タキさん。元気にしていますか。
いつも、気にしていた訳じゃないけど、無性にタキさんと話がしたくなって、
でも、多分、それもそう簡単には出来そうにないので、こうして手紙を書いています。

僕は、あと一時間ほどしたら、頭の中を開く手術を受ける事になっています。
頭の中に血の瘤が出来て、それが目の神経を圧迫していて、こんな汚い字でしか、もう手紙も書けません。放っておけば、いつその血の瘤が破裂するか知れないし、助かるかどうかわからないけど、とにかく手術をする事になりました。
タキさんに手紙を出すのも、もしかすると、これが最初で最後になるかも知れません。

僕と言う人間が生まれて、確かに生きていたと言う証を残す為に、それと、僕が生きて来た時間を、僕自身が振り返ってみる為に、少し、僕の小さい頃の話をしたいと思います。
思えば、僕らは結婚までしたのに、そんな話さえ一度もした事がなかったですね。

僕は、賞金稼ぎの家族の中で育ちました。家族と言っても、誰一人血は繋がっていません。
海兵を辞めた者、海賊が憎い者、そんな人たちが集まって、仮初めに、家族の様な繋がりを持った集団です。僕が、「ミルク」と言う名を自称するのも、船着場に捨てられていた赤ん坊の僕を拾って、育ててくれた元海兵の頭領が、そう呼ばれていたからです。
組織の裏切りにあい、僕を育てれくれたその頭領も、兄弟として育った仲間も全部、殺されました。僕は、彼らに奴隷として売られて、胸を病み、もう少しで死ぬところでした。
そんな時、僕は、一人の海賊に助けられました。その人のお陰で、親の仇を討つ事も出来ました。

その人は、海賊だったけれど、いつも真っ直ぐに前だけを見て、何事にも揺るがない強さと、海の様に深い優しさと、労わりを同時に持っている人でした。
ただ、命を助けてくれたと言うだけでなく、どんなに辛くても、命ある限りは、決して生きる事を諦めてはいけない、それほどに人の命はかけがえのないモノだと、僕に教えてくれた人でした。

僕は、その人に憧れ、その人が、生きていろ、と言ってくれる限りは絶対に生き抜こうと思いました。言い換えれば、その人の為に僕は、生きなきゃならないと思っていました。

例え、いつも戦地に身を置いていても、生きてさえいれば、夢も見られる。
叶わないと思っていても、いつか、僕みたいな、心のどこかが壊れたままの人間でも、自分の子供を抱いて、平和に暮らせる日が来るかも知れない。
そう思えたのも、「生きていろ」と言ってくれた人がいたからでした。

そんな人を、僕はその人が僕の命を助けてくれた時から、好きになっていました。
いや、好きになっていた、と言うよりも、見捨てられたくない、嫌われたくない、蔑まれたくない、と思ったのが最初だったかも知れません。
男の僕が、男性で、しかも海賊である彼を愛してしまう様になったのは、きっと、そんな気持ちが成長し過ぎた所為でしょう。

出会ってから、もう随分経つけれど、その人の持つ輝きは、何年経っても色褪せる事はありませんでした。その人は、たくさんの困難を乗り越えて、自分の夢を叶え、そしてその夢を守ってしっかりと自分の人生を自分の足で立ち、歩いている。
誰か一人を真剣に愛する事も、その人なりのやり方で貫いている。

僕は、その人の前に立つ時、どんな時でも恥じないでいられる、臆さずに堂々としていられる自分でいたいと思っていました。
そして、いつでも、彼に微笑んで貰える自分でいたい。その人と並んでも見劣りせず、愛していると誇りを持っていえる自分でいたい。それを信念として生きて来たような気がします。

こうやって、自分の気持ちを書き出して見ると、たくさんの時間に散らばった思い出の一つ一つが繋がっていきます。
何故、僕は、ずっと長い間、これほどその人にこだわっていたのか。それが少しづつわかって来た気がします。

