「これ以上、ここにいたら騒ぎが大きくなるだけだから、もう行く。」

サンジは、一応、コビーに対して慰めらしき言葉をかけてすぐに
立ち上がった。
何気なく、スカートが雪にまみれていたので、それを手で払い落とす。
コビーが顔を真っ赤にして、視線を逸らした。

「見えたか?」とサンジはつい、悪戯心を起こして
あらぬ方向へ視線を向けているコビーに笑いかける。

「い、いえ。」とコビーはしどろもどろ答える。

サンジは、小さく笑って「じゃあ、夜になったら逃げろよ。・・・。」
「いや、逃げてね。」と言い直してその倉庫を出た。

さて。
コビーをからかうのはどうにも 後になって良心が痛むのだが、
(ま、初恋ってのはほろ苦いもんだからな。)となんだか良く判らない理屈で
自分を納得させ、ワポルのいる部屋へと戻った。

その数時間期、ウソップが客として歓楽街として営業している建物に潜入した。
もちろん、くれはを指名する。

くれはがどう言う客を相手にしているかまでは チョッパーもゾロも
判らなかったから、ウソップは別段なんの
心の準備もせず、くれはの部屋へと案内される。

ゾロなど、初めての客で、二回もくれはを指名したのだから、マゾっ気のある客だと思われていることだろう。
当然、ウソップも「マゾの客」と言う目で見られている。
本人は全く気がついていないのが幸いだ。

「女王様とお呼びっ・・・なんだい、お前さんか。」

ウソップが部屋に入った途端、鼻先すれすれにしなる鞭が飛んできた。

「あ、あんた、なんつ〜かっこしてんだ。」
ウソップが呆れ、且つ、少し怯えながら くれはの女王様ルックに
目が釘漬けになる。

「なんだい、外の連中からの連絡かい。」

衛兵の対処と、この建物から女性達を逃がす、その方法をウソップはくれはに話した。
が、話ながらどこを見ていいのか判らず、顔を背けたまま、喋る。

「人と喋る時は、顔を見るもんだよっ」ときつく言われても、見ているウソップが恥かしくなるような格好だし、
中身は139歳のくれはだと思うと、その姿を見て、反応してしまう体が情けない。

「で、おまえさんは逃げ道を覚えに来たって訳だね。」
ウソップはくれはの顔ではなく、部屋の壁を見つめながら頷いた。

「俺達が女達を逃がし始めたら、きっと衛兵達が騒ぎ出すだろ。」
「そのタイミングでルフィとゾロが飛びこんでくる。」

「衛兵をワポルの側から引き離して、そこへあんたらの警備隊がワポルを拘束するんだ。」
サンジがどれだけワポルを自由自在に操っているかが、重大な鍵となる。

ルフィとゾロが直接ワポルを取り押さえればそれが一番手っ取り早いのだが、
実際、ワポルを逮捕するのは、そのドサクサに紛れて世界政府の軍隊を引き入れる算段なので、
ドラム王国が 世界政府から使命手配されている極悪人の手を借りて
クーデターを起こしたとなれば、
ドルトンを支配者として認定してはくれないだろうし、世界政府から除名される可能性もある。
だから、ワポルを取り押さえるのはあくまで この国の国民でなければならない。

だから、武力の低い、くれは達の組織がワポルを取り押さえるには、
ワポルが大人しければ大人しいほど好都合、と言う訳だ。

「言っておくが女たちは営業中、みんなこんな格好だよ。」
「しかも、薬を使われてる。」
「簡単に、一斉に逃げると言うわけにはいかないんだよ。」
「なにか、考えでもあるのかい。」

くれはの言葉にウソップは大きく頷く。

「営業が出来ないようにすればいいんだろ。」
「ちょっとだけ、寒いのを我慢してくれれば大丈夫だ。」

その夜、まず、ボイラーがいきなり 故障した。

建物の暖房を全て ボイラーで賄っている為、
建物の中は外と大差ないほど冷えきって、とても 客を迎えられる状態ではなくなり、
急遽、翌日はその修理が終るまで休業する事になった。

