人の命など、この島の時間の流れの中に置けば、
瞬きするほどの儚い物だろう。



ゴーイングメリー号の見張り台で 人並みはずれた視力の狙撃手が
強風に吹き寄せられてくる一隻の船を発見した。

自分達の船よりもはるかに巨大だ。

「どっちにしろ、今は、厄介事はごめんよ。」
「あいつらに見つかる前に隠れましょう。」

ナミほどの敏腕の航海士がいればログがないこの島からでも、
天候と風向きを読み、正確に船を操舵すれば、
今、自分達が持っているログホースが示す航路に戻る事は難しい事ではない。

「チョッパー、ゾロ、さんじ君を探してきて。」

ナミは チョッパーの鼻先にシュッと新しく買った香水を振りかける。
「フヘっ!ナミ、何するんだ!」

「これをつけておくから、覚えておいて。匂いで私達の居場所が判るでしょ。」
迷惑そうなチョッパーの顔をナミは 悪びれずに見返した。

その指示どおり、ゾロとチョッパーは船を降り、森の中へサンジの
匂いを探りながら足を踏み入れる。



「なんだ、お前ら。」



チョッパーとゾロがサンジを見つける前に、その巨大な船は
島に着岸した。
大勢の火器や斧などを持った男達が 物騒な気配を放ちながら
森に侵入したのと サンジとピノは鉢合わせする。

「なんだ、それは」
「俺の質問に答えろよ、オッサン。」

サンジの後に隠れているピノを サンジの体の幅も高さも倍は
ありそうな いかにも武人、と言った風の男が指差した。
それに対して、サンジは 微塵も臆せず、却って 不遜な態度をとった。

トレジャーハンターか、しかし、この島には人がいなかった。
もし、いたとしてもそれは 数百年も過去の事だ。
宝が眠っているなどと言う噂の立ちようもないほど、人の世界から
切り離されている島で一体、何をしに来たのだろう。

「貴様はなんだ。」
「俺は海賊だ。」

「サンジ」は澱みなく答える。

ピノは、「サンジ」の体の向こうに見える、二本足の生き物達が持っている
自分と同じ「木」が握られ、その先に赤く、風に揺れている
ぞっとするような光が灯っているのを見た。

「我々はある国の命で 不老長寿の木を探しているのだ。」


それを聞いて、「サンジ」は 一瞬、呆気に取られたような顔をしたが、
次に大口を明けて笑った。

「そんなもん、夢物語だろ。」

それを聞いて、男の目の上の毛が釣りあがる。
「海賊風情に我々の夢を笑う権利はない。」

そう言われて、「サンジ」は笑うのを止めた。
「そりゃ、悪かったな・・・で、この島にはそれがありそうか。」

男は答える。
「あった。」
「だが、これを我々の王に差し出すわけにはいかん。」

「お前も、冥土の土産によく見て置けよ。」

男は、自分の太い腕を自分の剣で一筋、傷をつけた。
そして、そこへ ピノと同じ色、同じ肌合いの木の皮を擦りつける。

すると。

サンジは 男の不気味な脅しなど一向に気にもしない様子で
男の無骨な腕を眺めている。
はっきりと皮を切り裂き、薄く肉を削いだ傷がない。

まるで、手品のようだった。

「もし、この木を持ちかえれば、王はこの樹木のように長生きし、
圧制を敷きつづけ、我々国民は何世代にも渡って苦しめられる。」

見つけなければ国には帰れない。
けれど、帰れば ヒトの寿命をはるかに越えた時間を
暴君に与える事になる。

「不老長寿の樹など、人が知っていい存在ではない。」
「まして、邪な人間が知れば、大変な事になるだろう。」

善人面した理屈だ、とサンジは吐き捨てるように言った。
そう思うなら、自分たちが沈黙していればいい事だ。

「人は人として、人の時間で生きて行く事に価値があるのだ、違うか、若造。」

「だから、なんだ。」
「サンジ」は焦れて 男の真意を単刀直入に尋ねる。

「この森を燃やす。」


「それはあまりにも聖人めいた理屈だぜ、隊長」
男の背中から 不敵な声がした。
隊長、と呼ばれ、サンジと会話していた男がその声に振り向く。

静かな森に不似合いな 生臭い匂いが一瞬で立ち込めた。
生ぬるく、真っ赤な液体を吹き出しながら、信じがたいほどの大きな音を立てて
さっきまで 生きて喋っていた人間が地面に倒れて身動きしなくなった。

「長生きで来て、おまけにこれを売りさばけば宝の山だ。」
「それを燃やす?冗談じゃない。」

顎が尖った、線の細い男だった。
ピノは その男を見た時、しっぽを切っても平気で動いている、
ぬるりとした粘膜に覆われた小さな生き物を思い出した。

男が手を高高と上げる。
武装した男達が一斉に樹を切り倒し始めた。

「死にたくなきゃ、邪魔するなよ。」
「サンジ」に向かって、顎の細い男は威嚇するような眼差しを向ける。

樹木達が慄き、叫ぶ声がピノには聞こえた。

「ふざけんな。」

森を守る為ではない。
ただ、人に頭ごなしに見下された態度をとられた、それにサンジは腹が立ったのだ。

そして、同じ人間として、あまりに卑しい男の目論みを黙ってみている訳には
行かなかった。

サンジは その細顎の男の体に躊躇いなく 足を振り上げた。
その蹴りが男の体に届く一瞬まえ、男の指から爆発音がした。

「タマタマの実・・・って知ってるか?」

「体から鉄の弾を弾き出せるのさ。」
「って、もう 聞こえてないか。」


ピノの目の前で、「サンジ」は胸に穴を明けられ、動かなくなった。

「じゃましやがって」

苦々しげに言う男の声をピノは 必至でサンジの体を引き摺り
走り出す背中で聞いた。


ピノの体がむくむくと大きくなる。
チョッパーの変化と全く同じだ。

男達から遠く離れた場所で、
本来の樹の姿に変化し、サンジの胸に穿った穴へ自分の体の一部である、
蔓を突っ込んだ。

それは ピノの本能的な行動だった。

ピノの樹液がサンジの体の中に流れ込んで行く。
どうか、枯れないで。

死ぬ、と言う概念を知らないピノは そう願いながら自分の樹液を
必至でサンジに注いで行く。



樹を切り倒していた男達は それから 2時間と経たない内に
全て、地面に切伏せられていた。
あの「タマタマの実」の男も 喉元を真一文字に切り裂かれ、絶命している。


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