僕にとってその人は、時に厳しい兄であり、時に優しい姉の様でもあり、
どんなに痛くて辛い怪我をしても、そこへ帰れば、また歩き出せる、故郷の様でもありました。
やっと、心を通わせる事が出来た仲間を亡くした時も、僕は、その人の前でなら、不思議と存分に泣く事が出来ました。それも当然です。
僕は、故郷に帰り、優しい家族の前で、ただ、誰にも見せない弱みを晒しただけだったのですから……。

家族の温かさを知らない僕は、その人に憧れる以外、どうやって人を愛すればいいのかがわからなかった。その人を愛している、といつも自分に言い聞かせている事で、生きている事を実感したかった。
そうしていなければ、何が正しくて何が間違っているかにいつも迷い、自分の生きている意味も、価値も見出せずに、いつでも自分の命を投げ出してしまいそうで……、こんな風に悔いなく死ねる人生を送る事は、絶対に出来なかったでしょう。

その人に出会って、僕は幸せでした。
いつか、その人の心から僕がいなくなったとしても、その時、その人の心がたくさんの幸せで一杯だったなら、僕はそれでいいとすら思います。

悔いがあるとすれば、最期に一目会いたいと思い、会いに行ってしまったばかりに、
その人に悲しい想いをさせてしまった事だけ。

その人が幸せでいてくれるなら、僕はそれだけで良かった。
ただ、側にいて、想うだけで幸せだった。
だけど、その人は、愛情は与え、与えられるモノだと思っていて、僕は何も求めてはいないのに、僕が側にいるだけで、その人は、僕に愛を与えられないと、苦しみを抱いてしまう。

与えられない苦しさなんて…僕には、理解出来ないけれど、タキさんなら理解出来るでしょうか?

その人に励まされた事も、慰められた事も、麻酔から醒めた時、命が助かったとしても、もしかしたら僕は忘れているかも知れない。
それなら、いっそ、何の苦しみもなくその人を忘れる事が出来るけれど、
それから先、僕は今までどおりに、生きていけるだろうか。

その生まれ変わったまっさらの僕は、…本当に僕なんだろうか。

僕が僕でなくなってしまうのなら、いっそ手術なんて受けずに死んでしまいたかった。
けれど、サンジさんは…その人は僕に生きろと、また言ってくれました。

笑っていて欲しい、幸せでいて欲しいと願っているのに、矛盾しているけど、サンジさんが僕の為に涙を流してくれると、僕は心が震えるくらい、嬉しかった。

僕を愛しむ悲しい瞳からこぼれる涙を見た時、僕の想いも人生も全部、報われたと思いました。
でも、これ以上、サンジさんを悲しませたくない。涙を流してほしくない。
そう思うから、だから、僕は生きる事に賭けました。

そして、目が覚めたら、僕は、生まれ変わった僕になる。
そう決心しました。どんな形にせよ、新しい僕として生きて行こうと思います。

サンジさんと過ごした日々は、僕の人生にとって、とても短かい時間でしかなかったけれど、ともすれば、気持ちが荒み、人らしさを忘れてしまいそうな戦場でしか生きられない僕の心を、いつでもその想い出は、優しく僕を包んでくれていました。

例え、明日からはもう決して会う事がなくなったとしても、僕にとってそれは、その事実はかわらない。
それを忘れてしまう事は、死ぬよりも僕には辛い事だけれど…。

タキさんが、この手紙を読む事はないでしょうけれど、目の前にタキさんがいて、
黙って僕の話を聞いてくれている様な気持ちで、書いていました。
全くの独り善がりだけれど、…これで、本当に何もかも気持ちの整理がつきました。

これで、思い残す事はありません。先に逝った、仲間達のところへ行くのか、
それとも、新しい世界で生きて行くのか、…どちらかわからないけれど、いつか、
タキさんともまた会える日が来たらいいなと心から思います。

その日までさようなら。
僕の独り言を最後まで聞いてくれて、ありがとう。



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