竜巻と鯨


「ここはどこだ・・・?」

海水をたっぷり含んで重たい毛皮は 却ってチョッパーの体を冷えさせる。

だが、背中に重い棒が乗っているのに 更に違和感を感じて
頭を2、3度振った。

「サンジ!!」
背中の棒はサンジの腕だった。

チョッパーの顔のすぐ横に、砂だらけで真っ白なサンジの顔があり、
髪もぐっしょりと濡れていて、気を失っている。

「サンジ!!サンジ!!」
チョッパーは、慌ててサンジの体を揺さぶった。

小雨だが、風は強く、あたりは 岩がやけに目立つ海岸で、
防波堤もなく、砂浜は荒い砂で覆われている。

(えっと・・・えっと・・・・何がどうなってこんなとこにいるんだっけ・・・)


一体、どれくらい時間が経っているのか、まず、それがわからない。
とにかく、チョッパーは、人型に変形し、サンジを抱いて
雨が防げそうな場所を探した。

砂浜から少し歩くと大きな葉っぱを生やした木の林があったので、
その葉っぱを数枚毟り取り、
木の枝を折って 即席のテントを作った。

サンジは、ぐったりとして目を覚まさない。
外傷は殆どなかったが、脈も弱くて、やや 衰弱気味だった。

(ああ、そうだ、俺、船から落ちそうになって・・・・。)

ナミがほんの束の間、昼寝をした途端、グランドライン特有の
サイクロンに巻き込まれてしまったのだ。

「あんた達、一体 何見てたのよ!!」とナミが怒鳴る。
「サイクロンはよめねえっつってただろ!!」とゾロが言い返す。
「お前らが、昼寝なんかしてるからだろ!」とウソップが二人に向かって不満をぶつける。

「ぐだぐだ言ってねえで さっさと動け!」とサンジが大声で叱責する。
「うお〜、風に飛ばされそうだ!!」とルフィが緊張感のない声ながら
てきぱきと動く。
「俺は何をすればいい?」とチョッパーは右往左往する。


大きな波が船の側面にぶつかり、大きく傾いだ。
その途端、帆をたたんでいたチョッパーと それを助けようと 
チョッパーの足を掴んでいたサンジもろとも 海へ投げ出されたのだ。

悪魔の実の能力者であるチョッパーは 当然 泳げない。

荒れ狂う海の中、サンジはチョッパーを脇に抱えて泳いだのだ。
どれくらい泳いだのか 判らない。

とにかく、さほど水温が高くない海で、体脂肪の少ないサンジが
数時間も泳げば 体力を消耗し尽くしても不思議はない。

サイクロンに巻き込まれたのが 昼過ぎだったが、
太陽も出ていないし、時間の経過などわかるわけがない。



「う・・・・ん。」
雨をしのぐ 簡易テントを作ってから 1時間ほどして
サンジは 寒さに震えながら目を覚ました。

「サンジ、気がついた?」
チョッパーが顔を覗き込んできた。

(ああ、無事だったか)
サンジは、喉が異様に乾燥していた。
声がかすれて一瞬 出なかったが それでも体は起こす事が出来た。

「寒いな。」
火が起してあったので、その側ににじり寄った。

サンジもしばらく火をじっと見つめて 状況を考えている様子だった。
チョッパーは そんなサンジを黙ってみていた。

「・・・で、俺達は遭難したらしいな。」
やっと 口を開いて状況を確認し、溜息をついた。

「・・・どうしよう?」チョッパーは心細げにサンジに声をかける。
サンジは 苦笑いして 
「何、ナミさんさえ無事なら 海流を読んで 助けに来てくれるさ。」
「問題は、それにどれくらいかかるか、だし。」
「第一、ここが無人島だって決まったわけじゃねえしな。」と答える。

だが。
果たして、ここは無人島だった。

それでも、サンジは涼しい顔をしている。

「海があれば 魚が取れるし、これだけ 植物が育ってんなら
水もあるはずだろ。大丈夫だよ。」と笑う。

確かに、サンジの言うとおり、水もあるし、木の実もあるし、
魚もサンジは獲ってくる。

それでも、チョッパーは置き去りにされる不安と、
もしかしたら ゴーイングメリー号自体、沈没していないか、という不安が
拭えなくて 日がな一日 水平線を眺めていた。

そんなチョッパーに サンジは あえて 聞かれない限り
安心させるような言葉など何も言わない。

夜になれば、チョッパーの不安は更に深くなる。

パチパチを枯れ木がはぜる音と波音だけが
聞こえる静かな空間が チョッパーを怯えさせる。

「怖がる事なんかねえよ。火を焚いてりゃ、獣は寄って来ねえし。」
寡黙になっているチョッパーの気持ちを察して
サンジは笑いかける。

「悪い事ばっかり考えても仕方ねえだろ。そんな性格だな、お前。」と
チョッパーの頭を小突いた。
「サンジは、怖くないのか。誰も助けに来てくれないかも知れないんだぞ?」
「ずっと、この島で生きていかなきゃならないかもしれないんだぞ?」
とチョッパーは声を荒げた。

サンジは、その切羽詰まった言い方に一瞬 面食らったようだが、
口の端を歪めて また 笑った。
「・・・あの船長が簡単に俺らのことを諦めるわけねえだろ。」
「それに、こうやって、食って、生きていけるじゃねえか。」
「何を怖がる事がある?」

その自信たっぷりの口ぶりに チョッパーの心の中にあった
雨雲のような不安が 強い風に吹かれて飛び散るように
薄れて行った。

その日は、漂流してから3日経っている。
チョッパーは 不安と緊張で殆ど眠っていなかった。
だが、その夜、サンジのその言葉にようやく心から
安心して ぐっすりと眠ったのだった。