ヘルメッポがウソップをボイラー室へ潜入させ、細工を施したのだ。


ボイラーが壊れた頃、コビーは倉庫を抜け出し、闇に乗じて西の館を後にする。

早ければ、翌日の夕方には悪魔の実の能力者を捕縛するための装備と人数を整えた艦隊が
ドラムにつく筈だ。

もしも、この1件が片付けは コビーも、ヘルメッポも確実に昇進できる。

が。

ドラムに来ることは二度とないだろう。
海軍はこの広い海に海賊がいる以上、どこまでも海賊を追う。
どこに配属されるか判らないし、どこで命を落とすかわからない。

もう、二度とドラムに来ない、と言うことは、二度とカールには会えない、と言う事だ。

海軍の将校になる、と言う夢があるから、こんなところで立ち止まれない。
勇気を教えてくれた親友と 例え敵同士になってもお互いの夢を追う、と約束した。
だから、辛いけれどカールの事は、忘れなければならない。
それを考えると胸がギュッと締め付けられる様に痛くて、一緒に鼻の奥も痛い。

けれど、そんなで事自分の任務遂行を躊躇うような、脆弱な男でもなかった。

これが終ったら、ちゃんと伝えよう、
君が好きだ。きっと、忘れない、と。

まさか、相手の中身が、年上の、しかも男の海賊だと知るよしもない。
滑稽だけれど、残酷で憐れな初恋だ。

一方、サンジの方はワポルと全く同じ方法でチェスとクロマーリモも自由に操っていた。

(すげえ薬だ、これ。)とその薬を分析したチョッパーに同じものを作ってくれと
頼んでみようか、などと考えながら、
ワポル達が彼らの金と貴金属などのありったけを巨大な袋に詰めているのを眺めていた。

相当な金額になるだろう、と思うとそれを渡した時のナミの顔を想像し、一人でニヤリとほくそ笑む。

(ナミさん、なんか俺にご褒美くれねえかな・・・。一晩、好きにしていいわ、サンジ君、)
(なんて、言ってくれたりして・・・。)と暢気な事を考えている。
けれど、その姿が小柄な少女だし、頭の中でそんな事を考えていても、口元がほころんで
柔らかな笑みを浮かべている様子をワポルが目ざとく見つけて、目じりを下げ、だらしなく弛んだ顔を
サンジに向けてくる。

