「大剣豪なら、あの山の中の一軒家に住んでるけど、物乞いの乞食だよ。」


(・・・信じられねえ.)
ゾロはそんな思いを抱いて、教えられた山を登る。

やはり、前を歩いているのはサンジだった。

ミホークに挑み、その後も生きつづけているのだから 自分のように
腕は確かなはずだ。

道場を開くとか、賞金稼ぎをするとか、その腕を生かすことのできる生業が
あるのに、何故 物乞いの乞食なのか。

ゾロはその答えを知る事に 僅かなためらいがあった。

「あれだな。」


サンジの呟きにその視線の先を自分の視線でも辿った。

人が住んでいるとは 俄に信じがたいあばら家だった。

長い雨風に晒された屋根は、無残なほどに穴が開き、土で練ってある壁も その骨組みの木が覗くほどに剥げ落ち、庭だっただろう場所は草が生え放題である。


サンジは、戸惑いなく真っ直ぐにそこへ歩いていく。

その背中に引き摺られるようにゾロも足を進めた。


門構えらしいものもあるにはあるが、すでにその役割を果たす原形さえ留めていない。

二人は、全く遠慮などせず、ずかずかとその敷地に足を踏み入れた。



「ここに何か用か。」


二人の背後で声がした。
その瞬間、二人の肌に寒気がするほどの殺気を感じ、左右に飛びずさった。


・・・人の気配など感じなかったのだ。


ゾロもサンジも、自分達がその男の前を通り過ぎていた事さえ、
全く気がついていなかったのだ。

男は庭の石に腰掛けていた。

「あんたが 鷹の目を知る男かい?」
ゾロよりも、サンジの方が先に声をかけた。

「・・・お前は剣士ではないな。」
男が瞑目したまま、サンジにそう言った。

「お前の体の中に武器が見える。」

それを聞いてサンジが絶句した。

「足の運びと呼吸から見て・・・・そうだな、武器は足か。それも、滅法強い。」

ゾロは息を飲んだ。

思ったとおりだ。
鷹の目に挑むような男は こうあるべきなのだ。
ゾロは、張り詰めていた気が落ち着いてくるのを感じた。

男の年恰好は、おそらく サンジの養父、ゼフと同年代だろう。

「俺は、あんたに聞きたいことがあってここに来た。」

ゾロの声を聞いて、男は目を閉じたまま薄く笑った。

「・・・化け物剣士が私に何を問う。」

「あんたと鷹の目の間に何があった。教えてくれ。」


男は無言でゾロに手を差し出す。

何も言われなくても、ゾロは 「鬼徹」を抜いて、その男に握らせた。

「これは、ものすごい業物だな。しかも、妖刀か。」
男はやはり 小さく 一見 人の良さそうな声で笑った。

そして、庭石に腰掛けたまま、おもむろに 側の倒れている 石でできた大きな
明かりを灯す為に設えられた 彫刻に 音もなく その刃を沿わせた。

ゾロとサンジの目がそこに釘付けになる。

まるで、良く磨がれている包丁で 柔らかな物を切るように 静かに
その彫刻は分割された。

「・・・・と、これくらいは今でも造作のないことだ.」

「お前も、これくらいは出来るだろう。」


鷹の目が、まだ ただの「ミホーク」と呼ばれていた頃。
私は 自惚れでなく、世界の頂点にあった。


男は静かに語り始めた。


ミホークがちょうど、お前さんくらいの歳だったよ。

あいつは、俺を倒す為に、そのためだけに 相当な鍛錬を積んでいたのだろう。
どんな風に刃を交えたかと言うのは、言えないな。
それは、俺が冥土の土産にもって行ける、たった一つの誇りだからだ。


あいつは、凄まじく強かった。

俺は 負けた。

世界一の剣豪の名は、その日から 「ミホーク」のものとなったのだ。


「鷹の目」の名を、俺はあいつに奪われたのだ。


男が目を初めて開いた。

焦点の定まらない、何も映さないその白濁した瞳をみて、
かつてこの男も 「鷹の目」だった事を二人は知る。


その時に負った傷で 俺は血を流しすぎ、目を潰した。

盲した俺には 復讐など 出来るはずがない。

「敗北ゆえ」と嘲笑われることに耐えれれず、自分の命を絶つことも出来なかった。


「・・・お前は、ロロノア・ゾロだな。」

男はゾロの名を口にした。

「鷹の目を倒すと目されている唯一の剣士だと聞いている。」

「俺が何故、こんな生き方をしているか、ロロノア、お前はわかるか。」

突然の男の問いにゾロは戸惑った。

もしも、自分なら。
死んだ後にどんなに笑われても自分の知るところではない。
おそらく、なんの戸惑いもなく 自分の命を絶つだろう。

だから、今 この男が未だに 生きている理由など ゾロには思い付かなかった。

「もう一人のロロノアよ。お前はわかるか。」
「俺・・・・?」

男はサンジに「もう一人のロロノア」と言った。

「・・・・俺がもう一人のロロノア?」


「お前達の魂の形はそっくりだ。別のものだとは信じがたいほどに。」
「気に食わない呼び方だと思ったら謝る。」

サンジを「もう一人のロロノア」と呼んだ男の言葉にゾロは 胸が震えた。

サンジの表情を盗み見た。
やはり、動揺を隠せないようで、すぐにゾロの視線に気がつき、
何気ない表情を咄嗟に取り繕い、視線を逸らした。

「あんたは、自分の名前を継いでくれる人間が出てくるのを見届けたいんだろ。」

サンジは、平静を装いながら 自分なりの答えを口にする。

「鷹の目」は、世界一の剣豪にこそ、相応しい呼び名だと思う。
「赫足」という称号を誰にも汚して欲しくない、と願っているサンジだからこそ出せた答えだ。



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