ビビに、宿で待ってるから、と伝えてくれ。」
ゾロは、背中ごしに 一方的な言い方でサニートにそう言うと
早々に、港を後にした。
その数日後。
麦わらの一味は、再び、それぞれの夢を乗せて、大海原へと
旅だった。
途中、オールブルーにある、レストランに立ち寄る予定で。
その船の船底に、緑の頭の密航者がいることに気が付くのは、その日の夜のことだった。
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