「何が嬉しい、カール?」
「いいから、さっさと手を動かしてお宝全部、袋に詰めちまえ」

素っ気無く言われても、ワポルはカールが返事をした、
ただそれだけで嬉しくて堪らないらしい。

(ああ、この薬、あの腹巻に嗅がせて好き勝手やりてえ〜)とワポルや、クロマーリモ達の様子を見て、
サンジはこれ以上ないほど、本気で思った。

サンジには、外部からの連絡は入って来ない。
が、そろそろ、動きがあるだろうという勘が働いていた。

ワポル達を自由に操れるようになった今、サンジの仕事は9割、済んだ。
後は、海軍に捕まらず、ドサクサに紛れて今、集めさせた宝をかっさらって逃げるだけだ。

ドラムの国民や、この建物にさらわれてきた女たちが無理矢理働かされて、集められた宝だが、

本来なら、ドラム王国に全て返還すべき物だと思う。
けれど、
「俺達は正儀の味方じゃねえからな。」とサンジは降りしきる雪を見ながら呟いた。

欲しい物を強奪する。それが海賊だ。
海賊であるために、敢えて 汚名を被る。

奪った宝を人のいい船長がどう使うかはコックの知るところではない。

「ボイラーを修理しに来ました。」

鼻の長い男とやけに毛深い男が二人、朝っぱらからココアウィドーの娼婦の館へやって来た。

「誰がボイラー屋を呼んだんだ?」と店の警護をしている衛兵が訝しんだが、
「なんだ、呼ばれたから来たのに。壊れてないんだったら帰るぜ。」とあっさり帰ろうとする。

だが、ボイラーが直らないと営業も出来ないし、衛兵の宿舎も寒くて堪らない。

そこへ、あらかじめ打ち合わせしていたヘルメッポが現われ、
「おお、ボイラ―屋か、俺が呼んだんです、入れ、入れ。」と建物の中へ

変装したウソップと人型に変形したチョッパーを招き入れた。

ボイラーから火が吹き出したのはそれから30分後。
通気口を巡って、煙りがあっという間に建物中に広がる。
女達が悲鳴をあげ、火が回り始めた建物から逃げていく。

逃亡者を阻むため、高く張り巡らされている壁が
「ゴムゴムの〜〜〜〜〜〜っ。」
「ガトリング〜〜〜〜っ。」と言う気合の入った大声とともに轟音を上げて崩れ落ちた。

「こっちだ、逃げろっ!」
女達が迷わないように、毛むくじゃらの大男と、鼻の長い男、見事な銀髪の美女が
花火のような光りを放つ松明を手にもち、崩れた壁へと彼女達を導く。

その知らせを受けた衛兵達が、ワポル達が命令を下す前に、
自分たちの任務を遂行するため、武器を携え、一斉に出動して行く。

衛兵達が西の館を守る、重厚な門を開くと、そこには刀を両手に構え、
そして口に刀を咥えた魔獣と 寒空の下、素足に麦わらの悪名高い海賊が待ち構えていた。

魔獣は無言で不手気に笑い、

「久しぶりの運動だああああああっ」
モンキー・D・ルフィは嬉しげな雄叫びを響かせた。

コビーとヘルメッポは、ドラムの港に着いた世界政府の軍隊を
ココアウィドーに先導する。
海軍兵の制服に身を包んだ二人は、目つきも鋭く、どこから見ても、
立派な、凛々しい戦う男の面構えだった。

サンジは、一人では到底持ちきれない宝を、ワポル達に運ばせていた。
さっさと逃げ出さないと、海軍がここに来たら
全部没収されてしまうだろうし、自分も捕縛されてしまう。

その間、ナミは一人でゴーイングメリー号に戻り、すぐにでも出航できる準備をする。
ドラムと麦わらの一味が繋がっている事を決して世界政府に知られてはならないから、
事が済み次第、さっさとドラムを離れるつもりなのだ。

女達は全て、ドルトン派の保護の元に、衛兵達は全て、ゾロとルフィの足元に、
ワポルの宝は、サンジの手中にそれぞれ納まった頃、
世界政府の命を受けた、海軍の精鋭部隊が到着した。

「逃げな。」

くれはは、側にいた、チョッパーとウソップにすぐにこの場から立ち去るよう、言葉少なに命じる。

「ドクトリーヌ。」
人柄の姿のまま、チョッパーは瞳に一杯涙を浮かべて、くれはに抱きついた。

「なんだね、海に出たってのにまだ、泣くのかい。」と迷惑そうな口調でいいながら、
くれはもチョッパーの背中に手を回した。

ここで、別れなければならないと二人とも判っていた。
次にいつ会えるかわからない。

「元気でやるんだよ、チョッパー。」
初めて優しい言葉をかけられ、チョッパーは耳を疑いながらも、涙を拭った。

「ドクトリーヌ、凄く綺麗だよ。」と言いながらにっこり笑うと、くれはも頷いて、華やかな笑みを浮かべる。

「行きな。」「うん。」

短い言葉を交わして、チョッパーはくれはに背を向け、トナカイの姿に変身した。
「ウソップ、行こう。」

「あの・・・。長生きしてくれ、バアさん。」
何も言葉も交わさず、別れるのは無神経なような気がしてウソップはつい、
口を滑らせた。

「誰がバアサンだっ。口を慎みなっ。その鼻をへし折られたいのかいっ」
ウソップの横っ面をくれはは踵で張り倒した。

「下らない挨拶をしてる暇があったらさっさと行くんだよっ」


「カールさんっカールさんっ」
「カールちゃん、どこだ〜〜〜っ。」

ワポル達は、世界政府の軍隊が何しに来たかわからないほどあっさりと捕まった。
その場にいる筈のカールの姿が見えず、コビーとヘルメッポは
西の館中、大声を上げて、必死で探した。

