「曼珠朱華」


この島国の主食である穀物の畑の際に その紅がいっそ毒々しいほどの
華が咲き乱れている。

「秋」という感覚を覚える涼やかな風が渡るその畑の上を その華の色を映したような
華やか色のトンボが無数に飛び交っていた。

傍らの男の頭と同じ色の穀物の穂が風に揺れている。


鷹の目を知る男がこの村にいるという。


ログが示したこの島国で その噂を聞いた。

ゾロはその男に会いに行くのにサンジを伴った。

自分の夢の片棒を担がせているのだ、サンジには嫌も応も言わせなかった。

「明日、ちょっと付合え。」

鷹の目を知る男の話しをウソップが町で聞いてきた。
夕食の席でその話しを聞いてから、後片付けをしていたサンジの背中にそう声をかけた。

「わかった。」振り向きもせず、サンジも短い言葉で了承する。

それだけで、サンジはゾロの目的を理解したのだった。


港を出てから 徒歩でまる2日の行程だ。

二人だけの旅だというのに、ゾロの顔は厳しいままだった。

サンジも、別にそんなゾロの事など構わず、目的地など
ゾロは何も言っていないのに、鷹の目を知る男がいるという
村への道のりを先に立ってどんどん歩いていく。

言葉など殆ど交わさない。サンジは一度も振り向かない。

夜通し歩く。

月明かりの下、自分の表情など一切見ようともしないサンジの
背中を見てゾロは歩いている。 


「おい。」

ゾロの方からサンジへ声をかける。


「お前、目的地わかってんだろうな。」


一応、確認のつもりだった。
先に立って歩いているし、自分も目的地もそこへいく理由も
サンジに話していなかったから、ふと 確認したくなっただけだった。

ゾロは、サンジが「わかった。」と答えた時点でサンジが
自分の考えている事を全て判ってくれる筈だ、と信用しきったのだ。

別にそれを疑ったわけではない。

「・・・・お前、俺のことまだナメてんのか。」
前を向いたまま、サンジが答えてくる。

「・・・悪かった。」
ゾロはそれだけ言うと 胸が熱くなった。

背中を向けられている所為でサンジの顔は見れないが、きっと
今の自分の言葉で気を悪くしただろう。

だが、今日はそれ以上 何も言ってこない。

いつものような、ゾロが下らない言い合いをする気分になれないことを
サンジは知っているからだ。

そんな暇があるなら、一刻も早くその男に会いたいとゾロは思っている。
そして、何も言わなくても、サンジはそれを悟っている。


こんなに自分が 今何をして欲しいのかを わかってくれる人間は
そういない。

(・・・お前がいてくれて良かった。)
口には出さず、その背中に眼差しだけで感謝する。


「休まなくて大丈夫か。」
一度も足を止めずに二人は歩いて来た。
ゾロがもう一度そう声をかけると、また 不機嫌そうな声が煙りとともに
吐き出されてくる。

「・・・ナメんなっつってんだ。」


曼珠朱華が咲き乱れるこの美しい村へ辿りつく間、
二人が交わした会話はそれだけだった。



鷹の目の若い時代を知る男。

かつて、鷹の目と戦い 破れた男。

自分と同じ傷を持つその男に会うことは、ゾロにとって 必須な事だった。

だが。

鷹の目に敗れたと言う男のその後の人生を見るのには 勇気が必要だった。

何故、その男は自分のように再び 挑む事を諦めたのか。
それを聞きたかった。

詳しい事は何も判らない
ただ、彼が戦ったのは 数十年も前の話しで まだ 「七武海」という
特別な海賊が存在していなかった頃の話らしい、と言うことしか聞いていなかった。


「ゾロ.」


その村に入って、サンジが初めてゾロの名を呼び、振りかえった。

「お前は俺にどうして欲しい。」

言葉の内容はゾロへ問い掛けている。
だが、その口調は なにかをただ 確認するような、事務的なものだった。


「・・・一緒に来い。」

普段なら、「何偉そうに言ってんだ、てめえ!!」とつっかかってくるだろうが、
やはり ゾロのその横柄なもの言いにも 何の不満も言わない。


サンジが道行く人にその男の所在を尋ねた。

「鷹の目と戦った男?」
「大剣豪の事かなあ・・・?」村人はそういって首を捻った。

ここは山里だ。
「鷹の目のミホーク」がいかに 無敵の「七武海」であろうと、
海賊にも 剣の道にも疎ければ 知らなくて当然だった。


「大剣豪なら、あの山の中の一軒家に住んでるけど、物乞いの乞食だよ。」


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