「あんたは、自分の名前を継いでくれる人間が出てくるのを見届けたいんだろ。」

男は黙って 頷いた。

「・・・あんたの望みは叶えられないぜ。」
サンジが溜息混じりにそう言った。

「こいつの目的はそこにねえからな。」

「わかっている.自分で名乗らなくとも、必ず後から誰かがそう呼ぶ筈だ。」
男はサンジの言葉にも微塵の動揺も見せなかった。

「ミホーク」が倒した「鷹の目」を目前にして、ゾロは戦慄していた。

なぜ、こうも潔くいられるのだろう。
敗北して尚、誰に恥じることなく その道を見据えて生きている。
今の自分にはとても できそうにない生き方だった。

人に物乞いの乞食と蔑まれているのに、この男からは 生き方を卑下する気配は
全く感じない。

「あんたは、それだけのために生きているのか。」


「生かされているんだ、と気がついた。」ゾロの問いに男は静かに答えた。

「どうしてそんな気になったかはもう忘れたが。」と男はまた笑う。

「見るべき物を見て、知るべきものを知り、全てが終るまでは天命に従うまでだ。」


「俺は、お前が 鷹の目のミホークを倒す日までは生きている。」
そういって、見えていないはずの男の目に力が篭り、ゾロの方へとそれは放たれた。


断言した男の言葉をゾロは 胸に刻みこむ。

「あんたの目の前に、鷹の目の血の杯を置いてやるよ。」
ゾロのその言葉に男は 
「それを死水にしてくれたら 尚 いい。」と笑って答えた。



二人は、休むことなく 帰路を急いでいた。

「あの男に会えてよかった。」
ゾロは、一人ごとのような言葉をサンジに聞こえるように呟いた。

「俺は、不愉快だ。」
サンジが憮然と答える.

行きと違い、二人は並んで歩いていた。

「お前と一緒にされるなんて、冗談じゃねえ。」

名前なんか、どうでもいい。
魂の形が一緒だと言われて 本当は サンジもゾロと同様に嬉しかった。
だが、それを素直に喜ぶ事は 面映い。

「俺も、お前がもう一人の俺だなんて言われて嬉しいわけねえだろ。」と
ゾロもいい返す。



「お前は、ミホークがあの男を殺さなかったのと同じでやっぱり
ミホークを生かしておくのか。」

ゾロが斬られる所を目の当たりにしているのに、今のサンジにはゾロの敗北など
想像もつかないことだった。
ふと、浮かんだ疑問を何気なく口にする。

「お前、一体何聞いてたんだ。俺は、あの男の前に鷹の目の血の杯を置いてやるって
言ったのを聞いてなかったのか。」
とサンジの過失を責めるように ゾロは眉を寄せて答えた。


「そう言えば、そんな約束をしてたな。」とサンジは呟いた。


「だったら、いつか 必ずここに来るんだな。」


そういって、サンジは視線を景色に移し、足を止めた。

「この季節に来るかどうかは知れねえが。」ゾロもそのすぐ側に並んで立ち止まった。

「来るんだったら、この季節がいいな。」
サンジの髪が やはり 風に撫でられて優しく踊る。

その時も、必ず お前は俺の隣にいろよ。

ゾロは心の中でサンジに話しかける。

「おい。」

「あ?」
声をかけられたサンジが当たり前のように ゾロの方へ顔を向ける。

「こっち向かなくていい。」
顔を見れば 言えなくなる。ゾロは、今 胸の中にある感情をうまく言葉にして言えるかどうかわからないが どうしても サンジに伝えたいことがあった。

「なんだよ、声かけといて。」
咥えた煙草を不満げに歪ませた唇で支えながらまだ自分の方を向いているサンジに、

「黙って向こう向いてろ。」とゾロは憮然と言い放つ。

「・・・・変な奴。」サンジは半ば呆れつつ、ゾロの言うとおりに視線をまた
景色の中へと漂わせた。

「黙ってろ。いいな。」
「何も言い返すな。」
茶化されたり、混ぜ返されたりすると どうしていいのかわからなくなりそうで、
ゾロは サンジが反抗心を起して当然なほど 威圧的な態度だと自覚していても、
そういう言葉で黙らせるしか 手段を知らない。

「うるせえな、なんだよ。」サンジがまだ 小さな声で反抗した。

「黙れ。」怒りを仄かに含ませるようなゾロの声にサンジの口が閉ざされる。

別に怖いとは 塵ほども思っていない。
これほど、自分を黙らせてまで 何か言いたい事があるのだろう、とサンジは察したのだ。


「お前がもう一人の俺だっていわれて、俺は嬉しかった。」

「お前がどう思おうと、俺は嬉しかった。」

「何も迷わずに、ずっと俺の側にいろ。」

「俺は、絶対何があっても迷わねえから、お前も迷うな。」


「俺達は、同じ物なんだから。」



(・・・・何いってんだ、こいつは.)
唐突すぎるゾロの言葉を聞いて、サンジの全身に歓喜の震えが走った。

黙ってろ、向こうを向いてろ、なんて言うから 顔も見れないし、
返事も出来ねえだろうが。

サンジの小さな呟きがゾロの耳に入った。



サンジの視線に自分のそれを沿わせる。
サンジは、あぜ道に咲く、夥しいほどの真紅の華を見ていた。


「血の色の華だ。」


黙れ、と言われてから初めてはっきり出した声でサンジはそう言った。

「あの華をもう一度、お前と見たい。」
独り言のようにそういって、サンジは歩き出した。

それが、ゾロの言葉に対するサンジの答えだった。


血の色の華だけれど、目が離せないほど美しい。
二人はその華が咲く この村を再び訪れる事を信じて 歩いていく。


この村に来る時は、サンジがひたすら前を向いて歩いていた。

ゾロはその背中だけを見ていた。


今、その道を並んで歩いている。
同じ歩調で、同じ速度で。
その方がずっと、楽しく 自然だと二人ともがそう思った。


「鷹の目」だった男がいる村では、二人の再来を祈るように曼珠朱華が風に揺れている。


(終り)