捕まった、ドラム王国のワポル、クロマーリモ、チェスの3人は、
捕まってしまったことよりも、

「プ、プリンセスが逃げてしまった・・・。」と、カールが姿を消したことの方が
ショックだったらしく、がっくりと肩を落としていた。

「逃げたって、どこへ?」と聞いても、涙を零すだけで全く話が通じない。


外に出ると、何かを引き摺っているらしい、小さな足跡があり、
コビーとヘルメッポはそれを追い掛ける。

「俺、カールちゃんに告白するぞ。」
「へっ?」

雪を掻き分けるように進み、ヘルメッポは鼻から鼻水と白い息を荒く吐きながらコビーに宣戦布告した。

「告白って、僕達海兵なんだから、付合えないだろ。」
告白だけはして、あきらめよう、と思っていたくせに、ヘルメッポからの
突然の宣戦布告にコビーもその攻撃を妨害しようと
正論をぶつける。

「遠距離恋愛って言葉、知らないのか。彼女に電伝虫を買って渡すんだ。」
「そしたら、離れてても喋れるだろ。」

コビーの顔色が変った。まさか、ヘルメッポまでがカールに恋していたとは予想もしていなかったし、
ヘルメッポが既に付合う方法まで考えている以上、引く訳には行かない。

「そ、そんな淋しい想いをさせるくらいなら、付合わない方がカールさんの為だよ。」と言い返す。

「馬鹿、淋しい想いなんてこの俺がさせるわけないだろ。」
と自信まんまんに言うヘルメッポだったが、コビーの慌てる様子を見て、
「ははあ、お前もカールちゃんのことが好きなんだな。」とズバリと核心を突く。

「言っておくがいくら親友でも譲れねえからな。」「それは、僕も同じだ。」

二人は立ち止まり、暫くにらみ合っていた。

「カールちゃんがどっちを選ぶか、だ。」とヘルメッポが先に口を開いた。
「恨みっこなしだぞ。」とコビーもその意見に賛成する。

二人はカールの足跡を辿って行く。



「カールさんっ」「カールちゃん」

二人は雪の中で頬を紅潮させてうずくまっているカールを見つけた。
荷物が重たすぎ、雪に足を取られて、サンジは雪の上で少し休憩をしていたところだった。

二人は雪を掻き分け、蹴り飛ばし、競争するようにカールの側に駆寄る。
早くカールの側に辿りついたら勝ち、と言うわけではないのに、
より早く 告白した方が有利なような気がしたのだ。

「「好きです、付き合ってくださいっ。」」

「は?」カールは思い掛けなかったのだろう、眉を寄せて首を傾げた。
が、にっこりと二人に向かって微笑んだ。

「悪イな。海兵さんとは付合えねえ。」



「そいつは俺達二人が 惚れこんだ海賊なんだ。」
コビーとヘルメッポの二人は、カールの足跡を辿るのに必死で
後ろから、ルフィとゾロが近づいているのに気がついていなかった。

唐突なルフィの言葉にコビーも、ヘルメッポも顔を強張らせる。

「か、海賊・・・?」

それ以上の真実はさすがにルフィもゾロも口に出せなかった。

「私みたいな狂暴な女より、もっと素敵な淑女(レディ)を探せ・・いや、」と
「探してね、コビーさん。」
カールの冷たい手がコビーの頬を撫で、ヘルメッポの頭に降り積もった雪を払い、
小さく手を振ると、宝の入った袋を担いだルフィとゾロと並んで歩き出した。

急に雪が激しくなって、呆然としている二人の視界から、三人の姿が消えて行く。

「・・・狂暴な淑女(レディ)でも良かったのに・・・・。」

コビーの小さな呟きは、吹雪き始めた風の中に消えて行った。

(終)