眠ってしまったチョッパーにサンジは 苦笑いしながら
話し掛ける。
「お前がいるから、俺も強がっていられるんだよ、ドクター。」



次の日。

「チョッパー、ちょっと来てくれ!!」
朝、魚を獲るために海岸に向かっていたはずのサンジが
血相を変えて まだ 眠っていたチョッパーを揺り起こした。

「な・・・何??」
寝ぼけ眼で起きあがった途端、チョッパーは
抱えあげられた。
「ちょ、ちょっと、サンジ!!」

上半身裸のまま、サンジは海岸に向かって走っている。

(もしかして、船が見えたのかな??)と
チョッパーはワクワクして来た。

だが。
その期待は裏切られた。


海岸には、体長5メートルほどの鯨が砂浜に打ち上げられていた。

「まだ子供なんだよ。海王類で、ドラゴンホエールっていうやつの。」
「どうも、怪我してるみてえだし、お前 言葉がわかるなら 聞いてやれるだろ。」
とチョッパーをその鯨の側に下ろした。

ドラゴンホエール。
哺乳類なのに、青黒い固い鱗があり、眼光が鋭く、
サイクロンが頻発する海域に多く生息することから そう呼ばれている
海王類だ。

体長5メートルといえ、成体の大きさから比較すると 殆ど 赤ん坊だと言っていい。

『どこか痛いのかい』とチョッパーは尋ねた。
『体全部がひりひりする』と応えてくる。

サンジは水平線を何気なく見つめていて、沖に大きな潮を吹き上げている
ドラゴンホエールがいることに気が付いた。

「このベビーのママか・・・・?」と呟いた。

チョッパーは、人型に変身した。
砂浜を両手でばりばりと掘り起こす。

だが、片方だけを掘っていては 鯨のバランスが崩れるだけで
なんの解決にもならない。

「潮が満ちてくるまで 待てばどうだ。」と言うサンジの意見を飲み、
二人は、例の大きな葉っぱをたたんで 水をすくう容器を作って
そのベビーの体に絶え間なく 海水をかけてやった。

昼近くなって 潮が満ち始め、ベビーの体の下3分の1まで沈んだ。
だが、それくらいでは まだ 身動きが取れないらしい。

沖の潮を吹いている大きなドラゴンホエールは ずっと
そこにいて 立ち去る気配は全くなかった。

「『ハヤク、タスケテクダサイ』って言ってるよ。」と
チョッパーが何気なく サンジに言うと、
「潮が引いちまえば 手のだしようがねえ。なんとか 方法を考えねえと。」と
腕を組んだ。

「ランブルボールは持ってねえのかよ。」
サンジは、「頭脳強化」を期待しているらしい。
だが、サイクロンの真っ最中、海に投げ出されたのだから
持っている訳がない。
「持ってないよ。」とチョッパーが肩を落として申し訳なさそうに
言う。

(・・・ここで、憎まれ口の一つでも叩いてくれりゃイイのに。)と
そんな人のいいチョッパーにサンジは逆に肩をそびやかした。
みどりの頭の剣士なら、こんな場面なら必ず 突っかかってくるので
その会話のテンポに慣れてしまっている。

サンジは、チョッパーの心配しているとおり、あのサイクロンの中、
ゴーイングメリー号の安否が気にかからないといえば
嘘になるが、ナミの指示どおりに動けば
必ず 無事にあの海域を抜ける事が出来たはずだと信じていた。

 
「「う〜ん。」」
二人は、同じように顎に手を当てて考えこんだ。

「よし。」
サンジは、何かを考えついたようでくるりと踵を返し、 森の中へと
駈け込んで行った。

しばらくして、立ち木が倒れる音がして、
チョッパーは、サンジが木を蹴り倒したのだ、と悟る。
すぐに自分がその立ち木を運ぶために さんじの駈け込んでいった
林の中に走って行った。

二人でその木を運んで、ベビーの顎の砂を掘り、
テコのようにかませて 顎をまず 持ち上げてやる。
「チョッパー、しっかり持ってろよ。」と
サンジは、いったん その手を離し、僅かに浮いたベビーの体と
今は 30センチほどの海の底になっている砂浜との間に
体を割りこませた。

「おい、歯を食いしばれって言ってくれ。」とサンジが言うので、
チョッパーはその言葉のまま、ベビーに伝える。

「そりゃああああ!!」
両手で自分の体を支えながら、サンジは片足でベビーの顎を
思いきり蹴り上げる。

すると、ベビーの体が立ちあがり、背中から大きな水飛沫を上げて
少し深くなっている場所へと移動出来た。

しかし、背中に気孔があるのでそのままには出来ない。
すかさず、サンジは水の中に駈け込んで、更に
背中と砂の間に足を無理矢理突っ込んで もう一度蹴り上げた。

ベビーの体は 空中に浮かび上がるほどの強烈な蹴りで、
それが落下する前にサンジは海中の砂を蹴って高く跳躍し、
ベビーの体を沖へと蹴り飛ばした。

完全にベビーが泳げる深さにまで移動できたベビーは、
一目散に 母親だろう、ドラゴンホエールの側に泳いでいく。

その姿を見て、チョッパーが何かを叫んだ。
サンジには 判らない、殆ど 雄叫びのような声だった。

母親ドラゴンホエールは、その声を聞いたのか、沖へ向かって泳ぐのを止め、
サンジの目の前まで来て 大きく潮を吹いた。

「サンジ、船に帰れるよ!!」
砂浜でチョッパーが満面の笑みを浮かべて叫んだ。

「なんでだ?」
水平線を眺めても 船影さえ見ない。

「子供を助けてくれたから、船まで送ってくれるって。」
「本当か?!」

二人は抱きあわんばかりに 狂気乱舞してドラゴンホエールの背に飛び乗った。

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