「邪魔しようとしたから 殺した。」
金髪で、黒いスーツの男を知らないか、と尋ねたゾロに
「タマタマの実の男」は 不用意に答えた。
その報復は チョッパーが止める間もないほどだった。
匂いを嗅ぎ、その居所を突き止めた時、二人は息を飲んだ。
まるで樹に絡めとられて身動き出来なくされているようにしか
見えない。
サンジの心臓には 樹の蔓が何本も入り込んでいる。
両手どころか、体全身、樹の枝に巻きつかれていた。
「ゾロ。」
うっすらと瞼を持ち上げて 意識がある事をゾロに伝える。
その声は今にも消えそうだった。
心臓を撃ち抜かれ、死んでいなければ不自然な状態で生きているのは、
ピノが樹液を自分の体に送りこんでくれているからだと サンジは
判っていた。
だが、ピノから離れたらその瞬間、死ぬだろう事もサンジは知っている。
繋がっていれば、ピノの寿命、この森の荘厳な樹木達と同じくらいの
時を生きていける事も、樹液の中に沁みこんだ
ピノの言葉で教えられた。
けれど、
そんな生き方に 意味など見出せない。
「樹・・・切ってくれ。」
俺を自由にしてくれ、とサンジはゾロに乞う。
サンジの胸に穴を明け、そこから血を吸い上げているように
見える光景に ゾロは少なからず、動転した。
「すぐ、切り払ってやる!」ゾロは刀をためらいなく抜いた。
そうはさせまい、とピノの幹はいよいよ、サンジの体をきつく締め上げ、
ゾロから守ろうと 防御を固くする。
骨が軋み、サンジが呻き声を上げても、「枯れてしまう」事を回避するには
この方法しかない。
が。
「ダメだ、ゾロ!」
人型に変化したチョッパーがゾロを大声で止める。
「なんでだ!」
「早くしないと樹に縊り殺されちまう!」ゾロは血相を変えて反論するが、
チョッパーは強い眼差しだけでゾロの動きを止める。
そして、サンジの側に近づく。
胸元の傷をみ、顔色を蒼ざめさせた。
どうして、心臓に穴が開いているのに、生きているんだ。
きっと、何かあるんだ。
「この樹がサンジを生かそうとしてる。」それしか、考えられないと
チョッパーは サンジを抱いている樹を見上げた。
樹の姿に戻ったピノは、喋れるけれど、言葉を知らない。
けれど、サンジと交わした僅かな会話で学んだ知識を必死に繰り、
チョッパーに助けを求めた。
「ピノから離れたら サンジは枯れる。」
「サンジを助けたい。」
「サンジ、樹じゃない。人だから、」
「人として 助けたい。」
チョッパーはランブルボールを口に投げこむ。
体は最も早く動ける、脚力強化(ウオークポイント)に変化していた。
「すぐに医療道具を取ってくるよ!ゾロ、サンジを見ててくれ!」
そう叫ぶや否や、森の中へ駈けて行った。
「てめえ、判ってて俺に樹を切れって言ったのか。」
樹から切り離せば死ぬって判ってて、なんでそんな事を俺に言う。
ゾロは胸から繋がった蔦だけを残して サンジの体を解いたピノから
その冷たい体を受け取った。
「こんなところでクソ長い時間、一人きりで生きて行く根性がねえんだよ、」
「そんな寂しい思いするならいっそ。」
ピノの樹液のせいか、痛みも感じなかった。
ただ、気だるい眠気に引き摺りこまれるような気分になっていただけ。
その眠りに飲みこまれて、「サンジ」と言う人間の時間を終らせてもいい、
それが ゾロの手に寄って 終焉を迎えられるのなら、
いっそ、幸せだとさえ思った。
切れ切れに言うサンジの言葉をゾロは 唇を噛み締めて聞いていた。
もしも、知らずに樹を切っていたら。
サンジ命の火を自分の手で完全に消し去っていたところだった。
それを考えると 体に震えが走った。
チョッパーだけでなく、麦わらの一味はすぐに
サンジの所へ駈けつけてきた。
ピノは樹液を注ぎこみつつ、自分の体が徐々に枯れて行くのを感じた。
自分の体の中の樹液だけでは サンジを人として治癒するのには
樹液が足りない。
チョッパーがサンジの胸を切り開き、一番深い場所の穴から塞いで行く。
普通なら死んだ人間の開胸手術か、心臓外科の卵が
腕を磨く為に死体の心臓で練習するような
生きている人間にする手法では到底ないのだが、
ピノの樹液のおかげでサンジの命は途切れない。
「日がくれるわ。」
ナミが不安そうに空を見上げた。
今でも、チョッパーの手元をルフィとゾロが交互に明るすぎるほどの
光を当てている。
ナミとウソップはチョッパーの助手だ。
手元を照らすランプの脂も残り少なくなってきて、
これ以上、手術できないほどの暗さになっていた。
そばの樹にもたれ、休憩していたウソップの鼻にポタリと上から樹液が落ちてくる。
ピノの種を生み出した樹の幹から 樹液が滲み出していた。
それを皮きりに、周りの樹木から次々と樹液が溢れだし、
ナミはそれで布を湿らせ、絞った樹液をサンジの口に流し込む。
心臓が自力で動き始めるのを確認して、チョッパーが
サンジの開いた胸を閉じようとした時、強風が吹いた。
「ランプが!」
患部を照らしていたランプの明かりが吹き消され、
周りは 真っ赤な夕焼けの色に包まれ、サンジの傷を縫合する事が出来ない。
その時だった。
バリバリと音を立てて、ピノの体が真っ二つに割れた。
乾ききったその樹は まるで、燃やしてくれ、と言わんばかりに
ルフィの目の前に倒れてくる。
「おめえ、そんなにサンジが好きか。」
もう、何も話さないピノにルフィは 瞳を僅かに濡らして
それでも 幼い子供に話し掛けるような 無邪気な声で尋ねる。
手術の間、ピノと僅かに言葉を交わしていたルフィは
そっと 乾いた樹皮を撫でた。
「サンジ」の中にピノは生きているから、大丈夫。
頬にピノの樹皮を押しつけたら、そんな声が聞こえたような気がした。
「この島の事は、海図には書かないわ。」
碇を上げ、地上で最も美しい島だろう、その場所を離れる時に
ナミは呟いた。
言葉を知る、たった1本の樹は枯れた。
あの島で聞こえる音は、樹木を渡る風と、言葉を持たない生き物の鳴き声だけ。
人と樹が分かり合える音を奏でた 優しい樹の命は
ゴーイングメリー号のコックの体に流れているだけ。
音のない森は そんな出来事さえ、誰に語る事もなく、
長く、穏やかな時間を刻みつづけて行く。
(終り)